雑誌でなくコミックスで利益を得る構造は、オイルショックがきっかけ:徹底討論 竹熊健太郎×赤松健 Vol.2(3/3 ページ)
「業界はこのまま行けば数年で崩壊する」――週刊連載を抱える現役漫画家である赤松健氏と、「サルまん」などで知られる編集家の竹熊健太郎氏。電子出版時代における業界の変動を漫画家と編集家という異なる2つの視点で解き明かす5日間連続掲載の対談特集。第2幕
新人が発表する場も、編集者が練習する場もなくなってしまう(赤松)
竹熊 恐らく3年とか5年以内に、フリーの編集者がかなりの割合になると僕は見ていますね。半分まで行くかどうかは分からないけれど。今、小学館が「IKKI」でフリーランス中心で編集部を動かす実験をしていますね。講談社は昔から銀杏社、編プロを使ってやっていますし。集英社はまだ純血主義を貫いてますけど。
赤松 私、大学4年のときに銀杏社を受けたんですよ。
竹熊 インタビューで読みました。浦沢直樹さんと似ていると思って。浦沢さんはもともと編集者志望で小学館を受けている。面接で趣味を聞かれて、漫画描いてますって見せたら、あなたは編集者になるよりも作家になりなさいと言われたとか。
赤松 私もそれと同じで、ほぼ内定してたんですけど、そのとき新人賞も取ってて。それで五十嵐編集長が、あなたは漫画を描きなさいと。
竹熊 それを聞いて赤松さんの仕事のやり方がプロデューサー的である理由の一端が分かりました。赤松さんは映画やアニメを作るようなやり方で、スタジオを回してらっしゃるとか。インタビューで編集者志望だったと知って、納得したんですよ。
赤松 絵を描くのは嫌いなんですよ。漫画家さんと飲みに行くと、連中は注文票の裏に女の子を描いちゃいますからね。もうね、白い紙を見たらわき出てくるんですよ。私はそういうのは一切ないです。サインするのも嫌いだし。でも、すごく描きたいっていう後輩がいると、売ってやりたいなという気はするんですよね。
竹熊 僕は1970年代に角川春樹がやったような、出版社が絶対売るって決めた作品を映画化して、莫大な宣伝費を掛けてテレビCMをやってもいいと思うんですよ。新人だと難しいけど、赤松さんのような方とか、ほかのベテランの人でもいいけど。角川が1970年代に映画に進出したのは、文庫本を売るために映画を話題作りにしたのが最初でしょう。最初が横溝正史の「犬神家の一族」。市川崑(監督)に撮らせて、多分日本で最初に制作費の倍くらい金を掛けてテレビCMをバンバン打って、映画も原作の文庫も同時に流行らせちゃったんですよ。あれは参考にすべき点が多いと思うんですよ。
赤松 しかしそれ、年代的にはすごく分かる話なんですけど、現代の状況でできますか? ONE PIECEとかのように売れている作品ならともかく。
竹熊 うーん。でも僕は、今の漫画界に一番欠けているのは宣伝だと思いますよ。これまで日本の出版界で漫画というのは、宣伝しなくても売れていたんですよ。バブルの真っ最中のころ、小学館の人に新人のコミックスは平均で何部くらい刷るんですかと聞いたら、うちは2万部以上でなければ刷らないと。それが、今じゃ5000部ですよ。それ以下しか見込めない新人は、連載が終わっても単行本が出ません。
バブルのころはとにかく漫画だったら何でも売れたから、版元は宣伝やプロモーションとか本気で考えたこともなかった。雑誌連載が最大の宣伝だったんですよ。それがもう崩壊しています。雑誌は出せば出すほど赤字で、しかも誰も読んでないみたいになっちゃったら、もう雑誌を出す意義が、出版社としては実はなくなってきている。それでも出すのは単行本を出したいからでしょう。
赤松 漫画自体の広告をバンバン打てば、漫画は復活すると思いますか? 例えば、テレビCMでバガボンドを発売しましたよっていうことをやるわけですよね。そうやってどんどん周知すれば、バガボンドを買ってくれるというお考えですか?
竹熊 単純化しすぎかもしれませんが、考え方としてはそういうことですね。
赤松 でもそれ、新人じゃできませんよね。私が危惧(きぐ)しているのは、もうジャンプでさえONE PIECEとかBLEACHとかごく限られた作品しか売れてないということです。ここで仮説なんですが、3年後にONE PIECEとBLEACHとNARUTOがあるのかどうか。どう思います?
竹熊 3年後という話であればあるでしょう。でも10年後は分からないですね。
赤松 下手すると別の人が描いているかもしれないけど。サザエさんみたいに。
竹熊 そこで僕は、アメコミみたいな、あるいはさいとうプロみたいな、チーム制作の漫画作品はこれからありだろうなと思うんですよ。
赤松 で、3年後にONE PIECEとBLEACHとNARUTOは恐らくあると。なぜかというと、集英社的には連載を切れないからです。同じように、マガジンにもはじめの一歩は必ずあります。とはいえ、いつか終わりはやってくるでしょう。その時に三大誌は終わっちゃうかもしれないと。新人も育ってないし。
大御所作家で、ある程度作風が固定してて売れてる人は、編集者が直して売れなくなっちゃうとマズいので直しにくいんですよ。これはマガジンでもサンデーも同じことです。描いて、載せてる。編集者はあまり介在してない。こういう大御所作家しか残らないまま3年経つとどうなるかというと、編集部に直す力がなくなってしまう。
新人は来るんですけど、直してそれを発表する場もないし、編集者が修練する場もなくなってしまう。すると何が起こるかというと、10年20年というスパンで限られた大ヒット漫画だけが続くと。その大ヒット漫画はルパン三世と同じく、たまに映画などもあるからキャラクターを殺せなくなってしまう。すると漫画に動きがなくなり、徐々に弱っていく。すると業界全体が低下してしまう。という形になってしまうんじゃないかなというのが、Twitter上での私の不安だったんです。
竹熊 それは大いにあり得る事態ですね。
赤松 今、私についているマガジンの編集者は私より年下なんですけど、昔は1人の作家に3人くらいの編集者がついて、みんなで派手に直してたんです。いま私がつきあってる漫画家はみんな売れっ子だからかもしれませんが、あんまり直してないです。ボツを出したら作画に手間が掛かって締め切りに間に合わないから、ボツを出そうにも出せないというのもある。ジャンプは知りませんけどね。編集者の直し能力というのが明らかに下がってる。これは現場でも感じてるようです。
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