現場よ、目覚めよ――ローランド・ベルガー会長かく語りきIBM SMARTER PLANET SEMINAR 2010 SUMMER REPORT

日本IBMが開催したセミナーで特別講演を行ったローランド・ベルガー会長の遠藤功氏は、日本企業がすべきは「大胆な戦略転換」「足元の競争力強化」であり、IT投資の検証なくして前進はないと述べた。

» 2010年06月16日 13時30分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 「日本企業は徹底的に現実主義で進むべきである。しかし、理想なき現実主義から飛躍は生まれない。今こそ旗を立てるときなのだ」――日本IBMが6月15日にパートナー向けに開催したセミナー「IBM SMARTER PLANET SEMINAR 2010 SUMMER」で特別講演を行った遠藤功氏の言葉だ。欧州系最大の戦略コンサルティングファーム「ローランド・ベルガー」日本法人会長であり、『現場力を鍛える』『未来のスケッチ』などの著者でも知られる同氏は、企業競争力をテーマに講演した。

 「戦略」「現場力」「IT」の三位一体が企業競争力の源泉であるというテーマで語られた同氏の講演。「日本の景気が悪いのは、世界経済危機のせいではない。バブルをピークに、1つの成長曲線が終わりを迎えているからである」と話し、これを過去50年の最期ととらえるか、それとも次の50年の入口ととらえるべきか観衆に問いかけた。

 次に、ビジネスの競争環境は変化していることを製造業におけるBRICsの台頭などを紹介しながら説明する遠藤氏。世界経済のうねりは新興国、特に中国で巨大なプレイヤーを次々に生み出し、供給過剰となっており、利権の争奪戦は激しさを増すばかりだという。こうした状況の中、日本企業の現場が自信を喪失し、思考停止に陥っているところが多いと話す。

企業がすべきは「大胆な戦略転換」「足元の競争力強化」

ローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤氏。欧州企業は企業価値増加に結びつく付加サービスの提供が巧みであり、学ぶべきところがあると話す

 激変する競争環境の中、日本企業は何を考えればよいのか。遠藤氏は日本企業がすべきこととして「大胆な戦略転換」「足元の競争力強化」の2点を挙げる。

 大胆な戦略転換として同氏が提唱するのは、「脱コモディティ」。同氏の定義でコモディティは「価格以外に差別化要素がないもの」を意味する。世界同時不況の中、安くしなければ売れないという意識が企業にまん延しているが、そもそも日本企業がコモディティで生き残ることは困難であると、エアコン市場の世界的な動向を例に挙げて説明した。

 脱コモディティを果たすための指針が「プレミアム」。遠藤氏は、生産財におけるプレミアムの可能性を「機能的価値」と「企業価値増加に結びつく付加サービスの有無」の2軸によるマトリックスで説明した。これまで、日本企業は前者を重視しており、機能的価値を向上させることがプレミアムだと考え、そこに重きを置いたマーケティングなども展開してきた。しかし、企業価値増加に結びつく付加サービスがあってはじめて、プレミアムになるのだと述べた。

 そして、企業価値増加に結びつく付加サービスの構造に共通する3つの要素として、「コストダウンに結びつく」「売り上げ増加に結びつく」「人材育成などの企業力強化に結びつく」ことを挙げた遠藤氏。これらは、生産財の経済合理性ではなく、マクロな経済合理性を考えることが日本企業生き残りの鍵である、というメッセージだ。スウェーデンのサンドビックという工業機器ベンダーが提供している「生産性向上プログラム」などはその好例で、生産財の単価は高くても、顧客から信頼されて選ばれ続けているのだと話した。

 「プリセールスと同様にアフターセールスも重要だ。日本ではこうしたプレミアムマーケットがあまり成立しておらず、そこへの戦略転換を躊躇するかもしれないが、世界ではそうしたマーケットは巨大である」(遠藤氏)

現場力の復権を

 日本企業が考えるべきもう1つのポイントとして掲げられた「足元の競争力強化」。同氏は「現場力」という言い回しを自著でも好んで用いているが、企業の体質を作り込むのはその現場であり、現場はコストセンターではなく、バリューセンターであることを再認識しなければならないと説明する。

 遠藤氏がその心を痛めるのは、日本の現場力はほかの国にはない比較優位性であるにもかかわらず、それが十分に発揮されていない現状だ。同氏は、中西輝政京都大学教授の著書から「『ピープル』という言葉は、フランス語の『プープル』でもドイツ語の『フォルクス』でも、『被支配者』という意味があり、決して主人公という語感ではない。世界の国々と日本では、この認識がまったく正反対」というくだりを引用し、日本は元来、自律的、自発的が生まれやすい土壌であり、それを大事にしなければならないと説いた。

 「先日、サッカー日本代表がカメルーンに勝ったのは、チームワークにほかならない。これは、『組織であれば(ビジネスでも)勝てる』というよい例。現場力の復権、すなわち人中心の経営を真剣に考えるときである」(遠藤氏)

 しかし一方で、「IT投資の検証なくして前進なし」と経営者を戒める。これまでのIT投資は企業の競争力にどのような影響を与えたか、安直に飛びついていなかったかなど、この15年間のIT投資が、体質や品質の劣化、言い換えれば競争力の劣化に結びついてはいないか、現場の目線からの総括が必要だとした。

 その上で、これからのIT経営の留意点として同氏が掲げたのは、ITに頼ってはいけないものは何かを絶えず考えながら、足元の競争力を強化し得るIT投資に注力すべきであること。そして、そのためには経営者のITリテラシーを高めなければならないこと、最後にITパートナーを厳選することだとして講演を締めくくった。

 「ITパートナーは企業経営の併走者である。ときには苦言も呈さなければならない」という遠藤氏の言葉は、日本企業が進むべき方向性を指し示しているともいえる。



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