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「残クレアルファード」の裏側 ディーラーは“どこで何度も稼ぐ”のか高根英幸 「クルマのミライ」(2/5 ページ)

自動車ディーラーでは、残価設定クレジットなどのサービスによって収益を確保している。新車販売だけでは収益が得にくくなったからだ。トヨタのサブスクサービス「KINTO」やカーシェアなど、クルマを使ってもらうビジネスもディーラーの収益に貢献している。

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クルマを売ることで利益を確保できた時代

 昭和の時代は、高度成長期にマイカーが普及し、サラリーマンが軽自動車や中古車を買えるようになり、やがてカローラやサニー、パブリカなどの大衆車から、クラウンやグロリアなどの高級車までラインアップが充実していった。

 車検や修理は、買い替えまでのアフターサービスという意味合いが強く、部品の流通に時間を要したこともあって、ディーラーよりも板金塗装工場の方がもうかる時代であった。

 1980年代に入ると、好景気によって販売台数が増加し、それに合わせて新車ディーラーや中古車販売店もどんどん増えていった。クルマはエアコンやパワーウインドー、パワーステアリング、カーオーディオなどが標準装備になり、豪華さを強調していく。


「いつかはクラウン」のキャッチコピーが生まれるほど、クラウンは大衆があこがれるクルマであった。オートエアコンやオーディオなども当時は豪華装備といえた(写真:トヨタ)

 多くの人はクルマを購入する場合、現金での一括払い、あるいは銀行にクルマ専用の分割払い用の手形(マル専手形)を発行してもらい、口座から毎月引き落とされる形で支払っていた。

 リースは、法人がメンテナンス費用なども含めて一括で経費として計上できるのがメリットで、個人ユーザーにはほとんど利点がないことから、圧倒的に法人需要が多かった。

 大衆車だったカローラも高級感を高めた仕様へと成長するが、バブルがはじけるとシンプルな装いへとかじを切った。しかし、豪華装備に慣れたユーザーは、より広く、豪華なクルマに関心を向けるようになり、ワゴンブーム、ミニバンブーム、現在のSUVブームへとトレンドが移り変わっていった。

 また、登録台数が増えていくことで販売競争も激しくなり、値引きやオプションの無償提供などで販売利益が削られるようになった。だが、1台当たりの利幅は少なくても、販売台数に応じた奨励金がメーカーから支払われることで、収益を確保するようになった。

 しかし、クルマの高度化、半導体不足、インフレによって、昨今はクルマの高額化と品薄状態が進んでいる。それに伴って、クルマの原価率も上昇している。バブル期頃までのクルマの原価率はおおむね5割であったが、今や6割を超えることが普通になった。販売コストを考えると、クルマを売るだけでは収益を得るのが難しくなってくる。

 クレジット払いが増えると、長期分割払いの信販会社からのキックバックなどもディーラーの収益として欠かせないものとなった。残価設定クレジットは残価にも金利がかかるので、より金利収入が大きいのだ。

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