日清食品HDのCIOが語る、生成AIの全社活用と自社環境構築の舞台裏

日清食品ホールディングスは、自社専用の生成AI環境を構築し、業務効率化に活用している。CIOが自社環境構築の流れと活用戦略を語った。

» 2024年03月07日 08時00分 公開
[元廣妙子ITmedia]

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 日清食品ホールディングスは、2023年4月3日に自社専用の生成AI環境「NISSIN AI-chat powered by GPT-4」(以下、NISSIN AI-chat)の構築に着手した。同社は環境構築と並行して関係部署との調整を行い、3週間後の4月25日に社内の3600人のユーザーに向けてNISSIN AI-chatを公開する。

 同社の成田敏博氏(執行役員 CIO グループ情報責任者)によると、営業部門における対象業務の洗い出しやプロンプトテンプレートの作成が、NISSIN AI-chatの全社的な活用推進につながったという。

 2023年11月8日に開催された「AI/Automation for Business Leaders〜いま知るべき『企業のAI導入の実務』〜」に登壇した成田氏が、「ChatGPTの自社環境構築と全社的な活用推進の舞台裏」と題し、自社環境構築の流れと活用戦略を語った。

導入の壁「倫理やコンプラのリスク」をどう回避した?

 NISSIN AI-chatは、GPT-4をエンジンとした日清食品ホールディングス専用の生成AI環境だ。同社の安藤宏基CEOは、ChatGPTで生成したメッセージを2023年4月3日の入社式で披露し、「テクノロジーを賢く駆使することで短期間に多くの学びを得てほしい」と新入社員を激励した。

 これを受けて成田氏は、入社式当日のうちにIT部門のメンバーから成るプロジェクトチームを発足し、自社専用の生成AI環境構築に向けて方針の検討を開始した。

 プロジェクトチームが最初に取り組んだのが、ChatGPTを業務に利用する際のリスクの整理と対策の検討だ。ChatGPTは、入力した情報の漏洩リスクや二次・三次利用の際の不適切な流用リスクが指摘されている。プロジェクトチームはそれぞれのリスクに対して、「セキュリティを担保する自社専用環境を構築し、業務利用をその環境のみに限定する」「ガイドラインの策定や説明会の開催、通報や社内報、システム上での注意喚起によって、回答内容を適切に扱うようにユーザーに対して繰り返し啓蒙する」ことを対策として位置づけた。

 プロジェクトチームは2週間かけて自社専用環境を構築し、それと並行してChatGPTの利用に関して社内の関係部署との調整を実施した。そしてプロジェクト開始から3週間後の4月25日、NISSIN AI-chatを社内の3600人のユーザーに向けて公開した。

現場レベルでの活用の推進

 早期の自社専用の生成AI環境の構築と社内展開に成功したプロジェクトチームは、全社を巻き込んだ取り組みを加速し、飛躍的な生産性向上を目指すべきだとして、「導入企業の拡大」「利用促進とスキル向上」「業務活用と効果検証」「システム高度化」の4つを取り組むべきテーマとして掲げた。

 これらの中でプロジェクトチームが初期に力を入れたのが、利用促進とスキル向上を目的としたレベル別のプロンプトエンジニアリング研修だ。プロンプトエンジニアリングとは、ChatGPTに投げかける適切な質問文を作成する技術を指す。プロジェクトチームは、ユーザーを上級者と中級者、初級者に大別し、外部ベンダーの協力を得ながらそれぞれに対して研修を実施した。

 次にプロジェクトチームは、日清食品の営業戦略部と連携し、営業部門を対象とした集中的なスキル向上促進と効果検証のためのプロジェクトを開始した。

 プロジェクトはまず、全国8ブロックの営業拠点から約20人のメンバーが選出され、「研修実施」「対象業務洗い出し」「プロンプトテンプレート作成」「効果算出・成果報告」の順に進められた。

 「対象業務の洗い出しでは、NISSIN AI-chatで何ができるのかをあらかじめ認識しておく必要があった。NISSIN AI-chatでは、例えば文章の作成・要約・添削・翻訳、プログラムコードの作成、アイデア出し、ロールプレイング、情報収集・整理といったことが実現できる。各営業担当者は、これらを自分たちの業務にどのように活用できるかを考えながら対象業務を洗い出していった」(成田氏)

 その結果プロジェクトチームは、32の営業業務で生成AIを活用できるという結論に至った。そして各営業担当者がそれぞれの業務に対して効率性が高いと思われるプロンプトを作成し、それらを定期的にブラッシュアップしていった。

 このプロンプトは、「プロンプトテンプレート」として他の営業担当者と共有できる形でNISSIN AI-chatに実装された。成田氏は、「プロンプトテンプレートを活用することで、誰でもNISSIN AI-chatから質の高い回答を得られるようになった」と振り返る。

 また、各営業担当者がどの程度業務を効率化できたかを分析した結果、プロンプトテンプレートの活用で営業担当者1人当たり年間約400時間の工数削減が見込めることが明らかになったという。

 「営業部門はこれまで、全体の7割強の時間を資料作成やルーチンワークに充てており、顧客のために使っていた時間は全体の3割弱に過ぎなかった。今後はプロンプトテンプレートの活用で捻出した時間を顧客のための時間に充て、全体の5割程度にまで引き上げたいと考えている」(成田氏)

 営業部門に的を絞った集中的な施策が功を奏し、公開直後の5月に28%だったNISSIN AI-chatの営業部門の利用率は、9月の時点で63%にまで上昇した。一方で成田氏によると、全社平均の利用率は25%ほどであり、公開当初と11月時点でさほど変化が見られないという。

 「一部の従業員はNISSIN AI-chatを日々の業務に積極的に活用しているが、触ってはみたものの業務に取り入れられず、結果的に利用しなくなってしまうケースは少なくないようだ」(成田氏)

全社的な活用の推進

 プロジェクトチームは、営業部門における取り組みを社内で横展開し、NISSIN AI-chatの利用率向上につなげることにした。最初に対象になったのはマーケティング部門だ。

 マーケティング部門でも営業部門と同様に対象業務の洗い出しを実施し、それぞれの業務を効率化するプロンプトを作成して定期的にブラッシュアップした。対象業務は、トレンドリサーチやアイデア出し、プレスリリース作成、レポートや記事の要約といった業務だ。

 ここで成田氏は、マーケティング部が作成した「ユニークな言い換え」のプロンプトテンプレートを紹介した。プロンプトテンプレートの冒頭には、「あなたはユニークな言葉遣いが得意なコピーライターです。以下の条件を全て理解した上で、#手順を実行せよ。100人で考えても誰も考えつかないような表現を出力せよ」と記載されている。その下の「#言い換えたい表現」はユーザーが入力する項目であり、最後に「#手順」が「#制約条件」と共に提示されている点が特徴だ。なお、#制約条件には、マーケティング担当者が持つノウハウが記載されている。

 成田氏は、#言い換えたい表現に「コーヒー」と入力した場合の回答例を披露した。NISSIN AI-chatは、コーヒーを「覚醒の黒露」「目覚めの魔法」「黒い稲妻の如き衝撃」「苦みの大洪水」などに言い換えた。

 成田氏は、他にもプロモーション案検討やターゲットインサイトに関するプロンプトテンプレートを紹介した。

 マーケティング部門の次は、要望があった社内の12部署で同様の施策を実施する予定だという。プロジェクトチームは、これ以外の部署に対しても施策を順次展開し、2024年以降はグループ会社にもプロンプトテンプレートを展開していく。また、NISSIN AI-chatの全社的な利用状況は「Microsoft Power BI」で可視化しており、データを分析した上で利用率向上につなげていく予定だという。

今後想定する生成AIの活用施策

 成田氏は、今後想定する生成AIの活用施策についても言及した。

 「日清食品ホールディングスは、これまで取り組んできたセキュアな対話型AI環境の構築と、全社的な利活用促進を今後も継続していく。また、2023年11月1日に一般提供が開始された『Copilot for Microsoft 365』を先行活用していく予定だ。さらに、社内外の問い合わせ業務の効率化にも生成AIを活用しようと考えており、現在PoC(概念実証)を進めている。他にも基幹業務システムやRPAとのAPI連携によってシステム処理を自動化し、生成AIがユーザーに望ましい操作を提案する仕組みを構築するつもりだ。また、当社が数年がかりで構築している、あらゆる業務システムのデータが集約されている全社共通データベースと生成AIを連携し、レポーティング業務を自動化したいと考えている」(成田氏)

 成田氏が企業活動に生成AIを活用できると確信したのは、GPT-4の登場がきっかけだという。GPT-4が公開されたのは2023年3月14日であり、まだそれほど時間が経過していない。しかし成田氏は、「今が非常に大きなターニングポイントだと思っている」と強調し、「今後世の中のさまざまなところに生成AIの影響が出てくると考えており、当社における取り組みを地道に進めていければと思っている」と語ってセッションを締めくくった。

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