キヤノンマーケティングジャパンが挑んだ災害復旧対策の裏側震災3カ月でDRサイトを立ち上げ(1/2 ページ)

東日本大震災では数多くのデータセンターが被災し、企業の業務に大きな影響を与えた。キヤノンマーケティングジャパンは震災後3カ月で災害復旧(DR)サイトを確保するなど、事業継続に不可欠なIT環境の整備を進めている。

» 2012年07月05日 08時00分 公開
[ITmedia]

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、数多くのデータセンターに甚大な被害をもたらし、企業の業務システムが停止するなどの大きな影響を与えた。災害でも事業を継続できる情報システム環境の確保が企業のIT課題となる中、キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)では震災から3カ月で災害復旧(DR)サイトを確保するなど、DR対策を迅速に進める。6月下旬に開催したデータセンターに関するセミナーで、同社IT本部 ITインフラ部長の結城拓氏が、DR対策への取り組みを説明した。

計画停電を乗り切れ

 3月11日の大震災発生時、キヤノンMJの幕張データセンターがある千葉県では震度5強を記録。揺れている間はIT機器を収納しているラックが前後左右に移動し、ラックが倒壊したりケーブルが断線したりしかねない状況だったという。幸いにしてIT機器の被害はなかったが、マシンルームの免震床の部材が壊れるといった被害が発生した。

 本震の危機を乗り越えたものの、問題はその後。「震災対応でベンダーなどの支援を受けづらく、大きな揺れの余震も続いて復旧作業がはかどらない。そこに計画停電や輪番停電への対応が加わり、業務システムが停止すれば顧客対応に大きな影響が出る恐れがあった」(結城氏)

 同社では直ちにDRサイト構築の検討を開始し、4月中旬には経営陣が沖縄県内にDRサイトを構築することを承認。DR計画は三段階で進めることになり、第一段階として、万が一の場合に沖縄のDRサイトへ重要性の高いシステムをすぐ移行できる体制作りに取り掛かった。第二段階では計画停電の際にシステムをDRサイトに移行して終了後に幕張データセンターに戻せること、第三段階では2012年中に本計画を実行できる体制の実現が目標として決められた。

 DR計画を策定するには、DRサイトの確保以外にも対象システムの選定や手順、マニュアルなどの整備、テスト計画、部門間の連携を確実に遂行できる体制作りなど非常に多くの作業が必要になり、長期間におよぶのが一般的だ。

 結城氏によれば、キヤノンMJでは2007年にその当時の事業継続計画(BCP)についてアセスメントを実施しており、システムの優先順位付けや手順などの標準化などをある程度終えていた。またサーバの仮想化による統合も進めていた。「第一段階ではほとんど時間がなく、想定リスクの再検討や手順の見直しなどの作業はしておらず、アセスメントの結果を基にした計画を踏襲して対応に当たった」という。

 従前の計画をベースに第一段階の作業を進めてDRサイトを構築。7月には通常系システムのテストを実施した。対象は34システムで仮想サーバが約100台、物理サーバが24台。本番サイトとDRサイト間でのデータのバックアップは非同期とし、重複排除を行ってデータ量を抑えた。復旧可能なデータの目標は24時間前まで、インフラの普及は24時間以内を目標にした。

 2011年夏を迎え、計画停電の実施予定地区だった幕張データセンターでは自家発電機用燃料の備蓄を増やしたり、DR発動に備えた体制がとられたが、幕張地区には重要な社会インフラが密集していたことから、計画停電は行われなかった。

 キヤノンMJはその後もDR対策を進め、現在は第三段階の途中にある。7月中にリカバリテスト、8月中にはメインサイトの切り替え(首都圏から沖縄、沖縄から首都圏)テストを行う予定。また新たに建設した「西東京データセンター」の運用も10月に開始し、2013年には西東京データセンターと沖縄サイトによるDR体制に移行するという。

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