2000円以上もする「せっけん」なぜ売れる? 売上高23億円、首里石鹸の「安売りしない仕組み」(2/5 ページ)
コロナ禍でも成長を続けた、沖縄県のスキンケアブランド「首里石鹸」。せっけんは1個2000円以上するにもかかわらず、なぜ売れ続けるのか。地方ブランドの「勝ち筋」を取材した。
出発点は「産後も働きやすい職場づくり」
いまでこそ、スキンケア事業は首里石鹸の大きな柱だが、もともと同社は2011年、コールセンター事業を主軸にコーカスという社名で創業された。
応答率や処理件数の数字を追うこと以上に、顧客との対話を重視。「ありがとう率」という独自の指標をつくり、「100本電話が入ったら80%以上で『ありがとう』をもらえるような対応」(緒方社長)で顧客満足度を高めた。
3〜4年で軌道に乗り始めた頃、転機が訪れる。創業時から活躍してきた女性社員が産休から復帰する際、オペレーターの人数が充足していたことや子育てをしながら働く不安から、「私、戻ってきていいんですか?」と口にしたのだ。
この一言を受け、緒方社長は自社の労働環境に問題意識を覚えた。大半が女性社員の中、「産後も働きやすい職場として、働く時間を調整しやすい店を作ろう」と決心。この発想が首里石鹸の原点となる。
社員に適正な報酬を支払うためには高い利益率が必要だ。そこで「沖縄産素材にとことんこだわる」「品質に妥協しない」「安売りはしない」などの方針を定め、オリジナルせっけんブランドの開発に着手した。こうして、雇用の受け皿になるだけでなく、働き方の多様性も推進するための新規事業が誕生した。
ここで素朴な疑問が湧く。沖縄土産は食品や衣料品が多いが、なぜせっけんだったのか。
「もともとせっけんが好きで、旅行先でよくお土産に買っていたんです。温泉地やラベンダー畑でも売られていて、せっけんはその土地の要素を入れやすい素材なんです。販売員が産休から戻った女性職員という想定だったので、家族で使えるものにしたいという考えもありました」
大阪出身の緒方社長。20代半ばだった2000年に仕事の関係で沖縄へ移住した。国内唯一の亜熱帯気候である沖縄で過ごす中で、「沖縄の香りがある」と感じていたという。地域性を象徴する植物や果実、太陽の光、青い海などを香りと色で表現し、観光客が「沖縄の香りを持ち帰れるせっけん」を目指した。
作り方は、熱を加えずに1カ月以上をかけて熟成させることで、保湿性の高いせっけんができるコールドプロセス製法を採用した。大量生産には向かないが、「子どもも含めて家族で使いやすいものがいい」と品質を重視。製造はOEMで専門業者に委託した。
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