Eliicaが産学連携で実現する「今、目の前にある未来」(1/2 ページ)

慶應義塾大学環境情報学部清水研究室が、産学連携で開発を進めるリチウムイオン電池を動力とする電気自動車「Eliica」。環境にやさしく、かつ高性能の電気自動車の開発を産学連携で進めることが、どのように環境問題解決に寄与していくのだろうか。

» 2004年11月01日 00時00分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 慶應義塾大学環境情報学部の清水研究室が、産学連携で開発を進める「Eliica」は、リチウムイオン電池を動力とする電気自動車である。これまでとはまったく異質の車が出現したということで、そこがクローズアップされがちだが、21世紀の環境を考えるにあたっての要因の出現のほうが、はるかに重要である。

 環境にやさしく、かつ高性能の電気自動車の開発を産学連携で進めることが、どのように環境問題解決に寄与していくのか。慶應義塾大学環境情報学部清水研究室の田村氏に話をうかがった。

ITmedia 最初に、清水研究室、そしてEliicaについて教えてください。

田村 慶應義塾大学環境情報学部の清水教授を中心とするチームは、長い間電気自動車の開発に携わり、Eliicaを開発するまでに7台の電気自動車を作成しました。

 Eliicaの1世代前にあたるKAZの開発は、さまざまな理論の検証を行うためのもので、いわばハードオリエンテッドな研究をしていました。しかし、Eliicaでは、市販させることを前提として、マーケティング的な面にも力をいれる必要が生じました。

 現在、環境をよくしたいという意識で協賛いただいている40社以上の企業とともにプロジェクトを進め、2007年のクリスマスあたりに市販することを予定しています。

ITmedia Eliicaの開発プロジェクトは産学連携の代表的な例といえますが、実際の現場にいる田村さんから見て、産学連携をどのように思いますか。

田村 実際にやってみると、多くの企業間での温度差を感じる部分もあります。一番大きなのは、企業とつきあっていくためのノウハウを研究室が持つ必要があることに集約されます。開発プロジェクトを民間企業と調整しながら進めていくセンスを持った人がいないと、研究成果をビジネスに結び付けていくのは難しいといえます。

ITmedia 現在Eliicaの開発プロジェクトを統括されている吉田博一氏は、以前、住友銀行の副頭取、三井住友銀リースの代表取締役社長などの要職に就かれていましたよね。電気自動車の開発に携わるようになったのはなぜなのでしょうか。

田村 リース会社は、産業廃棄物処理法の改正により、自社が抱えるリース物件が耐用年数を過ぎた後、その処理に対応する必要が生まれました。環境へのリスクを真剣に考える必要が出てきたときに、偶然清水教授と出会い、感銘を受けたそうです。

 吉田教授は当初、学外からボランティアの形で、自身がビジネスの中で培ってきたマーケティングの手法、企業とのリレーションシップを活用し、電気自動車の事業化に尽力してきましたが、昨年になって教授として迎えられ、開発プロジェクトを統括することになったんです。

ITmedia お話を聞いていると、吉田氏がそれまでのビジネスの中で培ってきた能力がうまく研究開発に融合している印象を受けます。

田村 そうですね。先代モデルのKAZの開発では、科学技術振興事業団などから資金援助を受けていましたが、それがひととおりの完成を見たことで、資金援助はストップしました。Eliicaの開発プロジェクトを立ち上げたとき、清水教授をはじめ大学としても、新たな協賛企業を見つける必要が出てきました。吉田教授は、企業育成のための資金調達なども経験してきており、この部分でもご尽力されました。

ITmedia Eliicaの開発プロジェクトで、ほかの産学連携に見られない部分があるとすればどのあたりですか?

田村 失敗する産学連携の例でよく見られる例として、民間企業のトップでない方と交渉してしまうというのが挙げられるのではないでしょうか。その場合、いざ連携しようといった段階でトップから「聞いていない」と突っぱねられることもあります。そうしたことにならないよう、民間企業と組む際は、必ず企業のトップと話し、お互いが納得したうえで、100%の協力体制で臨めるよう注意しています。

Eliica、ポルシェをも凌駕する動力性能

ITmedia Eliicaについてもう少し詳しく教えてください。

田村 Eliicaはリチウムイオン電池を動力とする電気自動車で、最高速度は時速400キロにも達します。1回の充電で320キロ程度走行でき、充電に必要な時間も、急速充電であれば30分で70%充電を終えることができます。時速400キロという動的性能を持てば、マージンをゆったりとることができますので、想定される用途での安全性と信頼性を向上させることができます。

ITmedia タイヤを8輪にしているのはどういった理由ですか?

田村 コーナリング性能の向上やフェイルセーフなどいくつか理由があります。タイヤの大きさは基本的に車重に比例しており、かつブレーキ装置などの進化に伴い、タイヤも大型になる傾向があります。しかし、このことはタイヤやシャフトなどにより、車内空間を狭めるという結果をもたらしています。

 しかしEliicaは、タイヤを増やすことで16インチのタイヤを採用し、モーターを車輪に組み込み、床下の空間に電池などを収納することで、車内空間をゆったりととっています。Eliicaの技術を応用すると、環境だけでなく人にもやさしい車が見えてくると思います。

ITmedia Eliicaでは700キロにも達するリチウムイオン電池が動力源ですが、車以外でリチウムイオン電池はどのような利用方法が考えられますか?

田村 一般家庭の電源として期待できるのではないでしょうか。現在は、夏場の電力需要のピーク時にダウンしないように供給電力が設計されていますが、住宅にリチウムイオン電池を設置することで電力を確保できれば、供給量が平準化できるし、万一のリスクにも備えられます。

 今回のプロジェクトでは、ハウスメーカーや発電機メーカーにも参加いただいていますが、環境問題の解決のために、リチウムイオン電池の研究活用が重要だという観点から協賛していただいています。

ITmedia 動力がモーターであるメリットにはどのようなものが挙げられますか?

田村 エネルギー消費が4分の1、静か、排ガスがないことが挙げられます。さらに制御がしやすいということです。それにより、自動運転も今まで以上の性能、例えば、自動転回や自動で縦列駐車なども行えるような機能の実装も考えています。

 今の車社会を見ると、エネルギー、環境、事故、渋滞といった問題が存在します。清水教授は、エネルギーと環境は電気自動車で改善でき、事故・渋滞は自動運転で解決できるのではないかと話しています。

 渋滞の多くは自然渋滞と呼ばれる人間の意識に起因するものですが、自動運転なら、例えば前の車両との間隔を5センチに保ったままで移動できるかもしれない。そうなると自然渋滞は消え、現在の生活に大きなインパクトを与えることになるかもしれません。

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