こんなに細くて大丈夫? 知られざる「海底ケーブル」の世界(1/2 ページ)

今や、約2100枚のDVDを1秒で送信できるほどの伝送能力を持つ海底ケーブル。太くてゴツいものと思いきや、意外なほど細いのに驚かされる。いったいどんな技術で“細くてタフ”なケーブルを作っているのか。驚きに満ちた製造方法を見るべく、北九州の工場に飛んだ。

» 2015年07月24日 08時00分 公開
[後藤祥子ITmedia]

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Photo 接続試験用のタンクに巻き取られていく海底ケーブル

 日々の暮らしや仕事に欠かせない存在となっているインターネット。いつ、どこにいても“すぐに情報を得られる”便利さは国内だけにとどまらず、日本にいながらにして海外の情報を瞬時に把握できるのも、今や当たり前の光景だ。

 こうした海外からの情報が、どんなルートをたどってきているのか考えたことはあるだろうか? その答えは――“海底”だ。

 国際間の通信といえば、衛星を使った通信を思い浮かべる人もいるかもしれないが、2015年の時点では国際通信のほぼ99%を海底ケーブルが担っている。衛星に比べて伝搬時間が短く、大容量の信号を扱うことができ、地上のトランスポンダ(無線中継機)の置き換えで伝送容量を変更できるという拡張性の高さから、海底ケーブルへの移行が進んだという。

 これまで10ギガビット/秒、40ギガビット/秒と進化してきた伝送技術は現在、100ギガビット/秒が主流になっており、光海底ケーブルシステムで伝送可能なデータ容量は今や、80テラバイト/秒に達している。これを身近なものに例えると、1秒に約2100枚のDVDを送信できる速度、約12億4000万の電話回線が同時に通話できる規模というから驚きだ。

 そんなネットワークインフラを支える海底ケーブルには、私たちの知らない“意外な事実”が多数潜んでいる。海底ケーブル事業を手がけて50年のNECと、その子会社で海底ケーブル製造80年の歴史があるOcean Cable & Communincations(以下、OCC)の工場見学で目にした“驚きの数々”を紹介しよう。

“800キロの水圧、6トンの張力”に耐えるケーブルの作り方

 まず、高い需要があるにも関わらず、海底ケーブルの製造・敷設を手がける企業が意外と少ないことに驚く。NEC 海洋システム事業部長代理の緒方孝昭氏によると、世界全体でも主要なサプライヤーは米TE SubcomとNEC、仏Alcatel-Lucentの3社しかなく、世界の市場をほぼこの3社で分け合っているという(しかし、このあと明らかになるケーブルの製造や船積み、敷設の方法を聞くと、おいそれとは参入できない事業であることが分かってくる……)。

 海底ケーブルに求められる強度も驚くべきものだ。海底ケーブルは、ケーブルそのものと、伝送途中で減衰した光信号を増幅するための中継器で構成され、いずれも最深部が8000メートル級の深海に設置されることになる。こうした過酷な環境下でも支障なく使えるよう、OCCが製造するケーブルは水圧800キロ、6トン相当の張力に耐える性能を備えている。

Photo 海底ケーブルの敷設イメージ。深海から浅瀬までさまざまな環境に耐えうるケーブルを製造し敷設する

 こう聞くと、ケーブルは「太くてゴツいものに違いない」と思うだろうが、実際に見てみると予想外の細さに驚く。深海に設置するケーブルは大人の腕の半分にも満たない太さだ。もちろん、この細いケーブルの中には、長いケーブル開発歴を誇るOCCならではの工夫が施され、その性能は折り紙付きだ。

 その1つは、他社がまねできない独自開発のケーブル構造。OCCの海底ケーブルの堅牢さを支える「抗張力層」は、ファイバーを納めるエリアの周囲を3つの扇形を組み合わせて円形にした鉄のケーブルで囲み、その周りに鋼線を配した構成になっている。OCC代表取締役社長の都丸悦孝氏は、「この扇形の部分がケーブルの堅牢性を高めている」を胸を張る。

 OCCの海底ケーブルは、この抗張力層の上に外皮を重ねる2工程で製造しており、それも性能と生産性の向上に一役買っている。ファイバユニットの上に抗張力層を重ね、外皮で覆うという3工程の海外メーカー製品に比べて1工程少ないことから、「溶接などに伴う熱影響が少なく、高速・省工程での生産が可能になる」(都丸氏)という。

 さらに他社のケーブルに比べてファイバーを納める空間が若干広く、大容量伝送時代に求められる“断面積が広いファイバー”を格納しやすいのもポイントだ。「ファイバーは曲げなどの外圧に弱いので、中の空間にゆとりがあるほうが大口径ファイバーに適している」(同)

Photo OCCの海底ケーブルは、他社にはまねできない扇形の三分割鉄個片構造が特徴。これが堅牢性を高めているという

 海底ケーブルの太さが、敷設する海の深さによって異なるというのも面白い。水圧が高い深海のほうが太いと思いきや、浅瀬のほうが太いのだという。

 「深海は水圧こそ非常に高いが潮流は限られており、漁船の網が届くこともない。一度敷設してしまえば環境は比較的安定しているので、深海部では軽量な無外装ケーブルを使っている。一方、浅瀬は潮流が激しく、漁船やアンカーの衝撃にも耐えなければならないため、深海用ケーブルの周囲にポリエチレン被覆を施し、外装鉄線で補強して械的特性を高めた頑丈なケーブルを使っている」(同)

Photo 海底ケーブルの種類。浅瀬のほうが太いケーブルを使う

海底ケーブルの船積みに2カ月もかかるのはなぜ?

Photo 敷設船内のタンクに巻き取られていく海底ケーブル

 工場を訪れた7月上旬、OCCの工場は日米間をつなぐ海底ケーブルの船積みの真っ最中だった。6月上旬に始まった9000キロメートル分(全長1万2000キロの一部)の海底ケーブルの船積みは完了までに2カ月もかかるという。

 スタッフが24時間体制で作業をしているにもかかわらず、なぜ、船積みにこれほど時間がかかるのか――。その理由は、予想外のケーブルの製造方法にあった。

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