5Gや携帯電話が健康に悪影響を及ぼすという研究結果と、健康に問題はないという研究結果。両者を比較検討すると、ある真実が浮かび上がってきた。また、信頼度の高い研究も進められている。
第2回(Computer Weekly日本語版 7月3日号掲載)では、移動体通信事業者や関連企業からなる業界団体GSM Association(GSMA)が行った健康リスクに関する研究結果を紹介した。
第3回では、研究結果の解釈を巡る問題と、ICNIRPによる携帯電話放射線の新規制値(2019年公表予定)に関するバン・ロンゲン議長のコメントを紹介する。
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科学研究に依存すること自体にも難しさがある。独立した資金に基づく研究に比べ、業界が資金を拠出している科学研究は健康への悪影響が指摘される公算がはるかに小さいことを示す調査もある。
そうした調査を始めて実施したのは、低レベル放射線によってDNAが断裂することを1990年代に発見した生物工学者のヘンリー・レイ氏だった。「Seattle Magazine」によると、互いに矛盾する研究結果が増えていくことに業を煮やしたレイ氏は2006年、1990年から2006年の間に実施された携帯電話放射線に関する研究結果と、その資金源について調べた。
その結果、326の研究のうち、50%で無線周波数放射線の生物学的な影響が示され、50%は示されていないことが分かった。それらの研究をふるいにかけ、無線通信業界が資金を提供した研究と独立して実施された研究に分類したところ、業界資金による研究で影響が示される割合は30%だったのに対し、独立した研究では70%に上っていた。
欧州での調査でも、2007年に似たようなパターンが見つかった。2017年にはORSAA(Oceania Radiofrequency Scientific Advisory Association)が研究調査のデータベースを分析した結果、業界が資金を提供する研究の62%では影響が確認されなかったのに対し、研究機関のみの資金で行われた研究では77%、政府機関の資金で行われた調査では60%で影響が確認されていた(訳注)。
訳注:業界資金による研究は「確認されなかった」。研究機関および政府機関の資金による調査では「確認された」であることに注意。「62%では影響が確認されなかった」ことがそのまま「38%では確認された」とは断定できないため、誤読しやすいがあえて直訳とした。
現時点で欧州の大部分の政府が採用している放射線基準は、科学研究が今よりもずっと少なく、一般人の無線周波数放射線への暴露量も少なかった1998年にICNIRPが制定した。この基準は今、高周波による安全な暴露基準を緩和するような形で改訂されている。
EMF安全基準を定めているICNIRPは、科学者でつくる民間団体で、ドイツが資金を拠出している。同団体は歴史的に業界と複数のつながりを持っていた。だが現在は、過去3年間「業界との関係」がなかったことをメンバーの条件としている、
答えは欧州で現在進められている別の長期的研究プロジェクト「COSMOS」にあるのかもしれない。同プロジェクトには6カ国の科学者が参加し、携帯電話ユーザー30万人の長期的な追跡を目指している。参加国はデンマーク、スウェーデン、フィンランド、オランダ、英国、フランスの6カ国で、対象者は英国が9万人と最も多い。
この研究は、それまでの研究の限界を克服するために開始された。それには脳腫瘍に関する過去最大の症例対照研究であるINTERPHONE研究(訳注)も含まれる。2012年に完了したこの研究で、レベルの高い携帯電話ユーザーについて、神経膠腫(しんけいこうしゅ、グリオーマ)のリスクが増大する可能性が示された。だがこの研究は解釈が難しく、結論も不確かだった。それ以降に行われたメタアナリシス(複数の研究結果を統合分析すること)でも同様に、確定的な結論は出ていない。
訳注:WHOの付属機関IARC(国際がん研究機関)を中心としたINTERPHONE研究グループが、携帯電話と脳腫瘍の関連を調べた研究。
COSMOSは対象者の携帯電話使用に関する情報をネットワーク運営者から入手し、携帯電話の使用程度や生活習慣、健康といった関連情報についてアンケートに答えてもらうことにより、さらなるデータを収集する。こうした情報を通じ、過去の大規模疫学研究よりも正確に、暴露について評価することが可能になる。
アンケートと健康登録情報を利用すれば、対象者の健康状態を20〜30年間にわたって継続的に調査できる。この調査では、がん、良性腫瘍、神経疾患、脳血管系疾患、頭痛、睡眠障害のリスクについて評価する。6カ国のデータを集めることで、脳腫瘍のように比較的まれな症例についても、携帯電話放射線のリスクについて調べることが可能だ。
通信会社は表向き、EMFは安全だと強調している。だが年次決算報告では、もっと慎重な姿勢を見せている。
2017年の報告の中でTelefonicaは、「モバイル端末と基地局によって放出される電磁場が人々の健康に及ぼすかもしれない潜在的な影響」により、業界(Telefonicaのビジネスも含む)が影響を受ける可能性があると繰り返した。
Deutsche Telekomは、「電磁場に関するしきい値の引き下げ、あるいはモバイル通信における予防策の導入といった規制介入のリスク」があると警告した。
Vodafoneの年次報告では、モバイル通信を可能にしているインフラや電磁信号が健康に悪影響を及ぼす可能性があると警告し、それが引き金となって法令が改正されたり、訴訟になったり、携帯電話利用者の意欲に変化が起きたりする可能性があると記している。ただしVodafoneはそうしたリスクについて、発生することは「あり得そうにない」と主張。そうした事態が起きるのは、健康や環境リスクに対する懸念が特に強い国に限られるだろうと予想した。
保険市場Lloyd's of Londonの参加企業を含む大手保険会社は、諮問機関や公的機関の主張とは裏腹に、EMFを真の健康リスクとして扱っている。
WHOのEMF Projectは、「短期間に新技術が健康に及ぼす慢性的な影響について評価することは難しい。中でも5Gはまだ完成さえしておらず、対応端末も市場に存在しない」とした。
ICNIRPは携帯電話放射線の規制値を改訂する過程にあり、新しいガイドラインが2019年内に登場する見通しだ。これまでのガイドラインは1998年のもので、それ以降、多数の新しい研究が公表されてきた。
「ICNIRPは科学文献の評価を行っている。それに基づきEMFへの暴露の影響について判断を確立する。そうした影響について確立された判断が、ICNIRPの定める暴露基準値の根拠となる」。バン・ロンゲン氏はそう説明する。
「われわれは、提出された120本の文献と、無線周波電磁場への暴露基準のガイドライン案について寄せられた1000件以上のパブリックコメントについて話し合った。同時に、WHOはEMFへの暴露に関する全ての文献について集中的な検証に当たっている。われわれはその検証に関する情報を利用できる」(同氏)
電磁場の影響について確立された説は、細胞の誘導加熱のみだと同氏は認める。それでもRFへの暴露が発がん反応を引き起こす可能性など、他の影響についてはまだ不確かなことが多いと指摘した。
ICNIRでは5G放射線による熱以外の影響は存在しないという認識なのかと問われると、バン・ロンゲン氏は「そうではない。われわれにそのような確信はない。熱以外の影響があることは分かっている。だがそれが健康に悪影響を及ぼすという説が確立されたとは認識していない」と説明した。
第4回(最終回)では、5Gに対する各国政府の反応や市民運動などの動きを紹介する。
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