さて例を提示したい。幾つかは既に本連載で紹介したものだがご了承いただきたい。多少脚色しているが、大半は筆者が実際にその現場に遭遇、もしくは従業員から聞いたものである。なお現在では改善されたケースばかりであることをお断りしておく。
「思いやり」で個人が率先するなら、何とか許容範囲になる。しかし、上司が強制するなら明らかにコンプライアンス違反だ。何と社則に掲載していた企業もあった。これは極めていけない。始業時間と終業時間をそれじれ30分繰り上げる必要があり、組合があれば協議事項となるはずだ。もしくは、輪番制で30分の早出残業(恒常的な残業は許されないので、週1回程度の早出なら個人ではぎりぎり許容される)する(当然ながら男女問わず全員での輪番制が前提)。
いまだにこんな会社が存在するのかを思われるかもれしないが、たくさんある。特に地場産業系の企業や地方自治体、都会なら旧財閥系の子会社や孫会社などだ。今ならセクハラにも該当する可能性があり、明らかに違反行為となる。
これもいけない。始業開始後に短時間行うなら許されるが、全員の早出残業に当たるか、恒常的に実施する就業規則の「勤務時間」を変更しなければならない。当然だが、従業員の承諾や組合の承認が必要になる。
ほとんどは問題ないが、一部に酷いところがある。その部分を読むと、到底許されない内容が明記されている。経営者の本音なのだろうか。中には脅迫や恫喝まがいの文章もあった。読者の会社はいかがだろうか。
もちろん、上述とは反対のケースもある。「こんな就業規則だと会社が潰れてしまうのでは?」と思ってしまう実際にあったケースだ。
これ以外に筆者が知ったケースには、職場の全員で「架空残業」(管理職の課長にも残業代を支給され、ごまかしていた)をしていたものや、外国人との商談に備えて英会話の受講を残業として申請し、全てが承認されていた(上司が管理を放棄していた)ものがある。
コンプライアンスの中核は、「法令順守」ではあるがわずかな部分でしかない。実際には会社が社会の中でどう動くべきか、どう貢献をしていくのか、そこに経営者や創業者の「思い入れ」や「ポリシー」「社是」などが加わり、経営の幹部として「あるべき論」を掲げ、会社としての理想姿を思い描きながら、「心」を投影(最も重要)させることにある。ここにコンプライアンスの絶妙な「技」「スパイス」を利かせる必要がある。
「世間は……」「普通は……」「常識では……」という概念は、そのほとんどが、自分で思い描いている「絵空事」に過ぎないのである。できる限り客観的な数値や事象を見て、「私の思う普通」は「世間では普通ではない」と気付くべきである。そこから総体的に自身が修正すべき点やコンプライアンスの盲点が見つかってくるはずだ。
だが、ワンマンな経営者にこのような内容を理解させるのは極めて難しい。でも会社が急成長する時期は一瞬でしかない。自分の会社を停滞、没落から守り、恒常的に発展していけるようにするなら、経営者の感性を変えられなくても、現実的な方向を変えていく努力はすべきである。コンプライアンスは地味な仕事だが、極めて重要な仕事でもある。
自社を正常に発展させるためにコンプライアンスをどう実践していくべきかという観点で、検討してみるのもよいだろう。社内からの変革が難しいのであれば、信頼のおける専門家に相談してわざと指摘をさせることで、以外にも経営者が素直に耳を傾けることも多い。一度、提案してはいかがだろうか。
一般社団法人「情報セキュリティ相談センター」事務局長、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、ネット情報セキュリティ研究会相談役、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格した実績も持つ。
情報セキュリティに関する講演や執筆を精力的にこなし、一般企業へも顧問やコンサルタント(システムエンジニアおよび情報セキュリティ一般など多岐に渡る実践的指導で有名)として活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。
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