CSIRT小説「側線」 【最終話】第14話:新生(前編)CSIRT小説「側線」(2/3 ページ)

» 2018年12月14日 07時00分 公開
[笹木野ミドリITmedia]

 メイが答える。

 「つたえ。そういうこと言うもんじゃないの。

 確かに、わが社ではセキュリティ専門家とそうでない人をうまく組み合わせることで全体を機能させているけど、それぞれ必要な専門教育は行っているわよ。それと、他社との交流や専門コミュニティーへの参加も活発だわ。それによって、自分が経験していない事柄も学習できるのよ」

 小堀が言う。

 「経験していないことか……そう、1年前は、私も全くセキュリティのことは分からなかったが、それからさまざまなインシデントを経験することで身に付いたものがたくさんある。実経験に勝る教師はいないからな」

 つたえが続ける。

 「私もたくさん失敗したけど、その分、身に付いていると思います」

 メイがつたえをじっと見て言う。

 「ホント……? だったらいいけど。でも、私もたくさんのインシデントを経験したおかげで慌てることは少なくなりました。まだまだ、宣託さんや志路さんに指導されることもありますけど」

 小堀が言う。

 「結局、経験が大きいか。ただ、だからといって、経験のために本当にインシデントが年中起きるのは避けたいな。模擬訓練や他のCSIRTとの交流で、実際のインシデントの状況をシミュレーションするのが何よりだ。ただし、訓練のための訓練ではなく、本物と同じ緊張感がないと身に付かない。

 また、他のCSIRTと交流すると、自分のところでは考えられないようなインシデントを経験していることもあるから参考になるな」

Photo 見極竜雄:キュレーター。元軍人。国家政府関係やテロ組織にも詳しく、脅威情報も収集して読み解ける。先代CSIRT全体統括に鍛え上げられ、リサーチャーを信頼している。寝ない。エージェント仲間からはドラゴンと呼ばれる

 メイが言う。

 「育成には2つあると思います。見極(みきわめ)さん流の軍隊の言い方をすると、士官と兵隊の訓練方法は違う。兵隊の場合は、標準化された教育で、ある程度は均一のレベルに育てられる。ただ、士官は才能のある者しかなれない。基礎知識はもちろん必要だが、経験を自分の肥やしにできるセンスが必要だと」

 小堀が反応する。

 「兵隊は育てられる。それでは士官をどう育てるかだ」

 メイが答える。

 「私も他社のCSIRTとの交流で、そのような議論をしたことがあります。いくつかの会社にはすごくとがった人がいたので、それぞれに『どうやって育ったのですか?』と聞いてまわったのですが、答えは皆、同じでした」

 つたえが聞く。

 「その、“同じ答え”って?」

 メイが一息おいて言う。

 「会社に育てられた覚えはないって。ただ、会社は自由にさせてくれた。――これは共通しているわ。つまり、そういう土壌を用意してあげられれば、才能のある人は勝手に育つ。もちろん、監視は必要だけど、彼らの好奇心の邪魔をするような手出しはしてはならない。彼らは必要なコミュニティーに勝手に参加し、一流の人々と交流し、腕を磨いていくみたいよ」

 小堀が反応する。

 「それはセキュリティだけの話ではないな。どこの世界でも同じだ。世界のトップを行っている経営者は、勝手に育っているだろう。トップになるための教育を受講しているわけではない」

 ――メイは、世界のトップの経営者が座学で机を並べて学習している様子をイメージして、笑みをこぼした。あり得ない。

 続けて小堀が言う。

 「セキュリティだからといって、特別視することは全くないな。わが社のメタンハイドレードの精製技術も、誰かに教えられて発明したものではない。そのようなとがった人材を大切に育てられるような土壌を作ることを今後も続けよう。

ありがとう。いい話だった。王道通信の記者にもそのように話してみよう」


photo 宣託かおる:前任のCSIRT統括であるコマンダーやインシデントマネジャーとは戦友。メイに対しては将来性を感じ、厳しく支えている

 メイがあと一つ、という感じで続ける。

 「小堀さん、これも言っておいてください。わが社のCSIRTでは、非IT系の人たちも非常に大きな戦力だと。例えば、育英(いくえい)さん、ワイスさん、原則(げんそく)さん、もちろん、宣託(せんたく)さん、そして折衷(せっちゅう)さんもです。

 彼らの出身分野はさまざまですけど、CSIRTには欠かせません。人事ローテーションでもうまく回せる人たちです。会社の人事を硬直化させることもありません。懐柔(やわらぎ)さんや折衷さんは、来るべき高齢者社会に向けての雇用の良いモデルになります。在宅勤務でも、週に2日の勤務でも、彼らにできる仕事がありますし、ワークシェアも可能でしょう。CSIRTの役割には無限の可能性があります」

 小堀はたくましくなったメイを見て、うんうんとうなずいている。

 「分かった。それも伝えよう」

 「それと、もう一つお願いです」

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