インタビュー、アンケート、文献調査――「ビジネスに生かせる市場調査」はどう選ぶ?アナリストの“眼”で世界をのぞく

現在のビジネスはデータなしには進まないが、そのデータを生むものの一つが「調査」だ。さまざまな調査があふれる中、企業はビジネスの決断を下すのに何を選ぶべきか。調査方法の違いから信頼性の問題まで、調査会社の研究員が解説する。

» 2022年09月30日 09時00分 公開
[小林明子矢野経済研究所]

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

この連載について

目まぐるしく動くIT業界。その中でどのテクノロジーが今後伸びるのか、同業他社はどのようなIT戦略を採っているのか。「実際のところ」にたどり着くのは容易ではありません。この連載はアナリストとしてIT業界と周辺の動向をフラットに見つめる矢野経済研究所 小林明子氏(主席研究員)が、調査結果を深堀りするとともに、一次情報からインサイト(洞察)を導き出す“道のり”を明らかにします。

筆者紹介:小林明子(矢野経済研究所 主席研究員)

2007年矢野経済研究所入社。IT専門のアナリストとして調査、コンサルテーション、マーケティング支援、情報発信を行う。担当領域はDXやエンタープライズアプリケーション、政府・公共系ソリューション、海外IT動向。第三次AIブームの初期にAI調査レポートを企画・発刊するなど、新テクノロジー分野の研究も得意とする。



 勤め先を聞かれて「調査会社です」と答えると、「探偵ですか」と勘違いされたことがある。

 ITmedia エンタープライズの読者の皆さんは、矢野経済研究所の調査データをご覧になったことがある方もいるだろうし、探偵だとは思わないだろうが、調査会社の研究員は実際にどんな仕事をしているのか、イメージしづらいかもしれない。今回は「調査とは何をするのか」をご紹介する。ビジネスの判断を下すときにどのように調査を利用するか、どの調査方法を誰が実施するか、検討する際の参考になれば幸いだ。

 筆者は産業調査や企業調査が専門で、企業向け(B2B)の製品やサービスについて、事業環境の把握や戦略立案を行うための調査に従事している。消費者向けの製品や、IT分野でもB2C向けアプリなどのマーケティングのためにビッグデータを解析するための調査とは異なることを最初に断っておく。世論調査や政府の統計調査などもまた少し違うだろう。

正しい情報に基づいてビジネスを判断するための市場調査

 なぜ調査を実施するのかと言うと、正しい情報に基づいてビジネスの判断を行うためだ。

 マスメディアの世論調査は世間の実態を知るために実施されるが、企業が行う調査は多くの場合、実態把握から一歩進んで、事業戦略やマーケティング戦略を立案する前段階として仮説を構築したり、その仮説を検証したりすることが目的となる。

 マーケティング施策の立案や新規事業の企画の際、市場調査の裏付けがあれば稟議(りんぎ)も通しやすくなるだろう。「自社の製品やサービスに市場性はあるか」「顧客のニーズは何か」などを考える際、客観的な情報を指標とすることは重要である。

 調査会社だけではなく、ビジネスパーソンが自社で調査を実施することも多いだろう。最近では市場のトレンドや競合企業、製品情報などを把握して社内に提言する役割を担うマーケテットインテリジェンス(MI)部門を置くなど、情報収集や分析を行う担当者や担当部門を設置する企業も増えているようだ。

「インタビュー調査」「アンケート調査」「文献調査」

 筆者が調査会社の研究員として実施している調査の手法はインタビュー調査、アンケート調査、文献調査の3つだ。目的や条件によって使い分けており、どの調査方法がより優れているといった優劣はない。

図 3つの調査方法の特徴(出典:筆者による提供資料) 図 3つの調査方法の特徴(出典:筆者による提供資料)

インタビュー調査のポイントは「誰が聞くか」

 インタビュー調査は個別インタビューとグループインタビューに大別できる。筆者の担当領域は産業調査や企業調査なのでメインは個別インタビューで、日常的に行っているインタビュー調査は特定の企業を対象とするものがほとんどだ。ヒアリングする内容は、定性情報(事業概況や課題など数値化できない情報)だけではなく、金額や比率、導入数などの定量情報(数値データ)も含む。

 筆者は、インタビューは相手に気持ちよく話してもらうことが重要だと思っている。そのために事前の情報収集を怠らず、聞きたいことを引き出せるように質問をするなどの工夫をしている。

 コロナ禍以降、ほとんどのインタビューがオンラインになった。インタビュイーのカメラがオフである場合も多く、相手の表情を見て聞き方を変えるといったコントロールができにくいのは難点だ。一方で、場合によっては海外にいる人とでも簡単に話ができるようになった。録音、録画するハードルが大きく下がり、音声認識ソフトを使う機会も増えた。

 読者の皆さんが競合他社にインタビューを申し込むのは難しいだろうが、顧客企業に話を聞くことはできるだろう。「日常的に接している担当の営業やSEが顧客のニーズや要望を吸い上げているから大丈夫だ」と思うかもしれないが、営業担当と窓口担当という関係性の中では引き出せない意見もある。

 「誰が聞くか」が実は大事なポイントで、それによって聞ける内容は変わってくる。第三者的な立場の人をインタビュアーに据えるなど、ふだんの業務とは別の観点で調査を行うことも有効だ。「誰に聞くか」という点では顧客の意思決定者、事業領域に知見を持つ社外の有識者など直接話す機会が少ない人から有用な情報が得られることもあるだろう。

一長一短のアンケート調査

 アンケート調査にはWebアンケート調査や電話アンケート調査、郵送アンケート調査がある。価格や手軽さの面で利用しやすいのはWebアンケート調査だ。マクロミルやクロス・マーケティング、楽天インサイト、GMOリサーチなど多数の企業がサービスを提供している。

 これら企業はアンケート調査に協力するモニターの“プール”を抱えており、その中から調査の実施条件に合致する人を選び出して電子メールなどでアンケートを配信する。企業によってモニターの数や属性、提供しているサービスが異なるため、利用に当たっては複数の企業に問い合わせるとよい。

 調査の条件にもよるが、Webアンケート調査に適した内容であれば回答を回収しやすく短期間で結果が得られる。注意点は、モニターに登録している人以外からは回答が得られないことだ。仮にあなたがある分野におけるキーパーソンだったとしても、あなたが自らリサーチパネルに登録していなければ、あなたの元にアンケートは届かない。

 モニターがポイント獲得をモチベーションに回答しているという前提を理解しておく必要もある。企業向けの製品やサービスについての調査では、Webアンケートの特性をふまえて適材適所で利用したい。

 精度としては郵送アンケート調査がもっとも高い。政府が実施する調査にも郵送調査が多く利用されている。矢野経済研究所は国内IT投資額の現状と推移に関する調査レポートなど、信頼性の高いデータが必要となる調査は長年郵送アンケート調査を実施している。しかし、コロナ禍以降、テレワーク利用率が高まったために、オフィスにアンケート用紙を送っても受け取ってもらえないケースが増えており、回答率は下がる傾向にある。

 電話調査は矢野経済研究所でも実施しているが、数百件、場合によってはそれ以上の企業に架電するため専門性が高く、調査会社やテレマ会社などへの外部委託が主体となるだろう。

「ググるだけなら誰でもできる」わけではない文献調査

 文献調査とはWebを中心に情報を検索する調査だ。「ググるだけなら誰でもできる」わけではない。これも立派な調査手法で、情報獲得の有効手段となる。「Webから有益な情報を探し出すこと」「有象無象の情報に惑わされないこと」「利用できるように情報を整理すること」は調査のノウハウといえる。

 中でも「信頼のおけるソースから情報を得ること」が重要なポイントだ。Webには根拠不明のデータや信用できない情報があふれている。

 矢野経済研究所が所属する調査会社の業界団体「日本マーケティング・リサーチ協会」(JMRA)は2022年1月に「非公正な『No.1 調査』への抗議状」と題した声明を公開した。自社サービスや自社製品が「No.1を取る」ために作為的な調査を実施する事業者や、手法に問題のある調査が増えていることに警告を鳴らしている。No.1調査に限らず利用率や認知度などの調査データも同様の問題を抱えていることが多い。主体や調査方法、調査時期、調査対象などが明確で、妥当だと判断できるものを選びたい。

 信頼性が高く、公開情報として誰でも利用できるデータの筆頭として挙げられるのは政府の公開データだ。政府は数多くの統計データや調査データを公開しており、自由に利用、引用できる。業界団体や研究機関などの調査結果も安心して使えるだろう。

 調査会社のデータも、信頼性や実績を確認した上で積極的に活用していただきたい。矢野経済研究所は、市場規模や市場予測などをプレスリリースとして一般に公開している。調査レポートは有料提供が主体だが、矢野経済研究所は1000円程度の安価なものも含めて提供している。

 企業が実施している調査も多種多様な情報が公開されており、有用なデータが豊富にあるが、我田引水の恣意(しい)的な調査になっていないかどうかに注意が必要だ。

 なお、政府機関以外が手掛けた調査のデータの利用許諾や引用については各組織や企業の条件などを確認したい。

 調査をうまく活用し、有用な情報を得てビジネスの意思決定に生かしていただきたい。調査会社の研究員としては「もし専門家に相談したければ、調査会社にご相談ください」と申し添えて本稿を締めくくる。

※「アナリストの“眼”で世界をのぞく」バックナンバーはこちら

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ