CSIRT小説「側線」 第6話:海にて(後編)CSIRT小説「側線」(1/3 ページ)

あらゆる攻撃に対処するCSIRTのメンバーに必要なものは、特殊能力でもカリスマ性でもなく、「側線」――それは一体? 海岸にたどり着いたメイの目の前で、この小説のタイトルでもある「側線」の意味が明らかに。

» 2018年08月24日 07時00分 公開
[笹木野ミドリITmedia]
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この物語は

一般社会で重要性が認識されつつある一方で、その具体的な役割があまり知られていない組織内インシデント対応チーム「CSIRT(Computer Security Incident Response Team)」。その活動実態を、小説の形で紹介します。コンセプトは、「セキュリティ防衛はスーパーマンがいないとできない」という誤解を解き、「日本人が得意とする、チームワークで解決する」というもの。読み進めていくうちに、セキュリティの知識も身に付きます


前回までは

数々の攻撃を乗り越え、休日にメンバー全員で海に繰り出したCSIRT。それぞれのやり方で海を思い切り楽しみながら、ベテランたちは「今の日本に必要なセキュリティ人材とは一体誰か」について語り合い、意外な答えに行き着く。一方、新任コマンダーのメイは、1人姿を消したリサーチャーの深淵を追いかけていた。

これまでのお話はこちらから


@海にて

Photo 深淵大武:人との会話は苦手でログをこよなく愛する。キュレーターを信頼している。一人で仕事をしていることが多く、寝ない。ディープダイバー。情報も海も。沖縄の海が大好き

 「どう? 釣れた?」

 「見れば分かるだろ。まだだ」

 遠くで海面がざわついている。魚の群れのようだ。

 「あれ、何? 魚じゃないの!」

 本師都明(ほんしつ メイ)が、大きな発見をしたように遠くを指さして言う。

 深淵大武(しんえん だいぶ)は何でもないという感じで話す。

 「あれは“ナブラ”というものだ。ナブラというのは、小さい魚の群れが大きな魚に補食されまいと逃げ回っている状態だ。海面が盛り上がったり、時には魚が海中から飛び出すこともある。飛び出してきた魚を上空から鳥が狙う。鳥が集まって群れをなす。これを“トリヤマ”と言う。漁師はトリヤマを見つけて船を走らせる。トリヤマの下には魚の群れ、さらにはその魚を狙う大物がいるからだ」

Photo 本師都明:先代のCSIRT全体統括に鍛え上げられた女性指揮官。鍛え上げられた上司のすばらしさと比較すると、他のメンバーには不満を持っている。リーガルアドバイザーを煙たく思い、単語や会話が成立しないリサーチャー、キュレーターを苦手としている

 ――やっぱり、この人、漁師なの? とメイは思ったが、潤の言っていた通り、海のことになると冗舌になると感じた。

 「そういえば、4月くらいに屋上にいたわよね。突然、声をかけられてびっくりしたわ。ストーカーだと思った」

 「ばか言うんじゃない。たまたま、そこにいただけた」

 「あの暗ーい部屋から出ることもあるの?」

 「当たり前だ。あの屋上からは海が見えるからな」

 メイは大武に対する見方が少し変わった。

 「話の続きだ」

 大武が流れを取り戻す。

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 「沖縄でダイビングした時に、ナブラを水中から見たことがある。小魚が群れて大きな塊になっている。大きな魚に追いかけられても、塊の形を維持したまま、一斉に進行方向を変えたりする。この群れを指示するリーダー格の魚はいないらしい。それでも、大きな群れが同時に反応する」

 ――メイは疑問を投げる。

 「なぜ、リーダーもいないのに同じ動きができるのかしら」

 大武は答える。

 「魚には『側線』という機構がある。側線は体の横にあり、潮の流れや仲間の動きを感知できるらしい。人間で言えば“空気を読む”ってとこかな。誰に何を指示されなくても、それぞれが自然に身体を動かして、しかも全体が統制されて、効率的に危機回避をする感じだ」

 ――側線かぁ。CSIRTの側線ってどこだろう。一人一人は専門家ではない弱い小魚でも、皆が集まれば脅威から身を守れる。組織として成長していけば、その先は統括役がいなくても個々が自律的に動くようになるのかなぁ。

 メイは、ざわつきが少なくなったナブラを見つめて思った。

@サーフ・マツカータ

 男たちはメイが立ち去ったあとも話を続けている。

 志路(しじ)が聞く。

 「見極(みきわめ)、お前の言った『信頼できるヤツ』って深淵だよな。あまり話している姿は見ないのだが、どうなんだ?」

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