さて、特に修理というほどでもなく掃除しただけで直ってしまった、Voigtlaender VITO BL。これを使って撮影にでかけてみた。
昔のカメラというと、距離も露出もすべてマニュアルなのであるが、古いから距離計がないとか露出計がないということでもない。1950年代ぐらいの古いのものでも、高級機にはちゃんとそれらが搭載されている。これらがないというのは、単にコストの問題なのである。
ただ露出計があっても、それとレンズやシャッタースピードが自動で連動するかというのはまた別問題で、それはさすがに後年の電子制御の発達を待たねばならなかった。
通常は露出計の数値を読み取って、適正な絞りとシャッタースピードの組み合わせを自分で考えていくわけだが、VITO BLは非常に簡易的ながら実用性の高い方法を採用している。
ご覧のように現在露出計が示す値は、シャッター1/30のときF3.5、1/15のときでF4、1/8のときにF5.6、という具合に読み取っていくわけだ。しかしこれはなかなか、なれていない人には難しい。
ここに赤い数字で8とあるところに注目していただきたい。この数字を、レンズ部に付いている赤い数字と合わせる。すると鏡筒部で適正絞りの関係がロックされて、絞りを開けたければシャッタースピードのリング部分も一緒に回り、シャッタースピードを変えたければそれに併せて絞りリングも回転する、という仕組みになっている。
数字を読み取ってレンズ部に反映させるだけで、絞り優先にもシャッター優先にもなるわけである。昔のカメラはこんな具合に、今で言うところのUIを常識にこだわらず、創意工夫してあるところが面白い。
例えばもう1点、フィルムカウンターだが、正面から見ると上下が逆さまに付いている。デザイン的に見れば変じゃないか、と思われるかもしれないが、実はカメラを使っていればすぐわかる。撮影中にカメラをひょいと倒して上からのぞき込むと、数字がちゃんと正対して読めるのである。
おそらくこれは、スタンダードというものができあがる以前の試みだったのであろう。各メーカーが色々な常識破りをしながら、本当に使いやすいものとはなにかを切磋琢磨していった時代だったのである。今の時代から見れば、その冒険が眩しくもうらやましい。
さてこのカメラ、実際に撮ってみると、晴天下であってもなぜか日陰のようなしっとりした雰囲気で撮れるという、面白い写りであった。おそらくコントラストが若干浅く、周辺の光量が少し落ちるあたりが、落ち着いた雰囲気を醸し出すのかもしれない。Zeissあたりのかっちりした切れのいい写りとは正反対と言っていいほど対照的である。
ただ描写が甘めということもあるのか、遠景はそれほど面白い写りではなかった。風景を撮るというよりも、目線重視で近景を撮った方が面白いようである。
近景を撮るのならば、なるべく開放が面白い。ただそのぶん距離にはシビアになるので、筆者は別途距離計を併用して、ピントを合わせている。
普段持ち歩くには若干重たいが、ちゃんとアングルを決めて距離を測って花や人物を撮るには、なかなか美しい描写をするカメラだ。このように使いどころがしっかりわかったカメラというのは、なかなか手放せない。
こうしてまた古いカメラが、棚に増えていくことになるわけである。現在フィルムのカメラだけで、12台。そのうち10台は、自分で修理したものである。単に売っているものを買うだけでなく、自分で手をかけるから、手放せないのかもしれない。
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作はITmedia +D LifeStyleでのコラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング