日本IBM社長交代の意味松岡功のThink Management

日本IBMの社長交代は、ビジネスおよびマネジメントの両面で、グローバル企業のあり方を示唆した動きといえそうだ。

» 2012年04月05日 08時15分 公開
[松岡功,ITmedia]

ビジネスと同じく人材活用もグローバルに

 日本IBMが3月30日、社長交代の人事を発表した。5月15日付で橋本孝之社長(57)が代表権のない会長に退き、新社長に米IBMでコーポレートストラテジー担当バイスプレジント兼エンタープライズイニシアティブ担当ゼネラルマネージャーを務めるマーティン・イェッター氏(52)が就任する。

 この人事は、ビジネスおよびマネジメントの両面で、グローバル企業のあり方を示唆した動きといえそうだ。同日行われた記者会見の内容については、すでに報道されているので関連記事等を参照いただくとして、会見での発言をもとにグローバル企業のあり方を示唆したポイントについてピックアップしてみたい。

 まず、今回の社長交代の理由について橋本氏は、「今後、日本IBMを変革し成長させていくためには、IBMがグローバルで持つあらゆる経営資源の投資をもっと日本に呼び込むことが必要だ。そのための人事と理解してほしい」と語った。

 その背景には、顧客企業のグローバル化へのさらなる対応や、ITによる社会インフラ効率化を目指すスマータープラネット事業が立ち上げから成長期に入ったことがあるとしている。

 この交代理由には、次期社長が日本IBMから選ばれず、56年ぶりに外国人社長を迎えたことも凝縮されている。この点についてはイェッター氏も橋本氏に同調して、「(外国人である)私が日本の社長になるのはごく自然な流れだ。米IBMのマネジメント層にもいろいろな国籍の人がいて、多様だ。ビジネスのグローバル化は自然な流れであり、人材の活用もグローバルにやらなければならない」と述べた。

 こう聞くと、いかにもグローバル企業らしい今回の動きだが、そもそも日本IBMの業績が順調に推移していれば状況は違っていただろう。今回の社長交代で橋本体制は約3年半の短期政権となったが、同社の業績低迷は10年前に遡り、2001年に1兆6000億円あった売上高が2011年には8681億円と半分近くまで縮小している。その意味では、今回の人事が不振続きの日本事業へのテコ入れであることは明らかだ。

 ただ、短期政権とはいえ、橋本氏はリーマンショックや東日本大震災などの渦中で奮闘したと見る向きが多い。自らも会見で「10年分の仕事をしたという感じがする」と漏らしたのは本音だろう。その橋本政権時代を含めて、日本IBMにとってこの10年間は、日本市場の景気低迷やIBMの事業構造転換などへの対応に苦慮し続けた。

 橋本氏は今回の社長交代の理由の中で「IBMがグローバルで持つあらゆる経営資源の投資をもっと日本に呼び込むことが必要」と語っているが、この点はここ数年来の日本IBMの課題でもあった。そうした状況の中で社長に就くイェッター氏は、どんな経営手腕を発揮するのか。

IBMが見せたグローバルガバナンスの強化

 ドイツ出身のイェッター氏は2006年から4年余り、ドイツIBM社長として不振が続いていたドイツ事業を再建。1990年代に米IBMを建て直したルイス・ガースナー元CEOの補佐役を務めた経験も持つ。ドイツ事業再建が評価され、2011年5月に米国本社のコーポレートストラテジー担当バイスプレジントに抜てきされた。今年1月に米国本社CEOに就任したバージニア・ロメッティ氏の信頼も厚いとされる。

 その意味では、今回の人事のタイミングには、今年から米国本社がロメッティ体制に移行したことが背景にあるとみられている。ロメッティCEOが日本事業をテコ入れするため、信頼の厚い本社中枢のエースを送り込んだとの見方もある。

 一方で、ロメッティCEOが掲げる次の成長戦略は、中国やインドといった新興国やクラウド事業などが中心。新興国に比べて存在感が低下しつつある日本は、イェッター氏のもと、収益重視の体制へ人も組織も刷新されるのではないかと見る向きもある。

 イェッター氏は日本の課題について、「高度な産業と教育システムがあるのに景気が低迷しているのは、日本だけでなく先進国共通の課題だ。ドイツIBMの経験を日本でも生かしたい」と語った。

 こうしてみると、今回の人事は、IBMがビジネスおよびマネジメントの両面で見せたグローバル企業ならではの広い意味のガバナンス、すなわちグローバルガバナンスの強化という意味があるといえよう。

 最後に気になる点を1つ。これまで日本化路線を押し進め、「トップセールスは日本人しかできない」という不文律さえあった日本IBMの社長が、外国人になる。この不文律、今では企業向けシステムを手がける他の外資系IT大手企業にも浸透しているかのように見受けられる。HP、Oracle、Microsoft、SAP、Dell、Ciscoといった大手の日本法人社長は現在、すべて日本人である。だが、グローバル企業の本質は基本的に同じだ。今回のIBMの動きが連鎖反応を起こす可能性もないとは限らない。

 そこで一言。昨今、グローバル人材の育成が話題に上っているが、日本人もグローバル企業のマネジメント層として、どこの国の現地法人社長でも務まるくらいの人材がどんどん出てきてほしいものだ。一方で、グローバル企業の日本法人社長に外国人が就いても当たり前だと受け止めたい。もちろん、業績うんぬんは別の話だ。今回の日本IBMの動きで正直にそう感じた。

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