「誰かの給料を削って誰かに回す」はもうやめる 膨らみ続ける人件費を武器に変える「賃上げ」の考え方:AI・DX時代に“勝てる組織”(1/4 ページ)
多くの企業が賃上げに踏み切っている。しかし、その判断は本当に組織の競争力につながっているだろうか。初任給の高騰や賞与の給与化が進む中、いま求められているのは人件費の配分そのものを見直すことだ。賃上げをコストで終わらせるか、組織を強くする資本に変えるか。その分岐点に立っている。
連載:AI・DX時代に“勝てる組織”
AI時代、事業が変われば組織も変わる。新規事業創出に伴う人材再配置やスキルベース組織への転換、全社でのAI活用の浸透など、DX推進を成功に導くために、組織・人材戦略や仕組み作りはますます重要になる。DX推進や組織変革を支援してきたGrowNexus小出翔氏が、変革を加速させるカギを探る。
「過去最高のベースアップを実施したのに、社内の空気がどんよりしている」
「初任給を大幅に上げたら若手・中堅社員から不満が噴出した」
「毎年の春闘がただの『物価対応の予算消化』になっている」
ベースアップ(ベア)に対して、経営層や人事責任者からこうした切実な悩みを数多く聞くようになりました。2025年の春闘では、連合の最終集計で平均賃上げ率5.25%と、34年ぶりの高水準が報じられました。日立製作所が春季交渉で賃金改善を公表するなど、大企業を中心に「賃上げムード」が定着しています。
しかし一方で、厚生労働省「毎月勤労統計調査 2025(令和7)年分結果速報」を見ると、名目賃金は前年比+2.3ポイントと伸びたものの、物価高に追いつけず、実質賃金は前年比−1.3ポイントで、4年連続のマイナスとなっています。
さらに現在、単なるベアだけでなく「賞与の給与化(報酬ミックス再設計)」と「初任給引き上げバブル(レンジ再設計圧力)」という2つのトレンドも同時進行しています。2026年の論点は、もはや「いくら上げるか」ではありません。膨らむ人件費を「どう組み替えるか」です。
労使交渉によって確保した数千〜数万円のベア原資を「世間が上げているから」「物価高だから」と、物価対応の年中行事として全員一律に薄く広く配っているのであれば、根本から見直す余地があります。
本稿では、連年続くベアを単なる「コスト増」として終わらせず、人材マネジメント上のゆがみを直す「制度改定の資本」として活用するための、評価処遇アップデートの具体策を解説します。
賃上げラッシュの裏で見落とされている論点
まず前提として認識すべきは、今の賃上げ圧力が「今年だけの特別な祭り」ではないということです。
連年の物価高や人手不足を背景に、ベアはもはや継続前提の経営テーマになりつつあります。東京商工リサーチの「2026年2月『賃上げ』に関するアンケート調査」によれば、2026年度に賃上げを予定する企業は実に83.6%に上ります。
また、厚労省の「令和7(2025)年賃金引上げ等の実態に関する調査」でも、定期昇給制度がある企業において「ベアを行った・行う」割合は57.8%(労働組合がある企業では82.1%)に達しており、コナミグループが4期連続となるベア実施を表明したように、労使交渉の場においてベアは完全に構造化しています。
さらに、初任給の引き上げも広範に進んでおり、帝国データバンク「初任給に関する企業の動向アンケート」によると2025年度(71.0%)、2026年度(67.5%、平均引き上げ額9462円)と、約7割の企業が引き上げに動いています。
ここで注目すべきは、原資の「使い道」そのものが大きく変化している事実です。
WTW(ウイリス・タワーズワトソン)が2025年に実施した「日本のマーケットにおける、賞与をはじめとする変動報酬・臨時報酬に関する臨時調査」によれば、日本企業において「賞与の基本給への組み込み(給与化)」を実施した企業は約3割、検討中を含めると約4割に達しており、すでに例外的な施策ではなくなりつつあります。
また、IT人材市場を中心に初任給の「基準線」そのものが激しく上昇しています。レバテック(東京都渋谷区)の「IT人材白書2026」によれば、26卒エンジニア採用企業の81.8%が初任給を引き上げ、提示額は「400万〜450万円未満」が最多(24.2%)、「500万円以上」も2割を超えています。
毎年、人件費という固定費が確実に膨らんでいく――。だとしたら、同じ原資でも「全員一律」で使うのではなく「いま起きている制度のゆがみを直し、採用・定着に効く配分に変える」意思決定が必要です。
本稿のキーメッセージは「ベアは物価対応のコストではなく、報酬ポートフォリオを組み替える資本として活用すべきである」です。
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