かつて最高視聴率35.2%を記録した伝説のドラマ『どてらい男』。映像の大半が失われていたこの作品が今、AI技術によって蘇ろうとしている。テープ紛失の絶望的な状況から始まった“復活プロジェクト”の全貌とは。
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関西テレビが制作し、1973年から3年半にわたって全国ネットで放送された『どてらい男』(どてらいヤツ)。大阪の商社「山善」の創業者山本猛夫の生涯を描いたこのドラマは、西郷輝彦氏が主演を務め、最高視聴率35.2%を記録した話題作だ。このドラマの映像は一部しか保存されていなかったが、あるきっかけで“復活プロジェクト”が動き出した。
Google Cloudが開催した「Google Cloud AI Agent Summit ’25 Fall」に関西テレビの駒井有紀子氏(コンテンツビジネス局 局長)、博報堂の篠田裕之氏(データテクノロジー部 部長)、Google Cloudの田中宏樹氏(カスタマーエンジニア)が登壇し、『どてらい男』AIリメークプロジェクトについて語った。
駒井氏は1994年に関西テレビに入社し、営業局での15年間の勤務を経て、2009年に編成局のアーカイブ班に異動した。駒井氏はここで『どてらい男』と出会う。
『どてらい男』は、関西テレビが制作し、1973年から3年半にわたって全国ネットで放送された全181話の大作ドラマだ。大阪の商社「山善」の創業者山本猛夫氏の生涯を描き、主演は西郷輝彦氏で、最高視聴率35.2%を記録し話題となった。
「他局から映像貸し出し依頼が重なり、同時期に視聴者からもビデオグラム化についての問い合わせがあったのですが、関西テレビには初回と最終回の映像しか残っていないことが分かりました」(駒井氏)
当時の収録用テープは高価でサイズが大きく、保管スペースに制限があるため、一定期間が過ぎると上書きして再利用するのが当たり前だった。
駒井氏が、「せっかくの長編ドラマなのに、初回と最終回の2話しか残っていないのはもったいない」と思っていると、ドラマのモデルになった山善から「社史サイトで『どてらい男』を特集するので、関西テレビに保管されている写真を貸してほしい」という依頼が舞い込む。写真を選別する過程で、山善の倉庫に『どてらい男』らしき放送用のU-maticテープが眠っていることが分かり、関西テレビに寄贈されることになった。
寄贈されたテープの映像を確認したところ、放送用の同録素材であることが判明。第7話から第129話までの123話分の映像が奇跡的に復活した。しかし第2話から第6話までが欠けており、駒井氏は『どてらい男』復活への未練を断ち切れないまま、2013年にコンテンツビジネス局に異動になる。
すると、同年にTBSのドラマ『半沢直樹』が大ヒット。ネットで「昔の『どてらい男』を思い出す」といった感想を目にした駒井氏は奮起し、2014年に「どてらい男捜索プロジェクト」を立ち上げる。上映会や主演者によるトークショーを通じて失われた映像の提供を呼びかけた結果、数カ月後に第3話が見つかった。
話数が抜けていても動画配信なら成立すると割り切った駒井氏は、作品の権利処理に着手する。50年前のドラマで契約書がほとんど残っていなかったため、台本やエンドロールから500人以上の出演者を特定し、所属事務所への確認や映像プレビューなどを実施。3年の歳月を経て、2018年からようやく配信にこぎつけた。
そして近年、AIの進化を目の当たりにした駒井氏は、「AIで失われた話数を復元できるのではないか」と考え、博報堂やGoogle Cloudに協力を呼びかけた。こうして2023年の年末、「『どてらい男』AIリメイクプロジェクト」が発足した。
博報堂の篠田氏によると、AIリメークプロジェクトの動画は、Googleの動画生成AI「Veo 3」「Veo 3.1」、音声AI「Chirp 3」、「Gemini」で制作されている。プロジェクト始動以降も各ツールの進化はすさまじく、制作過程で何度も動画を作り直した。
最新版では、全てのシーンをVeo 3で制作したものに統一し、まるで同じカメラで撮ったような統一感を実現したという。また「昭和初期の大阪問屋町の風景」という設定上、全体の色彩やトーンがノスタルジックなセピア調になりがちだったが、「今見ても面白い現代的なストーリー」を打ち出す目的で、現代的な色味や質感、明るさになるようにプロンプトを書き換えた。主人公を含むキャラクターのちょっとした仕草や表情の表現には特にこだわり、篠田氏によると、出力結果の一部を編集できるVeoや画像生成AI「Nano Banana」が非常に役立ったという。
「納得のいくカットやフレームワークの生成後、さらに主人公が帽子のつば先を手で軽く持ち上げる仕草を加えたい、ついでに服装の色もグレーではなくて黒にしたい、と思ったとします。この場合、以前は一から生成し直さなくてはならず、せっかく突き詰めた空気感が失われてしまっていました。しかしNano BananaやVeoを使えば、簡単に動画の一部だけを編集できます」(篠田氏)
さらに篠田氏は、「今はAIエージェントを使って、個別のユースケースに特化したアプリケーションを開発できる時代だ」と強調する。篠田氏は今回のプロジェクトのために、動画をシーン別に解析する「DOTRY」を開発した。DOTRYは、動画をアップロードすると自動的にシーンを分割し、各シーンのアングルや時間、プロンプトを解析し、シーン展開が正しいかどうかをチェックできるアプリケーションだ。
DOTRYには、キャラクターの特性に合った、よりイメージに近いシーンを効率的に生成する機能も搭載されている。
「シーンを生成する際、当初はプロンプトに逐一キャラクターの特性を記述していました。DOTRYは、例えば『夕日を背にしてうつむいているシーンを生成して』というベースプロンプトを投げかけると、キャラクターシートを基にしたアクションプロンプトの候補を複数生成してくれます。その中から自分の考えに近いものを選択し、よりイメージに近いシーンを生成できます」(篠田氏)
今回のプロジェクトのように、生成AIをビジネスに利用する際に注意しなければならないのが著作権の問題だ。Google Cloudの田中氏からは生成AI利用規約についての説明があった。
田中氏によると「Google Cloud」の生成AI利用規約には、生成AIの使用によって著作権侵害の申し立てがあった場合、Google Cloudがそれを補償することが明記されている。ただし、プロンプトに「キャラクターの名前を直接指定する」「キャラクターを想起させるような外見や服装を明確に指示する」といったような、意図的に著作権を侵害するような内容が含まれていないことが条件になる。
「Google Cloudの生成AI利用規約には、知的財産権に関する補償が明記されています。当社の生成AIサービスを活用したミュージックビデオなども既に制作されており、そうした実績を踏まえた上で、安心して生成AIをビジネス利用していただけます」(田中氏)
駒井氏は最後に、『どてらい男』AIリメイクプロジェクトへの思いを語った。
「本プロジェクトは、過去の映像を忠実に復元することだけが目的ではありません。『どてらい男』は、商売の本質や、自分の信念を貫くことの大切さを教えてくれる作品です。人と人との信頼や情熱が薄れがちな今の時代だからこそ、この作品は若い世代やビジネスマンの心に響くと信じています。昭和の日本人が持っていた誠実さ、義理人情、信念を貫く姿勢は、今のグローバル社会でも価値があり、そうした日本人らしさを世界に伝える力を持った作品だと思っています」(駒井氏)
駒井氏は『どてらい男』の現代版ドラマの制作に意欲を示し、AIとリアルのハイブリッドで新しい形が生まれる可能性を示唆した。そして、「まだ見つかっていない話数をお持ちの方がいれば、ぜひ関西テレビまでご一報ください」と呼びかけた。
続報が楽しみな『どてらい男』AIリメイクプロジェクト。セッションで公開されたAI『どてらい男』の映像は、関西テレビの公式サイトから視聴できる。
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