「ぼられている」と感じさせない値付けのロジックはどう組むか〜考え方と採算管理の実践方法データで導くプライシングの技術(3)(1/2 ページ)

愛用品の部品交換に来た顧客から「ぼられている」と疑いの目を向けられるのは値付けロジックが正しく機能していないからかもしれない。常時変化する市場の状況に対応しながら関係者との合意をうまく取り付けるための値付けと採算管理の関係を見ていく。

» 2022年05月27日 09時00分 公開
[PwCコンサルティング]

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

 本連載は「両利きの経営」の実現に向け、DX推進などの新しい取り組みと合わせて、いま「稼ぐ力」を高めるための施策の一つとして、データを駆使して合理的なプライシング(値付け)を実現する技術を紹介していきます。

 記事はプライシングの意思決定が難しい題材の一つとして長いサプライチェーンと長期間のアフターセールスでのサポート期間を持ちながら、周辺環境の変化や多用な競合製品の影響を受けやすい自動車OEMメーカーと自動車部品を例に考えていきます。第1回は現在の価格決定の課題を、第2回の今回はBtoB商品の価格決定ロジックの考え方を解説しました。

 今回は市場状況の変化が激しい現代において、周辺環境を加味した価格決定やモニタリングを継続する意義、立場別で見た価格決定交渉の要点とITソリューション活用に向けた環境整備の考え方を見ていきます。

筆者紹介

石井元毅 PwC シニアマネージャー Industrial Products & Auto

製造業界を中心に多岐にわたるプロジェクトに従事。プロジェクト企画構想から、日本・海外へのシステム導入支援、要件定義〜開発管理、システム稼働後のBPR・組織再編の支援など、大規模かつ長期にわたるプロジェクトを数多く経験している。大手製造業むけ基幹業務および価格管理・販売管理プロジェクトをリードする。PwC製造業部門の価格管理Solutionの主担当として活動中。


奥村健一 PwC シニアアドバイザー Industrial Products & Auto

36年余の日系自動車OEMに勤務。AS部門でのビジネスプラン、価格戦略、SCM関連業務の経験が比較的長く、加えて新システム企画・開発・導入及び物流改革プロジェクトマネジメントも複数回遂行。またグローバル経験も豊富で、欧州に10年、インドに2年駐在した。特にインドでは日系自動車OEMの新配給店のアフタセール総責任者(VP)としてオペレーション、システムの立ち上げ、及び事業管理を担った。PwCでは主にAS価格戦略Projectを担当。


山西知之 PwC シニアマネージャー Industrial Products & Auto

日系自動車メーカー、グローバルコンサルティングファーム、独系自動車メーカーを経て現職。約20年にわたるインダストリーとコンサルティング経験を通じて自動車業界に精通。アフターサービスパーツの戦略的価格改定、自動運転モビリティサービス事業立上げ支援、インド市場調査を含めた新規参入サポート、独系OEMでのDealer Management System(DMS)刷新/改修、Ideal Network Planning(INP)、販売店標準会計基準改定、ディーラースタンダート改定/監査など構想から実行まで多数のプロジェクトをリード。

将来に向けた課題のポイントと解決(方法と期待効果)

 前回までは価格管理における「現状」を述べてきましたが、今回からはより大きな課題を考え、課題解決に向けたアプローチの方法や検討すべき点を見ていきます。

 本稿で題材にする自動車OEMメーカーは販売後のサポート期間が長く、その間に供給が必要な部品類の数やバリエーションが多いのが特徴です。また純正品以外の選択肢も多岐にわたるため、価格決定のロジックが非常に複雑です。だからこそ、データを駆使した意思決定が有利に働く領域であると言えます。

 ただし、これらの業界も、動力系が内燃機関(ガソリンエンジンなど)からモーター(EV)に切り替えられつつあるように、商品を構成する要素そのものが変化しつつあります。この変化を前提とするならば、従来通りの価格決定のロジックだけでは対応できない問題が出てきます。例えば以下のような変化が考えられるでしょう。

製品構成要素の変化 EVが普及すれば内燃機関関連の部品(特にフィルターなどの定期交換部品)需要が激減すると予期される。相対的に利益率が低い部品が多いが、事業全体の利益に対しては大きなインパクトを与える。加えて定期点検の必要性も減少する。結果としてディーラーの顧客維持(カスタマーリテンション)にも影響がある。一方、新たに需要が生まれるEV特有部品は「故障系」が中心であり「純正部品」(Captive Parts)に該当するため高コストになる。車両販売への影響を考慮しながら収益重視のコストベースにとどまらない価格設定を考える必要がある

技術革新をきっかけとした新しい収益源の可能性 自動運転技術が普及すれば新たに関連装置のアフターセールス部品の販売機会が生まれる。これらは安全性や修理技術の観点から正規ディーラーによる純正部品を使った修理が一般的になると予想される。つまり純正部品としての価格施策次第では収益拡大の余地があると考えられる

部材共通化が進行した場合の価格改定 製造コスト削減などの目的から車種を超えて同じ部品を使う比率(共用部品比率)は増加傾向にあり、完成品のコスト圧縮は進む。一方で部品価格は当初の価格設定のまま使われ続ける。事後的に高価格帯の商品で利用されるようになっても、その価格が変化することは少ない。特に適用車種に対応するモデルウォーク(Model-Walk)を採用できる品目群では機会損失が発生する

地域別価格設定と収益分配ロジックの不整合 自動車業界に関しては、海外の小売価格設定「地域別価格設定」(Local-Pricing)は現地法人に任せて、OEM製品には国内価格ベースか「グローバル基本価格」などを設定して一定のロジックで移転価格を計算する場合が多い。特に「競合部品」(Competitive Parts)でディーラーの収益を保証し、かつ市場価格を実現するためにOEMメーカーと販社間で収益配分がひずみがちになる

 上記に挙げた個々の課題の具体的解決方法は詳述を割愛しますが、今回は、解決の方向性や特に検討すべき観点を簡単に解説します。

顧客はなぜ商品に詳しくないのに「ぼられている」を感じるか 顧客価値の反映

 一般的に、顧客(非事業者)は車の専門家ではなく、アフターセールスサービス価格の中でも部品代に関して、必ずしも敏感な感覚を持っているわけではありません。部品の価格設定に関わるコストや機能、素材の詳細をいくら説明しても、最悪の場合「何かだまされている」「ぼられている」という感覚を持たれてしまうこともあります。

ビジブルかインビジブルかで仕分ける

 それを防ぐ方法の一案が、「顧客価値を価格設定に取り入れるチャレンジ」をすることです。具体的にはまず価格に関する顧客の意識調査を実施して、どういう部品やスペック、機能などに価値があるか(ビジブルかインビジブルか)を仕分けします。

 これらを受けて、価格設定時は「ビジブル」な要素を中心に「価格ドライバー」と定義し、マニアックな要素はできるだけ排除します。これらの基準を見直すことで、顧客にとっての価格の透明性が増加するとともに、仕様情報の収集工数の低減という効率化にも寄与します。

 また、部品自体が「インビジブル」と判定されたものは、多少の価格改定(主に値上げ)では大きなリスクが発生しない可能性が高くなります。部品の適用モデル車両の価格と比例する部品価格で受け入れられると確認できれば、思い切ってモデルウォークによる追加利益の効果を拡大できます。

顧客価値の可視性(Visibility)と価格設定基準(スペックウォーク/モデルウォーク)への反映方法(出典:PwC Japan)

立場によって変わる価格決定要因〜メーカーとサプライヤーの価格決めの違いを体感する

 ここまでは自動車OEMメーカーを例にアフターセールス部品価格の戦略・施策と課題解決の方向性から価格決定のロジックを見てきました。一方で、自動車部品の価格を見る場合も、サプライヤー(いわゆる部品メーカーなど)は別の価格戦略ロジックを考える必要がります。ここからは、サプライヤーの視点で価格決定要因を見てみましょう。自動車部品サプライヤーのアフターセールス部品の販売ルートは主に以下の3種類があります。この関係性と価格決定の「力学」を見ていきます。

  1. 自動車OEMメーカーへのアフターセールス部品としての供給・販売
  2. 自動車部品サプライヤー自体のネットワークを活用した供給・販売
  3. 自動車部品商社・部品商への販売ルート

生産方式と価格交渉の力学バランス

 2つ目の「自社ネットワーク」を持つ自動車部品サプライヤーは少数でしょう。多くのサプライヤーにとっての主要な販売先は、OEMメーカーと自動車部品商社などが挙げられます。

 自動車部品サプライヤーのアフターセールス部品は、基本的には車両生産用部品と同じもので(構成単位、供給単位が異なるケースもある)、相違点は納品時の包装くらいです。

 そのため、OEMメーカーへの販売価格は、車両生産用部品に一定の係数を掛けて包装費用と車両のEOP(End of production:生産終了)後の供給コストを補うケースがほとんどです。よって、アフターセールス独自の価格ポリシーは存在せず、生産用部品とまとめて交渉をして決まる場合が多くなっています。

非価格戦略で収益拡大を狙う方法も視野に

 また、部品商社などへのルートは自動車部品サプライヤーが独自の価格戦略を取りにくいことから、中間業者のマージンを調整する程度で、非価格戦略にシフトする傾向があります。加えて、OEMメーカーとの関係上、拡販を狙うとコンフリクトが発生するリスクもがあり、大胆な価格政策をとりにくいのが実態です。

 従って、部品メーカーの視点から考えると、ここに挙げたようなアフターセールス独自の性質を考慮した上で、価格戦略の焦点を多少シフトさせることも検討する必要があります。例えばEOP以降の価格施策と高精度な生涯需要を算出できれば、OEMメーカーとWin-Winの関係の中で収益増を狙う価格戦略や施策を選択することも可能でしょう。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ