時流の節目こそ、勝負を仕掛けるチャンス――野村総合研究所 理事 楠真氏長谷川秀樹のIT酒場放浪記(4/4 ページ)

» 2018年09月15日 07時00分 公開
[伊藤真美ITmedia]
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“おいしいビジネス”か“ITの本質”か――日本のSIerの功罪とは

長谷川: それにしても、日本のSIerの業界は、どんな部分が問題なんでしょうか。

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楠: “おいしいビジネス”を持ちすぎているんですよ。

 アプリケーションの保守運用でお金を取る。いざというときのためだけに必要な保険料みたいなものですよ。そこにたくさん人間を貼り付けて、営業がそれを死守しようとするから、おかしな話になる。

 もう1つ、ハードウェアのメンテやリセールに依存した売上が大きすぎるのは、最大の問題だと思います。以前調べたら、大手SIer4社の拠点数は、半端なく多くて、複合機メーカーと変わらない。拠点ネットワークが、ハードウェアビジネスの強みなのです。

 しかし、クラウドが普及するにつれ、ローカルな拠点ネットワークの価値は変わっていくでしょう。にもかかわらず、SIerの多くは既存のリソースを手放さず、あえて積極的にクラウドを担ごうとせず、時間稼ぎをしているように見えますね。

長谷川: 確かに。ハードウェア周りでおいしい仕事になっているのなら、クラウドは彼らの強みが生かされないだけでなく、害になるわけですからね。

楠: どこかで方針変更しないと、ますます厳しくなるでしょう。自分たちの強みと思っていたところが実は本質ではなかったというか。時代が変わったことに気が付くべきだと思いますね。

 一方、システムやソリューションなど、ITの本質で勝負してきたところは、NRIもそうですが、ほぼ無傷で新しい時代に対応できるでしょう。

長谷川: それでは、ITのもう1つの担い手である「ネットベンチャー」はどう見えていますか。

楠: 日本でネットベンチャーといえるところは、まだあまりないと思っています。

 たいていの日本のネットベンチャーは、よく見ると、ITのやり方がGoogeやAmazonとはだいぶ違っています。LINEはすごいけれども、日本企業ではないし。

 ITの面でアメリカのネットベンチャーに対抗しようとしているのは、純粋な日本企業としては、Yahoo! JAPANくらいのものでしょう。すごいなと思ったのは、Yahoo!は全てアプリケーション環境を「Pivotal Cloud Foundry」にしたんですよね。そんなことをやっている企業は、あの規模ではYahoo!だけでしょう。AWSもAzureもGoogleも全く使わないというのは理解できるとして、すごい覚悟の決断があってのこと思います。そこには私もシンパシーがありますね。本当に何かを成し遂げたいと思ったらリスクを取るのは必然ですから。

長谷川: Yahoo!がエンタープライズの方に来たらどうなるのか、考えたりしませんか。

楠: うーん、彼らは普通の会社のIT部門に使われる気はさらさらないでしょう。個人的にも公共性のあるサービスでいてほしいですね。

 ああ、それでも、双方ともリーダーシップがあって対等な合意やマネジメントのもとであれば、ありうるかもしれません。例えば、大手車メーカーの自動運転をYahoo!が開発するというような。

 でも、国産の自動車メーカーなんて……。営業してみてください。なまじの“御用聞き”には務まらないですよ(笑)。

長谷川: 前職の同僚が提案書を持っていったときに、最後のページに見積もりを付けておいたら、「俺達がバリューを決めて金額も決めるから、勝手に書いてこないで」って言われたって言っていて、びっくりしましたね。

楠: 官公庁なんかもそういう人がいるみたいですね。企業のIT部門も、必ずしもITに詳しいわけでもなく、プロジェクトにダイレクトに関わっているわけでもなく、単なる調達屋さんが多いんです。だから話が常に後ろ向き。そこに対峙しているSIerが病むのも必然なんですよ。

長谷川: 建設的な話ができないとなれば、確かにハードウェアのメンテナンスやリセールで利益を得ようという発想になるのも分かります。相手側は形のあるものが入ると分かりよいですから。

 でも実は、それが自社のプラスになっていないことに気づいていない。ちょっと悲しい状況ですよね。

ITをうまく活用できない日本企業、忖度体質の改革とIT人材の正当な評価が課題

長谷川: この連載のテーマは、「どうしたらエンタープライズ系エンジニアがもっと元気になるのか?」なんです。まさに楠さんに、そこをピリッと締めていただければと。

楠: やっぱりITの人間が元気になる仕事といえば、作ったものに対して「君たちのおかげだよ、ありがとう」といわれて喜びを共有できることでしょう。

 自分の都合しか考えない担当者の言いなりになったり、利益が出るものをバレないように売りつけたり、本来ならしたくないわけです。

長谷川: どこか日本人の気質もあるのかもしれませんね。これは日本特有のものなのでしょうか。

楠: そうかも知れませんね。ITばかりでないでしょう。会社にしがみつくタイプが多いからなのかもしれません。海外だと、そうした場面では猛然と反撃しますし、転職にリスクがないですからね。

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長谷川: 本当に残念なことで、1人ひとりにとっても辛い状況ですが、ITがうまく活用できてないということは、企業はもちろん国全体の生産性低下にもつながります。この状況を変えたいとき、どこから変えていけばいいのでしょうか。

楠: やはり自分の周りから局所的に変えていくほかはないと思いますよ。

 マクロで税金をとか、国策でとか言われることもありますが、それで解決するとは思えません。むしろ、それ以上にやりがいを持って楽しく仕事をしている姿をたくさん見せて、周囲に仲間を増やしていくことの方が効果的なのではないでしょうか。

 ただ、ITだけならまだやり方もあると思いますが、日本全体が忖度ばかりしているようではダメですね。

長谷川: そうですね。SIerを悩ます情報システム部門も、会社によっては社内から虐げられていたりしますから。その負の連鎖を断ち切らないと。

楠: そうそう、だから長谷川さんにも、もっと影響力の大きいところで、御用聞きからの解放宣言をしてほしいですね。

長谷川: 東急もそれなりに大きいので、なんとかグループ内の情シス部門、SIerとしての地位向上を、と頑張っているんですが、なかなか思うようにはいっていないところがあります。なんとかうまい方法をご教示いただけるとありがたいです。

楠: 人事権を持っている方ならぜひ試していただきたいことなのですが、ITの人間をどれだけしっかり処遇できるか、給与や権限も含めて見直していただきたいですね。

 NRIは、もともと野村證券と同じ給与テーブルからスタートしたのですが、グループ全体の業績が厳しい時に給与テーブルを維持していくのは大変苦労しました。ITスタッフの待遇を下げろという話はグループ内で何度もありましたし、日本中の会社がIT子会社を待遇を下げる目的のために作ったわけですよ。

 でも、NRIは待遇を下げるのではなく、能力のある人材をもっと評価するような人事制度に変えていったのです。その結果、業界では一二を争うほどの高待遇となり、日本の優秀なIT人材が集まってきます。さらに、その中で成長しようとしています。

 日本の企業は、営業上位の傾向にありますが、「作れる人がすごい」「実現できる人がすごい」という文化を醸成することが大切だと思います。

長谷川: 文化については僕もそう思っているので、頑張ってみます。そして、上層部に対しては、どのように働きかけていけばよいのでしょうか。

楠: 私がかつて直属の上司とけんかした時には、大日本印刷のある役員の方に「上司と同じか、またはそれ以上の権限を持った社内の人を3人、味方につけるまでは、けんかはするな」と言われました。

 つまり、3人を説得できない場合は、論拠が弱い可能性があるというわけですね。感情ではなく、論理的に突破できなければ、戦っても無駄です。正しいことを言う、やるのは当たり前。40歳を超えたら、そろそろ戦い方を覚えるべきだと思いますよ。

長谷川: これは心強いヒントをいただきました。ありがとうございました。

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ハンズラボ CEO 長谷川秀樹氏プロフィール

1994年、アクセンチュア株式会社に入社後、国内外の小売業の業務改革、コスト削減、マーケティング支援などに従事。2008年、株式会社東急ハンズに入社後、情報システム部門、物流部門、通販事業の責任者として改革を実施。デジタルマーケティング領域では、Twitter、Facebook、コレカモネットなどソーシャルメディアを推進。その後、オムニチャネル推進の責任者となり、東急ハンズアプリでは、次世代のお買い物体験への変革を推進している。2011年、同社、執行役員に昇進。2013年、ハンズラボを立ち上げ、代表取締役社長に就任。(東急ハンズの執行役員と兼任AWSの企業向けユーザー会(E-JAWS)のコミッティーメンバーでもある。


【取材・執筆:伊藤 真美】

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