カゴメのDXチームはなぜ本気で「野菜あるある」発見に挑むのか IT人材不足組織の内製化の方法論(2/2 ページ)

» 2021年07月05日 15時30分 公開
[名須川竜太ITmedia]
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従業員の「どうすれば実現するかは分からない」の提案を受け入れる体制を作る

 カゴメのDX推進の体制作りについても見ていこう。

 カゴメでは以前から新規事業コンテストを毎年開催してきた。ただし、これは最長で半年間をかけて発案チームが全てを考え、実現していくものだ。新たなことに挑戦するチャンスはあるものの、応募には多くの労力と時間を要する。このハードルを下げるには別アプローチが必要だった。

 村田氏らは、このハードルを下げるために、出されたアイデアに対してIT化をサポートする体制を整え、数週間でプロトタイプを作るアジャイル開発の手法を取り入れた。この施策によって「具体的な実現方法までは分からないが、こんなアイデアはどうか」と気軽に応募できる環境が整い、300件ものアイデアが寄せられた。

 もちろん、中身は玉石混淆だったが、カゴメは既製の枠にとらわれない幾つかのアイデアをプロジェクト化した。その1つが、イノベーション本部の発案による「パーティー作成アプリ」だ。「仕事の内容は違っていても、性格が似通った人が一緒に仕事をすれば、これまでにないアイデアを創出できるのではないか」という仮説に基づくものだ。

村田氏の発表資料から抜粋

 AWSを基盤としたマイクロサービスで実装したことで、コア機能を先行して検証するなど、スピード感あるアジャイル開発を進められたと村田氏は振り返る。

 例えば、従業員が担当する仕事に類似性があるかどうかについては、従業員ごとの目標設定を記した「目標シート」を自然言語処理で解析して類似性を判定する。この処理に「Amazon Elasticsearch Service」を採用したことで1〜2週間で検証を済ませられたという。

 「最小のコストと期間で投資判断を下せました。全てのサービスが疎結合であり、拡張性に富んだシステムを簡単に構築できる点もメリットです」(村田氏)

 ただし、課題も見えた。相乗効果が出る可能性の高いマッチングを段階までは狙い通りに進んだが、マッチング判定後、それらのメンバーを各部署から現業以外の仕事に割り当てる必要があり、現業との調整に苦労したのだ。現業が優先されるケースが多く、アプリが使われる頻度は減ってしまったという。ここから、カゴメは次の学びを得る。

【カゴメのDXポイント2】DXには「Culture & People Transformation」も必要

── たとえDXのために魅力的なシステムを開発しても、企業文化と人が変わらなければ効力を発揮しない。自分自身も変わっていくという強い思いがなければ、DXは前に進まない。

壁に突き当たったら「とにかく動く」

 この取り組みではもう一つ得られたことがある。DX推進は、知らないことや新しいことといった「壁」の連続だということだ。カゴメのDXも、半歩、一歩と進んでは壁に当たることが多かった。そんな状況でも、壁を乗り越える方法を探るには「とにかく動くことが大切」と村田氏は語る。

【カゴメのDXポイント3】「知らない」に出会ったら、とにかく動く

──目前の高い壁を見上げると気持ちが弱くなり、ややもすると「方向転換して現業の延長線上にある別の課題に取り組もう」と業務効率化などに逃げてしまい、DXのスピードが一気に減速してしまう。ここで歯を食いしばり、分からないことをトコトン深掘りする燃えるような熱意が、壁を超える突破力になる。

 この「とにかく動く、手を動かす」際、カゴメはAWSの担当アカウントチームの支援を受けた「ITエンジニアの人数が少ないカゴメは内製化が難しく、動けないことがほとんどでした。AWSの技術的な支援やパートナー紹介などのおかげで最初の一歩を踏み出せました」(村田氏)

共創のパートナーを得てAIで独自の強みをさらに強化

 AWSを介して新たなパートナーも得た。きっかけとなった1つが「“野菜あるある”言いたいシステム」プロジェクトだ。

 カゴメの従業員は野菜のプロフェッショナルであり、特に営業現場の最前線で働く従業員の間には“野菜あるある”というカゴメ独自の常識が存在する。例えば、「野菜が高騰すると、野菜ジュースが売れるよね」「あるある!」といった具合だ。しかし、これらは営業担当者が経験で培ったものが多く、「なぜそうなるのか」を客観的に説明する手段はなかった。その根拠を機械学習によるデータ解析などを使って明確化し、カゴメの営業独自の武器にできないかと始まったのがこのプロジェクトだ。

 データ解析はカゴメにとって初めての試みだったことから、プロジェクト推進には「一緒に考え、ゴールを共有できるパートナーが必要」(村田氏)だった。カゴメが決めた要件通りに作るのでなく、時に議論を戦わせながら、新たなものを生み出す共創のパートナーが求められた。

【カゴメのDXポイント4】パートナーは共創者

 チャレンジングなプロジェクトの場合、パートナーは共につくる仲間が理想だ。もしパートナーが単なる御用聞きになってしまえば、共創によりアイデアが発展していく可能性が失われる。

営業の暗黙知に裏付け、SageMakerで複数ソースのデータ分析も実践

 検証と推論を重ねて機械学習のアルゴリズムを決定して、約2000万件のデータを解析した結果、営業の現場で受け継がれてきた「野菜あるある」の正しさがデータで証明されただけでなく、いままで知られていなかった新たな「野菜あるある」も発見できた。

 パブリックデータをAPIを介して取得し、カゴメが持つ大量データと掛け合わせ、「Amazon SageMaker」で学習と推論を実行する。短時間で学習を進め、日々更新されるデータもSageMakerに投入する。

 「今後はこれを発展させ営業担当者が自分でデータを分析できるシステムを作りたい」(村田氏)

村田氏の発表資料から抜粋

 フロント業務担当者それぞれが野菜に関する深い洞察を得ることで業務の効率化を図りつつ、カゴメの強みをさらに伸ばす狙いだ。

DX専門組織を立ち上げ、変革を加速

 このように、AWSやパートナーとのプロジェクトを通じて多くの学びを得たカゴメは、2020年10月に専門組織としてDXグループを立ち上げた。現在は「響灘菜園※2におけるサブスクリプション事業」や「ライフスタイル提案アプリ」「食生活のデジタル化」「野菜をとろうキャンペーン」などのDXプロジェクトを進める状況だ。

※2 カゴメが電源開発との共同出資で2005年に北九州市(福岡県)に開設した大型菜園。8.5ヘクタールの広大な温室で生鮮トマトを栽培している。


 最後に村田氏は、経営層としてDXを後押ししてきた渡辺氏の次の言葉を紹介し、講演を締めくくった。

 DXは、デジタルを使って私たち自身がトランスフォーメーションすることであり、自分たちがどう変われるかが最大の鍵です。大切なのはデジタルツールではありません。それを使いこなして社内のさまざまな壁も乗り越えながら自分たちの仕事や会社の文化を変革していこうという気持ちと、それを後押しする経営のコミットメント、そしてお金のことばかり気にせずに新しいことをやってみようという、「良い意味でのフットワークの軽さ」がトランスフォーメーションを起こすのです

(渡辺氏)

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