「AIの幻覚」が新技術に 11社を輩出したSTATION Aiの起業家育成術
STATION Aiが運営する起業家発掘・育成事業「ACTIVATION Lab」運営責任者を務めるコミュニティマネージャーの唐木遥香氏に、起業家育成の取り組みについて聞いた。
愛知県は2018年10月に策定した「Aichi-Startup戦略」に基づき、スタートアップが次々と生まれ育つ地域経済圏の構築を推進してきた。その中核拠点が、2024年10月に名古屋市に開業した「STATION Ai」だ。同施設では単なるオフィス提供にとどまらず、起業家や新規事業人材の育成を目的とした独自のプログラム群を展開している。
中でも「ACTIVATION Lab」は、愛知県が主催、STATION Aiが運営する起業家発掘・育成事業だ。既存企業で働きながら副業・兼業による起業や社内起業を検討している社会人を対象に、2024年度から現在の体制で実施している。
ACTIVATION Labは参加者の起業フェーズに応じ「LECTURE」(講演)、「STUDY」(勉強会)、「WORKSHOP」(事業開発)、「MENTORING」(伴走支援)という4段階の施策を通年で提供。起業コミュニティの醸成を図っている。
プログラムの運営責任者を務めるコミュニティマネージャーの唐木遥香氏に、【1000社が集う巨大起業拠点「STATION Ai」 変革を急ぐ製造業の生存戦略】に続き、STATION Aiの起業家育成の取り組みについて聞いた。
唐木遥香 立命館大学卒業後、十六銀行に入社。法人営業を経験後、NOBUNAGAキャピタルビレッジの設立メンバーとしてコミュニティ形成を行う。その後、十六フィナンシャルグループ グループ企画統括部 兼 十六銀行 経営企画部に配属。2024年4月よりSTATION Aiに参画(出向)。コミュニティマネージャーとして、自走するコミュニティを目指し活動。また、愛知県が主催、STATION Aiが運営する社会人向け起業家/新規事業創出プログラム「ACTIVATION Lab」の運営責任者として、起業家や新規事業の創出に貢献(TechGALA提供写真)
共創を生むためのコミュニティマネージャーの役割
――STATION Aiに入居している事業会社は、どんな課題意識を持っているのですか。
最初の課題が「自身の言語化」だと思います。製造業の企業は、非常に尖った素晴らしい技術を持っています。しかし自分たちが持っている技術的な強みや、抱えている課題を、外部のスタートアップなどに伝わるように言語化することが最初の難関になっています。
自分たちの強みやニーズを再定義することや、それをオープンにしていくことに、多くの企業が取り組んでいます。
――唐木さんはコミュニティマネージャーとして、そうした「言語化」やマッチングのサポートをしているのですね。
そうです。私たちコミュニティマネージャーが、日々のコミュニケーションの中で壁打ち相手として相談に乗ることもあります。また、STATION Aiでは、より本格的に言語化からマッチング先の探索もお手伝いする研修プログラムも提供しています。
――具体的にはどのようなプログラムがあるのですか。
STATION Aiが独自で展開しているものでは、事業会社がスタートアップと新たな共創を生むための「ハウツー」を学ぶ「SKIP Focus」というプログラムがあります。自社の課題やニーズの言語化から始まり、どのようなスタートアップと連携したいかというビジョンの策定、最終的にはスタートアップに向けてプレゼンテーションをする「逆ピッチ」や、実際のマッチングまでをセットにして提供しています。
――加えて起業家も育成しているのですね。
愛知県が主催で、STATION Aiが運営するプログラムとして、社会人を対象とした起業家・新規事業人材の育成を支援する「ACTIVATION Lab」を提供しています。私はこの運営責任者を務めています。このプログラムは短期的な利益というより、起業家の裾野を広げ、将来的にSTATION Aiに入居し、世界で活躍するようなプレイヤーを育てていくことを目的としています。
開業当初から、ACTIVATION Lab卒業生の支援を中心に連携して取り組んでいます。現在約6カ月間のプログラムで5期まで実施しています。
「ACTIVATION Lab」に1900人が登録 本気の伴走で11社が起業
――6カ月間というのは長期のプログラムですね。ACTIVATION Labは具体的にどんな内容なのですか。
プログラム全体は無償で受けられ、特に前半は誰でも受けられる講座形式です。ここでは起業に必要な知識を体系的に学ぶだけでなく、その知識を実践で使えるようにするためのマインドセットを重視しています。知識を得るだけではなく、使える状態にまで引き上げることを目的としています。
そして後半の施策である「MENTORING」(伴走支援)からは審査があり、通過した方のみが進めるフェーズとなります。ここでは3カ月間、われわれが伴走支援をします。
上場や倒産などを経験した先輩起業家が、メンターとしてマンツーマンで指導にあたります。さらに、通常はSTATION Aiに入居している有料会員向けの成長支援サポートも、この期間は無償で提供します。
――参加者は個人での申し込みですか、それとも法人ですか。
基本的には個人ですが、背景はさまざまです。「会社の研修として行ってきて」と社長に言われて参加する人もいれば、個人として起業を目指す人もいます。起業の形も多様で、会社を辞めて独立するパターンもあれば、社内ベンチャーやスピンアウトを目指す人もいます。
――これまでどれくらいの人数が参加したのですか。
レクチャー形式の講座には、毎回200人ほどが参加しています。登録者ベースでは、約1900人になります。その中から60人ほどが審査に挑戦します。審査を通過し、最終的なピッチ(事業発表)まで進むが人が10〜15人です。過去の審査通過者の累計が44人になります。そして、その中から実際に起業に至ったのが現時点で11人です。
振動可視化に果物コーティング 研究室から生まれたビジネス
――具体的に、どんな事業が生まれましたか。
面白い例としては、広島大学の研究者のケースがあります。「振動を可視化する」という非常に高度な技術を持っていたのですが、「ビジネスのことはよく分からない」「自分の研究が本当に人の役に立つのか自信がない」と相談をいただきました。
そこでこのプログラムへの参加を勧めたところ、最終的に行き着いたのが、工場や建設現場など、危険な場所や高温の環境での異常検知ソリューションでした。特殊なカメラを設置し、世界でもトップレベルのスピードで振動を可視化し、設備の故障予兆や既に壊れかけている箇所を検知するサービスです。
――それはゼネコンや製造業からの需要が高そうですね。アカデミア発の技術が社会実装される好例と言えそうです。
そうですね。個人で起業を目指す人もいれば、このように研究をビジネスにしたい人もいます。現在は士業の方へのサポートビジネスなど、多様なバックグラウンドを持つ方々が起業に挑戦し、STATION Aiへの入居を目指しています。
――大学などの研究室発以外でも、例えば企業の社内ベンチャーのような事例もあるのでしょうか。
あります。例えばリコーからのスピンアウトを目指しているケースがあります。リコーといえば複合機やプリンターのイメージが強いですが、その研究開発の過程で偶然生まれた技術を応用し、野菜などをコーティングし、鮮度を長持ちさせる技術を開発した人がいます。
「AIの幻覚」から生まれた食品コーティング技術
――リコーからの食品保存技術は意外な組み合わせですね。どんな技術なのでしょうか。
海藻由来の成分を使ったコーティング技術で、人体にも無害で食べられるものです。これはもともと別の研究をしていた際に、ハルシネーション(幻覚)のように偶然生まれた副産物だったそうです。「これ、実は食品保存に使えるんじゃないか」という発見から、スピンアウトに向けた準備を進めていました。
――まさにAIの「ハルシネーション」のような、予期せぬ間違いからイノベーションが生まれた事例ですね。他に社内ベンチャーの例はありますか。
他にも、外国人向けの日本語教育を支援するツールを開発している人もいます。製造業の現場では外国人労働者も多く在籍していますが、言葉の壁が課題になることがあります。
そこで、オンラインでの日本語学習中に、AIがリアルタイムで会話内容を解析し、「なぜその単語が不適切だったのか」「どう言えば伝わったのか」を即座にフィードバックできるツールです。これを製造業向けに展開できれば、現場のコミュニケーション円滑化に大きく貢献できるはずです。
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