「日本のITは元気がない!」と活を入れる野村総合研究所(NRI)理事の楠真(くすのきしん)氏。常にITの未来を見据えながら、35年以上にわたってITの難事難題を経験してきた楠氏が語る、日本企業とSIerが抱える問題点と改善策、元気なIT人材を育て活用するためのセオリーとは
この記事は、「HANDS LAB BLOG(ハンズラボブログ)」の「長谷川秀樹のIT酒場放浪記」に2018年8月21日に掲載された記事を転載、編集しています。
ハンズラボCEOの長谷川秀樹が、どうすればエンタープライズ系エンジニアがもっと元気になるのか? という悩みの答えを探し、小売・IT業界のさまざまな人と酒を酌み交わしながら語り合う本対談。
今回のゲストは、野村総合研究所(NRI)で金融ITソリューションやクラウド基盤の構築・サービスの開発責任者を歴任してきた楠真(くすのきしん)氏。IT黎明期から35年以上にわたって経験してきた幾多の難事難題の裏側を伺いながら、IT部門やSIerの問題点・改善策などについて率直なご意見をいただきました。
1.日本のITは元気がない!――忌憚のない“楠節”で現実を突きつける
2.30年後にソフト産業は一大産業に――“証券界のドン”の予言とシンクロしていた未来感
6.ITの本質は“使ってもらって役に立つこと”、先端ITを見据えた価値提供が鍵
7.“おいしいビジネス”か“ITの本質”か――日本のSIerの功罪とは
8.ITをうまく活用できない日本企業、忖度体質の改革とIT人材の正当な評価が課題
長谷川: 今回は、当対談へのお誘いをご快諾いただき、本当にありがとうございます。
楠: 実際に顔を合わせるのは久しぶりになりますか。初めてお会いしたのは3年くらい前、AWS(Amazon Web Services)の東京サミットのときでしたね。それ以来、Facebookではやりとりさせていただいていますが、まさか公開タイムラインで対談に誘われるとは思いませんでした(笑)
長谷川: 恐縮です。僕の書き込みにコメントいただいたので、「これはチャンス!」と思ってお誘いしたんです。大先輩にどうかと思いつつ、楠さんなら応じてくださると思ったので。
楠: 長谷川さんだからですよ。NRIがAWSのコンサルティングパートナーになったのが2013年ですが、当時はまだAWSがエンタープライズに使えるかどうかという時代。その頃から、長谷川さんはいち早く目をつけられていて、今もさまざまな発信をされていて、感心しています。
長谷川: いやいや、社会に物申すというのでは、まだまだ楠さんの足元にも及びませんよ。日経BP社の「IT Pro」での連載をずっと拝見していましたが、ここまで率直におっしゃられる方はまずいないでしょう。
僕はユーザー企業だし、この歳だとまだ「また長谷川があんなことを」程度で済みますが、最先端SIerの現役の責任者ともなると、顧客の手前、空気を読むと言いにくいことも多いでしょうし。
楠: そんなことを言っているから、日本のITって元気がないんですよ。
長谷川: おおっ、出ました(笑)。
楠: どの部分を指して「率直」とおっしゃられているか分かりませんが、そもそも機密情報ではないですからね。ハードウェアはもうダメ、IBMが減収減益とか、世の中に公開されている事実ばかりですから。
長谷川: みんな見たくない、見せたくないことは目をそらそうとしますからね。楠さんに「事実」を突きつけられてハッとする人が多いのではないですか。
楠: そうあればいいなと思って毎回書いていました。連載は終わりましたが、さまざまな感想や意見をいただいて、多くの方の共感を得られたのは大きな自信になりました。また機会があれば、皆さんの役に立てる発信ができればと思っています。
長谷川: どんな経験をされたら、こんなにさまざまな知見やものの見方を体得できるのでしょうか。楠さんはずっとNRIなのですよね。
楠: ええ、大学を卒業して1983年にNRIに入社したのですが、おそらく社内で一番多くの部署を経験したと思います。
そして、100回以上「辞めてやる」と考えたことがあります(笑)。特に1988年の野村コンピュータとの合併後は、本気で辞めようと思いましたね。
私が最初に入った旧鎌倉研究本部では、若いうちからコンサルとして経営者と対等に話ができました。でも、当時の野村コンピュータは、部屋にこもって黙々と仕事をしているイメージで、合併後に総研から異動した人は秒速で辞めていってしまう。同情していたら、自分にも声がかかりまして。
長谷川: でも、その後、そうそうたる企業を顧客に抱えられていたわけですよね。多くの顧客に信頼され、充実した日々を過ごされていたように思っていたのですが、不満に思われることもあったんですね。
楠: それまでコンサル部門では、IT業界を担当していて、Microsoftなどの新興企業の勢いを肌で感じていました。1993年にシステム部門に異動したのですが、当時は本当にがっかりしたんですよ。でもメインフレームからインターネットとクライアントサーバに移り変わる節目にあって、もしかしたらNRIのような会社がIBMなどに肩を並べて競う時代になるのではないかとひそかかに思ったんです。
そんなチャンスを自分で経験することができるとしたら、辞めてる場合じゃないですよね。
長谷川: さすが先見の明がおありになったということなのでしょう。
楠: NRIの合併をけん引した田淵会長(故 田淵節也野村證券会長)は、その先を見ていましたね。
私が常務になったとき、1987年に田淵会長が当時の若手幹部に語った講話が見つかったのですが、「これからソフト産業は大いに飛躍する。そのための合併であり、本当の効果や目的は30年後に分かる」とおっしゃられているのです。
つまり、IBMのようなハードの世界のガリバーにソフト分野で競り勝つには、経営的視点を持ち、経営者に相談される関係を築く必要がある。そのために既に経営層との関係ができている総研と実働部隊としてのコンピュータが合併すべきだと考えておられたのです。田淵会長はこの合併を「『研&コン』で乾坤一擲(ケンコンイッテキ)」と称されていました。
長谷川: その30年後が2017年というわけですか。確かにクラウドなどの登場も含め、ソフトウェアが席巻する時代となっています。予言通りというわけですね。
でも1987年当時は、まだWindowsの姿や形もなかった頃ですよね。
楠: すばらしい先見性でしょう。それを当時の自分が聞いていればと悔やまれます。
とにかく私自身は、漠然とした未来への期待感と、そして「会社に泣かされて辞めたくない」という意地で踏みとどまったようなものです。でもその後は、ダウンサイジングの先駆けとして、いろんな挑戦ができて楽しかったですね。
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