日本の地場産業の多くが、厳しい局面に置かれている。しかし、本当に刀折れ矢尽きた状態なのだろうか。本連載では、福井県の地場企業に話を聞き、この局面を打破する方法を考えていく。今回は、永平寺御用達のみそ製造業者である米五を取材した。
大仏寺山に沿って、大小70棟あまりの殿堂桜閣が立ち並ぶ曹洞宗大本山永平寺。この永平寺で修行に励む雲水たちにとって、みそは貴重なタンパク源として重宝されてきた。もともと自給自足を旨とする同寺は、みそも自前のみそ蔵を持ち、そこで製造していたが、時代の流れとともに出入り業者を受け入れるようになり、現在では御用達のみそ業者から仕入れている。
そんな永平寺で消費されるみそを一手に扱うのが、今回紹介する米五である。御用達店として昔ながらの豊かな味わいを守る同社は江戸時代から続く老舗のみそ製造業者。今日では個人向けにも販売するようになっている同社だが、そこに至るまでにはさまざまな苦労があった。
もともとは米屋として開業した米五では、2代目となる多田五右エ門以来、代々五右エ門の名を襲名している。みそ、しょうゆの醸造を手掛け始めたのは天保2年(1831年)、4代目五右エ門の時代だった。
8代目からは五右エ門の名を襲名することはなくなったそうだが、その伝統の技は変わらず受け継がれ、現在、11代目となる多田和博氏が米五の発展に尽力している。かつては日本電気(NEC)で情報処理システムの開発に従事した経歴を持つ同氏は、1991年に家業を継いだ。
家業を継いだ多田氏には将来への不安があった。「これまで卸売り業を中心にやってきたわけだが、それに依存していてはこの先難しい……。製販一体という形である程度の直販を行う必要があるのではないか」。それまでにも百貨店などで物産店を手掛け、新規顧客の開拓に努めてきたが、それは本当の意味で新規顧客とはいえないのではないか。多田氏はそう考えた。
そんな折、多田氏はふと目にしたビジネス雑誌に衝撃を受ける。「米国ではテレビショッピングではなく、オンラインショッピングが伸びている」――短い記事ながらそれは進むべき道を指し示しているように多田氏には思えた。不慣れなPCを操り、NiftyやPeopleといったパソコン通信上に店舗を出店した。1993年ごろのことだった。
しかし、その取り組みが不安をかき消してくれることはなかった。注文はせいぜい3カ月に1回。仲間うちがおもしろがって買ってくれる程度で、期待したほどではなかったのである。
「年を取ると味に対する考えが保守的になるので、若い世代に米五のみその味を知ってもらいたいという気持ちは最初から持っていた。ただ、それは長期的な視点を前提としており、アプローチした若い人たちが年齢を重ねてようやく花開くだろう、と考えていた」と多田氏は話す。実際、同じような業界の人間が集まって話をしてみると、やはり皆同じように考えていることが分かったという。考えは間違っていない、では何が足りないのだろうか……。多田氏はまだ答えを見つけ出せないでいた。
インターネットが普及しはじめた1997年、ホームページを開設、そこでもみその通販を行っていた。「この施策は正しいのだろうか……」と不安を感じ始めていた多田氏は、地場企業の有志数人が参加する研究会(どっと混むFUKUI)に参加。当時まだ珍しかったメールマガジンなどについて学ぶ中で気づいたことがあった。
「単にお客さまのニーズに合ったECサイトでないというだけなのかもしれない。それができれば、うちが一番になるかもしれない。どうせやるなら、誰もやっていない新しいことを先陣を切ってやりたい」――再び多田氏はサイトの構造などを見直し、ユーザーにとって理想の情報を提供するための作業に没頭した。そして1998年9月にサイトをリニューアル。それと同時にメールマガジンも配信するようにしたところ、予想以上の反響が得られた。「やはりこれだ」、そう確信した多田氏は顔も見えない顧客との対話を通じて手応えを感じつつ、発送作業に追われていた。
サイトを充実させていく一方で、オーバーチュアのスポンサードサーチに代表される検索連動型広告にも早くから取り組んだ。「現在は検索連動型広告に月額3万円ほど掛けている。ネット販売での顧客単価は4000円程度で、リピーターは6割程度」と多田氏。「みそ」という競合が多くなりがちなキーワードは早い段階であきらめ、みそに関連する季節限定の言葉、例えば「里芋のおみそ汁」や「お雑煮」などのようなキーワードを探しながら、コンバージョン率を高めていった。
「2000円の予算でみそを探しているお客さまに4000円の商品を提案しても意味がないので、そこは広告内で触れるようにするなど試行錯誤は今も続けている。コンバージョン率は2〜5%といったところ」(多田氏)
インターネット上で顧客に直販することで得たノウハウは、思いがけない副産物を米五にもたらしていった。2006年には実店舗をリニューアル、個人の顧客が気軽に購入できる場所をということで、内装も明るくし、スーパーでは難しい量り売りも積極的に取り入れた。老舗のプライドはお客さまに押しつけるものではない――そんな思いすら感じられる店舗は、リニューアル後、瞬く間に評判が広がり、匠(たくみ)の手によって作られたみそを求める多くの人でにぎわうようになった。年配の方だけでなく、若者から子どもまで。
「バイヤーとの商談などが中心で、顧客の顔が見えなくなりがちなわたしたちだからこそ、インターネット上で顧客に直販する経験がリアルの店舗作りにも生かされた。加えて、経営者自らがそこに触れた、というのもよりよかったと思う」と多田氏はみそで作られたアイスをほおばる子どもたちをみながらほほをゆるめる。
「業務用卸し、業務用小売り、個人向け小売りの売り上げがそれぞれ3分の1程度になるようにしていければ」と多田氏。現在、ネット通販は全体の2割程度、店頭が通販の半分程度にまで成長しており、その目標は達成の方向に向かっている。
「単に売り上げを伸ばしたいのであれば、アフリエイトなどの選択肢もあるが、どんな場所でどんな風に紹介されているのかが分からないのでは意味がない。安価なみそと同列でうちのみそが並んでいては、ブランドも何もない。現在では、情報を見極める時代になっていると感じていますが、わざわざ混沌(こんとん)とした情報の中に自分たちの情報を意図もなく入れてしまっては意味がない」(多田氏)
原油価格の高騰により、今年はじめ値上げを余儀なくされたみそだが、実は、それと並行する形で大豆価格の値上がりも発生している。比較的高品位の大豆はともかく、輸入大豆などは倍近くの価格にまで暴騰している。しかし、すでに値上げをしている以上、これ以上の値上げを行うことは容易ではない。
みそ製造業者の数も減少している。多田氏は「組合に参加している業者は、多いときには2000社近くあったがいまは半数程度。大手スーパーのプライベートブランド商品なども販売されるようになり、大手がだんだんとシェアを伸ばしているのは事実」と明かす。
ただ、「米五は大量生産を志向しているのではない」と多田氏。「わたしたちの現在の生産量からいうと、2000人に1人お客様がいればよい。年間で46万トンともいわれるみその生産量のうち、米五は年間300トンに満たない生産量なのだから」。厳しい局面だからこそ、どういうコンセプトで事業をやっているのかを消費者に伝えることがますます重要になっていると強調する。
「本質的にはそれは昔から変わらない。今日では、伝える手段としてインターネットが登場してきたというだけ。お客さまだけでなく、バイヤーの方などの情報収集にもインターネットが活用される時代。地産地消を掲げてこじまりまとまる、というのもありなのだろうが、それでは次の時代への備えができないときがきっとやってくる」(多田氏)
100円のものを仕入れて150円で売ると、50円の粗利が出る。それで商売が成り立つ業種もあるが、設備投資が欠かせない製造業はそうはいかない。ある程度のボリュームを出して原価を下げつつ、次への投資を図っていく必要がある。厳しい局面であるのは間違いないが、今、次世代への投資を行わなければもうそんな機会はやってこないかもしれない。多田氏の言葉からはそうした思いが伝わってくる。
だからこそ、次の一手も用意しておかなければならない。その1つが携帯電話だと多田氏は話す。「PCを持っていなくても携帯電話は持っている、という時代にあって、携帯電話の特性を生かしたサービスの必要性は認識している。例えば、商品のパッケージに『少なくなりましたらこちらに』などのただし書きとともにQRコードを張りつけておいて、それを携帯で読み取るとすぐに注文できるといったような、どこでもうちとリンクできるサービスができないかと考えている」(多田氏)
ただ、一方では解決が難しい悩みも吐露する。
「携帯世代でないわたしが(次世代の施策を)考えているのが一番のボトルネック。今はまだ(QRコードを用いたサービスも)クーポン券レベルのことしかできていないが、これもいかにもPC的な発想でしかない。後継者がいるところは決して将来が暗いわけではないと考えるだけに、後継者の問題は頭が痛い」(多田氏)
江戸時代には、「医者に金を払うよりも、みそ屋に払え」といわれるほどその効能が認識されていた。食生活の変化なども手伝って、みそに対する知識が乏しくなってしまった現代にあって、米五はみそ造りの楽しさと誇りを大切にし、みそを通じて顧客に満足を届けるべくインターネットを活用している。
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