電話の相手はクレーマーだった――あなたはどう対応すべきかえっホント!? コンプライアンスの勘所を知る(2/2 ページ)

» 2012年03月09日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]
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女子社員の処遇

 約2カ月が経過したころ、会社はクレーマーが報復することはないだろうと判断した。

その上で女子社員を社長室に呼んだ。そして、「コンプライアンスから大きく逸脱した行為を行った」という事由で、2カ月の5%減給という処分が下された。

 彼女はその時の心境をこう話している。

 「実はご褒美でも貰えるかと思っていました。普段なら、クレーマーから電話がかかってきても、その度に懇切丁寧に話して、それでも先方が納得いかない場合には最悪直接会って話を伝えて納得してもらっている。でもこんなくだらないことに時間と費用をかけるなんてばかみたいですよ。今回は私が対応したから一度で済んだし、クレーマーも少しは懲りたはずですよね。だから会社は“よくやった!”と私を誉めると思っていました」

 しかし、それは彼女の妄想に過ぎなかった。社長室では彼女への減給処分の通知が言い渡された後、担当役員からこう伝えられた。

 「あなたは本当に運がいい。通常ならクレーマーは、しつこいくらいにわが社を狙い撃ちして、さまざまな嫌がらせをしてきてもおかしくはない。そういう行為につながりかねないことを、あなたはしてしまったのです。結果的に何事もなくて安堵しましたが、状況いかんではあなたを懲戒免職しなければならなかった」

 さらに続けて、

「お客様窓口の電話回線が独立しているのは、常に録音しているからだ。もし利害関係に及ぶような会話があった時には、相手に“この会話を録音することをご承知いただけますか”と了解を得て、会話を継続するようにしている。本件も録音をしているが、あなたの非常識な会話を先方も録音していたらどうだろうか。わが社はどう対応できるのかを顧問弁護に相談したが、どうみてもわが社の方が、分が悪すぎるという答えだ」

 担当役員の説明を聞いて、彼女はびっくりしたという。まあ、前述のような意識で社長室に出向いたのだから無理もない。

コンプライアンスの視点でみるなら

 彼女はそもそも、クレーム対応の可能性がある総務部に配属された時点で、一応は社内で研修を受けているはずであった(恐らく理解していなかったのだろう)。その上、自分の判断でクレームを処理し、最悪に近い対応だったことなど“失点”は幾らでもある。

 こうした状況において企業にとって最もまずいことは、会社の相談窓口に電話をかけてきた相手が、彼女の(個人的な)対応を会社としての(正式な)対応だと思ってしまうことである。しかも、これは全く理に適っていると判断されてしまう。

 幾つかの暴言でクレーマーだと勝手に思い込んで対応してしまった――これは企業としては致命的な失態というしかない。本当にクレーマーだとしても、その確かな証拠がない以上は「お客様」なのである。このケースではさまざまな不運が偶然にも重なった。社内研修できちんと内容を聞いていなかった若い女性社員が電話をとり、しかも、独断で判断してしまった。彼女にとっては全くの不運だったのだろう。しかし、結果的には幸運であり、処分としては非常に軽く済んだということにおいて彼女は感謝すべきかもしれない。

 結果がどういい方向に転んでも、それではダメである。結果オーライはコンプライアンスには通用しない。そこに至るまでのプロセスを重視しなければ、本当に危機的な状況に陥りかねないのである。世の中はともすれば「結果オーライ」で動いているが、コンプライアンス順守という世界の考えでは「手続き重視」「プロセスが重要」となり、相いれないことをぜひご理解いただきたい。

萩原栄幸

一般社団法人「情報セキュリティ相談センター」事務局長、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、ネット情報セキュリティ研究会相談役、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格した実績も持つ。

情報セキュリティに関する講演や執筆を精力的にこなし、一般企業へも顧問やコンサルタント(システムエンジニアおよび情報セキュリティ一般など多岐に渡る実践的指導で有名)として活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。


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