コラム
» 2009年03月27日 17時27分 公開

IT Oasis:Accessの使い方を教えるのは「知識の支援」ではなく「作業」か (2/3)

[齋藤順一,ITmedia]

私がネットワークを張りますから

 最後はチョットいい話を。

 本社が首都圏にあるメッキ会社。工場は他に東海地方にもある。その工場にAさんという女子事務員がいた。Aさんは地元の普通高校を卒業して事務員としてその会社に採用された。取り立ててPCに興味があるわけではなかったAさんだが、入社した会社の仕事のやり方を見て驚いた。そのメッキ会社ITとは無縁の会社であった。

 社長のところにメールが来ると、実際は工場でただ1人パソコンが操れる女子事務員Aさんのところに届く。Aさんはメールを印刷すると、社長のところにFAXで送る。社長はFAXにコメントや返事を書いて、AさんにFAXで送り返す。Aさんは社長が書いたコメントを打ち直して、メールで返信する。

 ちなみにAさんが担当に選ばれたのは一番若かったからである。メールは得意先に強く言われて導入したもので、全社でメールアドレスは1つしかなかった。これがAさんの会社のメールシステムであった。

 会社は翌日の生産計画を前日に立てていた。メッキの生地は大手のX社が作っていた。X社にとってAさんの会社向けの製品は全体からすれば微々たるもので、生産の隙間を使って作っているようなものだった。だからAさんの会社からみれば、作ってもらえるだけでもありがたいX社に強く出ることもできなかった。

 X社から前日、連絡される出荷予定をベースに、夕方になってから生産計画を練り始め、その日遅くなって生産計画ができ上がると、一番若いAさんがコピーを何部も作って、工場の生産ラインや間接部門に配って歩く、いや実際は駆け足で回るというのが日課であった。

 「こんなアホな仕事は耐えられない」いくらまじめで実直なAさんでもそんな感想を抱くようになった。そこで一念発起して、近所のパソコン教室に通い始めた。もちろん自費である。半年ほどして、Aさんはパソコン教室の先生に手伝ってもらって、工場にネットワークを張り巡らした。PCも何台か買ってもらった。工場幹部も若いAさんがパソコン教室に通って、熱心に勉強していたのは知っていたし、「金の卵」の若い女性社員の訴えでもあるので予算を付けてくれたのである。

 ほどなくして、工場のITシステムは完成した。システムはExcelを使って生産計画を作成し、それを共有フォルダーに置いておき、各所のPCで参照するという、極めてシンプルなものであった。それでも、手書きの生産計画に比べて見やすいし、何かあったときは始業前なら瞬時に内容を差し替えることができるので、工場幹部も大いに満足し、Aさんは女子事務員兼情報システム担当員に任命されたのである。

 このメッキ会社はその後、専門家の支援も受け、本社と工場をつなぐネットワークや本格的な生産管理システムも導入され、Aさんは、月次予定なども加味した、より高度な生産計画を担うようになった。情報共有といっても、中小企業が求めているのはこのレベルの事例が多い。IT未満の業務改善で、IT以前の会社が一歩ずつ前に進むという感じだ。

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