5G導入に反対する市民運動「われわれはモルモットではない」5Gと健康被害【最終回】

人体への深刻な悪影響はないという調査結果に基づき、各国各地で5Gの導入や実証実験が進められている。一方でこれに反対する市民運動により導入を中止した自治体もある。進歩と停滞、どちらを選ぶべきか。

» 2019年08月07日 10時00分 公開
[Investigate EuropeComputer Weekly]

 第3回(Computer Weekly日本語版 7月17日号掲載)では、研究結果の解釈を巡る問題と、ICNIRPによる携帯電話放射線の新規制値(2019年公表予定)に関するバン・ロンゲン議長のコメントを紹介した。

 第4回(最終回)では、5Gに対する各国政府の反応や市民運動などの動きを紹介する。

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政府の反応

 欧州委員会も各国の政府も、電磁放射線の普及に関係する健康リスクに対しては否定的だ。英国のNHSは、そうした不安に対応する助言ページで次のように述べている。

 「公表された研究結果の大規模な検証を行った結果、全般的な証拠としては、携帯電話の電波が健康問題を生じさせることは示されていない。だが長期的な暴露(20年以上の携帯電話の使用)が健康に影響するかどうかをチェックするためには、さらなる研究が必要とされる」

 GSMAは、5Gが現在の携帯電話ネットワーク以上に大きな危険になることはないと主張する。事業者が2Gから3Gに移行する際に両方の技術が並行して運用されていた間は、アンテナ施設周辺の放射線レベルが多少増えたかもしれない。だが全般的な暴露限度が大きく上昇することはなかったとロウリー氏は言う。このときのレベルは、ICNIRPが定めた国際基準の約1000分の1の低さだった。

 これまでの実証実験場での結果から、5Gを導入しても大きく変わらないだろうという見通しが示されたと同氏は話している。

一般の抵抗

 これに対して数百人の研究者が、健康への影響が確認され、安全基準が強化されるまでの間、5Gの導入を見合わせるよう求めている。

 2018年8月の「International EMF Scientist Appeal」には、科学者244人が署名した。国連とWHO、国連環境計画および国連加盟国に対し、「住宅、学校、コミュニティー、ビジネスにおける携帯電話、電線、電子機器、無線端末、無線ユーティリティーメーター、無線インフラへの暴露に関連した世界的な公衆衛生上の懸念に対応すること」を求めている。

 2018年12月の「5G Appeal to the EU」には科学者213人が署名した。こちらも5Gの導入を一時的に見合わせるよう求め、5Gによって「無線周波数電磁場RF-EMFへの暴露が大幅に増大する。RF-EMFは人と健康に対して有害であることが証明されてきた」とした。

 「5G Space Appeal」は市民をはじめ、科学者や団体など2万6000人以上の署名を集めた。「もしも5Gの計画が実現すれば、地球上のいかなる人も、動物も、鳥類も、昆虫も、植物も、24時間365日、現在の数十倍から数百倍のレベルのRF放射線への暴露を避けることはできず、地球上のどこへ行こうと逃れられる可能性はない。5Gの計画は、人類に対して深刻な、取り返しのつかない影響を発生させ、地球上の全ての生態系に恒久的なダメージを与える恐れがある」と訴える。

 だがこうした一般市民の訴えは、科学者の支持があるにもかかわらず、携帯電話業界からは懐疑的な目を向けられている。

 GSMAのロウリー氏は言う。「完全な見解の一致は期待できない。人は科学に対してさまざまな理由から違った解釈をする。科学はそうして進化するものであり、われわれはそのようにして知識を蓄積してきた」

 「完全に100%一致した立場は期待していない。だが衛生機関や政府機関に委託され、あるいは文献を参照した省庁や専門家は、『国際基準に準拠し、公衆衛生は守られている』という立場だ」

 そうした説明ではほとんど納得できない市民もいる。イタリアのラクイラやポーランドのグリビツェといった欧州の複数の都市で、導入に対する抵抗運動が高まりつつある。ギリシャ第3の都市パトラは健康問題を理由に、同市で行われるはずだった5Gの実証実験プロジェクトを凍結した。

 ラクイラは2009年に地震に襲われ、再建プロセスの一環として5G実験を行う市となった。だが高さ35メートルのアンテナに市民が反発した。2018年8月以来、最初の10本が市内に設置されたが、住民から頭痛の訴えや、アンテナができてから家電製品が機能しなくなったといった苦情が寄せられ、市に対してアンテナの撤去と市内での5G実験の中止を求める署名嘆願が行われた。

 イタリアの医師、ジャンマリア・ウンベルト氏は「われわれは既に地震という激変を経験している。野外モルモットにはなりたくない」と訴える。

 英国では公衆衛生の専門家が5Gを「大規模公衆衛生実験」と形容したことを受け、1万3000人以上が署名して、5Gの健康と安全に対するリスクに関して独立した立場からの調査を求める嘆願書を議会に提出した。

 小規模の運動としては、イングランド北部オールストンとネントヘッドの住民120人が2019年2月にFacebookページに署名して、5G Rural Integrated Testbed(5GRIT)が同地で行っている5G実験の中止を求め、教会区が介入する事態になった。

 英保健社会福祉省は2019年3月、議会への嘆願に応え、携帯電話放射線の健康への影響については念入りな調査を行ってきたと説明し、「全般的な証拠に照らす限り、現行ガイドラインの範囲内の暴露を生じさせる端末が公衆衛生に対するリスクを発生させることは示されていない」との見解を示した。

 ポーランドでは初の5G実験がOrangeとHuaweiによってグリビツェで実施された。その際に、伝送装置が健康に悪影響を及ぼしかねないとの懸念から、一部の住民が街頭で抗議運動を展開した。

 シレジア工科大学生体工学部のマレク・ジック氏は、「5Gの電磁場による人や動物の健康への直接的なリスクを明白に裏付ける根拠はない」とする声明を発表した。「5Gががんの発生を劇的に増大させるとは考えていない。だが人体への影響はある。それがどのような影響なのか、現時点ではっきりと語ることは難しい」

 パトラはギリシャ国家通信郵便委員会とデジタルインフラ省によって、2018年に5Gの実証実験を行う市の一つに選ばれた。

 地元の市民委員会は健康への影響を理由にこれに反対し、提案された5G実証実験契約について「アンテナ5万本の設置が条件とされている。つまり、パトラの5G導入は、現在の3Gおよび4Gアンテナに比べて300倍のアンテナ設置につながるということだ」と指摘した。

 数カ月にわたって検討した結果、パトラ市は実証実験の凍結を決めた。5Gが健康に及ぼす影響については科学的に不確かな部分があるという理由だった。

スマート化か慎重姿勢か

 モバイル技術のアップグレード競争は二極化する傾向を強める。経済的に、まだ4Gにアップグレードしてから間もない国の政府は、通信会社を促して5Gへのさらなるアップデートのために投資させることに苦慮するだろう。そうした国は、はっきりしない慎重姿勢よりも、「スマートな」未来を優先させて何年も前から実証実験にゴーサインを出してきた国に後れを取る。

 法的な見地から見ると、5Gに関連した初めての裁判が起こされている。懐疑的な姿勢の保険会社は今後も、電磁場への暴露に関連した疾患や症状への保険適用を避けるだろう。

 5G関連の放射線による健康への悪影響を信じる科学者と、問題はないとする立場の科学者との間の対立は強まっている。

 ドイツ連邦放射線防護局が、同国で5Gの競争入札を行う前に放射線リスクの可能性についてさらなる調査を促したのは、2019年3月になってからだった。インゲ・パウリニ局長は、「われわれにはまだほとんど知識がない。今後も中期的な調査を続ける」とコメントした。

 5Gが健康に及ぼす長期的な影響についてはっきりさせるため、さらなる研究が必要だとの見解では全ての科学者が一致している。その間にも、5Gの実現に向けた技術は全世界で導入され続ける。

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