海外展開を視野に入れ、“世界で勝つためのシステム構築“に取り組むことになったクックパッド。海外企業を参考にプロジェクトを進める中、日本企業のシステムとそれを支える組織との間に大きな差があることを認識した同社は、どう動いたのか。また、分散と分断が進み、Excel職人が手作業で情報を連携している状態から、どのようにして統合された一貫性のあるシステムに移行したのか――。怒濤のプロジェクトの全容が対談で明らかに。
日本企業のCIO設置率は42.1%、うち、専任者は6.5%――。これは平成27年6月に発表された経済産業省の「情報処理実態調査」によるもので、ITとビジネスが不可分な時代になったにもかかわらず、それらを統合的に見るCIOという存在がいまだ少ないことを示しています。
なぜ、CIOが増えないのか――。理由はいろいろありますが、その一つには「そもそもCIOとは何なのか」が知られていないことが挙げられます。今、活躍しているCIOは、どんなキャリアをたどったのか、どのような心構えで職務を遂行しているのか、CIOになるために必要な資質とは何なのか――。この連載では、CIOを目指す情報システム部長と識者の対談を通じて、CIOになるための道を探ります。
大学卒業後、システム開発とプロジェクト管理を経験後、「業者でも先生でもない、理想の関係をお客さまと作る」の思いから、2000年ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズに転職。「空気を読まず、お客さまにとって本当に正しいと思うことを言い、お客さまと共に汗をかいて実行し切ること」がコンサルティング・モットー。著書に『業務改革の教科書』(日本経済新聞出版社)、『会社のITはエンジニアに任せるな!』(ダイヤモンド社)など。
国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年からクックパッドで海外を含むシステム刷新を推進する。2018年、AnityAを立ち上げ、代表取締役に就任。システム企画・導入についてのコンサルティングを中心に活動。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。
今回の対談のテーマは「変化の時代にIT部門は何を成すべきか」。数々の企業の情報システム部門と共に困難な変革プロジェクトを遂行してきたケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ バイスプレジデントの白川克氏と、ITベンチャーの雄クックパッドの情報システム部門を率いる中野仁氏が、「日本企業が世界で勝つためのシステム作り」や「これからのIT部門の役割」「CIOに必要な素養、スキル」「情シスの未来」について語り合った。
対談は、中野氏が2015年にクックパッドに入社した当時の社内システム運用の実態や、海外展開を見据えたシステム刷新プロジェクトに関する話題からスタートした。
中野氏 クックパッドは2016年に経営体制が変わって、「多角化から本業への集中」「選択と集中」といった路線に舵を切りつつ、本業を海外市場に展開していくという新たな成長戦略が提示されました。これに伴って、海外企業の買収や国内事業の統廃合などが次々と行われ、システムもこれに対応するために大幅刷新を迫られたのです。ちなみに、私が入社した当時の社内システムは、このような構成でした。
白川氏 当時のクックパッドさんの企業規模にしては、明らかにシステムや製品の数が多過ぎますよね。
中野氏 そうですね。これには理由があって、当時は国内向けサービスが中心だったためです。組織もシステムも国内が中心で、システム構成も国内での利用を想定していました。また、当時のシステム部門の体制も、インフラ・サービスデスクチームはあったのですが、アプリケーション系を取りまとめるチームはなかったのです。予算の使い方も、システムを利用する部署がそれぞれ予算を持ち、その範囲内でシステム投資を行っていました。部門がお財布を持っていたわけですね。つまり、当時は国内特化のシステム構成になっていて、システム全体を俯瞰する横串の組織がなく、部門予算でシステム投資を行っている状態だったのです。
そうなると、それぞれの部門は当然、自分たちにとって使いやすい最適なパッケージ製品を個別に導入しますよね。その結果、これだけの製品やシステムが発生することになりました。自分たちのお財布で入れたシステムは自分たちに最適なものになるわけですよ。クックパッドだけではなく、中堅企業くらいまではこのパターンの会社は多いのではないでしょうか。
白川氏 しかも、それぞれの製品がわりと小粒ですよね。製品の価格が安いと決裁を取りやすいので、現場に任せてしまうと小粒なパッケージ製品がこのように乱立しがちです。しかも、それらをちょっとずつ改修したり、機能を付け加えたりしていくから、魔窟化してしまう。
中野氏 「魔窟」(笑)。私は香港の九龍城に例えていて、実際に九龍城の写真を載せたスライドを使って社内向けにプレゼンしていましたね。ただ、このこと自体が絶対に悪い、というわけではないんです。事業規模がさほど大きくなくて、国内でビジネスが完結するならば、この状態でもなんとかなるのですよ。でも、海外展開を想定すると難しい。スケールしないのです。それはまるで小舟で太平洋を渡るようなものなので、海外展開を推し進めると決めたクックパッドは、沈まないためにもシステム構成を変える必要がありました。そして、システム構成を見直すにあたって、“なぜ、このようなシステム構成になったのか”という経緯をたどってみたんです。
これだけシステムが乱立すると、データは分散してしまいます。システムはそれぞれにデータとプロセスを持つわけですが、特にSaaS型システムは機能が特定の業務に小分けで特化されていることが多く、内部で完結しやすいのですね。分断されやすい。APIが整備されていないことも多い。
一番顕著な例が、社員・組織マスターの分断でした。それぞれのシステムにデータがバラバラに存在しており、“社員・組織マスター大乱世”みたいな状況です。本来、同じであるべきマスターデータがそれぞれのシステムで微妙に異なるため、「どれが本当に正しいデータなのか」が分からなくなるんです。
システム連携も、システム側で行われていればよいのですが、多くの場合、手作業に頼ることになります。つまり、それぞれのシステムのデータを大勢のExcel職人が「手作業」や「人海戦術によるダブルメンテナンス」で連携しようとするという、“ぬくもりのある手作業”で乗り切るパターンになるんです。個別最適が優先されたシステム構成は、複雑な上にそのシステムを人力でつなぐわけで、運用負荷が非常に高い。情シスの動きが遅くなる、よくあるパターンだと思います。
白川氏 なぜここまで乱立してしまったのですか?
中野氏 いろいろと原因はあると思うのです。それぞれの部門がシステム導入の予算を持っていて、自分たちの限られた予算と権限の範囲で投資を行い、仕事の範囲だけを見て最適なものを選んでいったことが大きいのではないかと思います。自分の持っている小さなお財布でできることをやる。あと、人事部や財務部はシステムの専門家ではないですから、システムをつなぐ部分、データ連携やアカウント管理のようなテクニカルな部分は抜け落ちてしまいます。
その結果が部門ごとの個別最適になるわけです。ちょうど、猫がお気に入りの箱の中にすっぽり納まって「この箱最高!」と落ち着いているような。私はこれを「箱にゃん現象」と呼んでいます。それぞれの部門で完結するので、その内部ではそこそこ快適なのですが、全体を見ようとすると大変ですね。今回のように、「海外事業も含めて戦略を考えよう」というような大きな話になると、打つ手がなくなって「困ったにゃん」になる。
ただ、こうした部分最適はクックパッドに限った話ではなく、これまで情シスをやってきた経験から本当によく見掛ける光景で「またこのパターンかぁ」という感じでした。
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