1000人以上の従業員を抱える日本企業への調査から、デジタルトランスフォーメーション(DX)では投資対効果の評価に苦慮する企業が多いことが判明しました。併せてDXで財務的な貢献、競争優位を実現している企業はどの段階にいるのかも明らかになりました。
本連載では筆者らが実施した日本企業(特に従業員数1000人以上の企業)におけるDXの動向調査(注1)の結果から得られたインサイトを読者の皆さんに紹介しています。
第1回は調査資料から日本企業のDX推進状況を客観的に評価し、第2回でさらに踏み込んで組織の中でDXを誰が推進しているのかを深堀りして考察しました。その結果、IT部門だけではなく幅広い部門がDXの推進に関心を持つ状況が確認できました。しかしそれを受けた第3回は、DX推進の先行企業が「PoC貧乏」を脱出できず身動きが取れない状況も確認。第4回では「なぜ進まないか」を20年前の経験から考察してきました。
今回は日本企業におけるDXの効果や財務的貢献、競争優位の実現がどのような状況にあるかを探っていきます。
デル株式会社 執行役員 戦略担当
早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。
著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)がある。Amazonの「IT・情報社会」カテゴリーでベストセラー。この他、ZDNet Japanで「ひとり情シスの本当のところ」を連載。ハフポストでブログ連載中。
・Twitter: 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell
・Facebook:Dx動向調査&ひとり情シス
注1:「DX動向調査」(調査期間:2019年12月1〜31日、調査対象:従業員数1000人以上の企業、調査方法:オンラインアンケート、有効回答数:479件)。
「ITの効果」を評価する際は、経済産業省がまとめた情報処理実態調査の結果がとても参考になります。この調査では興味深い結果が得られましています。調査はIT投資の効果を次の4つの面から捉えています。
実はこの結果で一番効果が出ているのは、売り上げ拡大や新規顧客獲得などの目的より、社員のITリテラシーを高める学習面です。私はIT業界に長く携わってきた中で、新しいIT導入が社内の大きなイベントになり、会社が世代交代する様子を見てきました。そのため、測定できる効果だけが重要だとは思いません。IT革命で試行錯誤したお客さまも、その苦悩の経験を生かして社内のデジタル化を進めるなど、さまざまな効果が出てくるものです。
しかし、現代はそんなにのんきなことばかり言っていられません。「今にでも攻め込んでくるディスラプターとの戦いに準備しなければならない!」「デジタル化に投じた資金のROIを明確にすべきである!」などといった意見が聞こえてきます。
そこで今回の調査では、ネット・プロモーター・スコア(NPS)のようにシンプルに2つの質問だけでDX化の効果について尋ねました。一つは、売上高向上や管理コスト低減などの「財務的効果が出ているか?」、もう一つは、財務的効果が直接なくても「競合企業に対して優位な戦略が取れるようになったか?」という意見です。その結果は次の通りです。
進めているDXプロジェクトが財務的に貢献できていると回答した企業はわずか5.9%でした。まだ半数以上の会社がPoC(概念検証)段階にあり、デジタル化評価プランを実行できていない現状では仕方ないのかもしれません。やはりごく一部の企業だけしか財務的な効果を実感できていないというのも事実です。
また、財務的には効果が見いだせていないけれども、「DXにより生み出された情報などを活用して競合企業と優位に戦っている」「顧客リレーションが強化されたので競合企業から新規顧客を奪っているなどの競争優位が得られた」と判断する企業は、13.2%という結果でした。ディスラプターと戦う準備ができているのは、わずか13.2%にすぎないのかもしれません。
先に述べた13.2%は、調査対象企業全体から得られた回答です。今回の調査で用いた5段階のデジタル化の企業ポジショニング別で算出した結果は次の通りです(企業ポジショニングについては第1回を参照ください)。
5段階のポジショニングで見ると、デジタル化への進捗(しんちょく)に応じて財務的貢献と競争優位の両方の効果が出ていることが判明しました。PoC期間である「デジタル評価企業」から次のステップに進むことができれば、半数の企業が競争優位を得られると考えられます。
一方、当然ながら「デジタルフォロワー」や「デジタル後進企業」は、両方の貢献ともゼロでした。まさに“ウイナーテイクオール”で、デジタル化が進んだ企業だけが競合優位性を持ち「ひとり勝ち」できる可能性も現実のものとして感じることになりました。しかしそれだけに、このステップに進むには、創造的なプランに加えて想像を絶する努力を要することが容易に想像できます。
ここではPoCの最中にある「デジタル評価企業」の12.6%が、競争優位性を持ち始めていることも判明しました。もしかすると冒頭で説明したように、PoCで苦労しているものの、会社内でデジタル化に向けての風土ができているのかもしれません。しかも、デジタル評価企業の13.6%が、「財務的貢献をもうすぐ実現する」と答えていて、「デジタル導入企業」へのステップアップ予備軍がいることが分かりました。DXの夜明けに向けて確実にまい進している状況が見て取れます。
今回は調査結果から、デジタル化の進捗(しんちょく)に応じて財務的貢献と競争優位の両方の効果が出ており、現段階でDXの効果を実感できている企業がわずか13%であることが明らかになりました。ただし、悲観することはなく、PoCにとどまる企業の一部が間もなく「デジタル導入企業」へのステップに踏み込もうとしていることも明らかになりました。次回はこの30年のIT業界を振り返りながら「デジタル」や「トランスフォーメーション」の本質を探っていきます。
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