デジタル産業が急成長を遂げる中国で、民間企業のDXはどのように進んでいるのか。筆者が「DX実装」の大きな原動力と見ている、企業の組織力を支える“奥義”とともに、それを裏付けるアンケート調査の結果を紹介する。
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この連載では、「組織構造」「企業文化」「DX実践」という3つの視点から、DX実装における中国企業の特徴を考察する。
第1回となる本稿では「組織構造」を取り上げる。
中国では国家主導で急速なデジタル化が進展しているが、企業のDXはどのように進展しているのだろうか。また、中国企業のDXを後押しする政策以外の要因は何だろうか。筆者は中国企業の「組織力」だと考えている。
中国政府は2015年頃から「インターネットプラス」という概念を打ち出して、デジタル化を提唱し始めた。
実は、国策としてDX(デジタルトランスフォーメーション、中国語では「数字化転型」)が正式に打ち出されたのは、2021年3月12日に発表された「中華人民共和国の国民経済および社会発展に関する十四次五カ年計画と2035ビジョン目標綱要」(第14次5カ年計画)が初めてだ。言い換えれば、中国の一般企業(民間企業)における本格的なDX実装が国を挙げて推奨されるようになってからまだ約1年8カ月しかたっていない。
コロナ禍による経済低迷からいち早く脱出すべく、中国政府はDX実装に向けて一連の促進政策を打ち出した。それらを受けて、中国企業におけるDX実装は想定よりも早く浸透して、既に多くの企業が一定の成果を上げている。
ここからは、中国企業のDX実装を推し進める「組織力」を表現するのにふさわしい3つの言葉を紹介する。いずれも中国の企業経営者がよく口にする言葉の中から、筆者が選んだものだ。
「不破不立」:本来の意味は、古いものを打ち破らなければ、新しいものは打ち立てられないということ。
ここでは転じて、既存の規則にとらわれないように、DX実装を妨害する組織構造をちゅうちょなく破壊して部門を再編すること。
「身先士卒」:本来の意味は、指導者が大衆の先頭に立ってリードすること。
ここでは転じて、専門知識を持つ人材を責任者として起用し、DX実装の最前線へ立たせること。
「単刀直入」:本来の意味は、遠回しせずに、いきなり要点を突くこと。
ここでは転じて、困難を回避せず、最も根本的な側面からDX実装を推進すること。
「中国企業のDX実装を推し進めるのは組織力だ」という上記の見立てを裏付けるのが、清華大学グローバル産業研究院(Institute for Global Industry,Tsinghua University)が2021年11月に発表したアンケート調査「中国企業におけるデジタルトランスフォーメーション研究報告書(2021年)」だ。
清華大学グローバル産業研究院は2018年から「中国DXパイオニア企業ランキング」と「中国企業におけるDX研究レポート」を年1回発表している。これらの活動はDXを通して価値を生み出して、産業界の成長に好影響をもたらすパイオニア企業を発見することを目標としている。多くの企業のベンチマークとなる成功事例を見いだすことで、中国企業のDXの将来像を描くことを目指している。
3回目の発表となる2021年版は、123社を対象として2021年9〜11月の間に実施されたアンケート調査および個別ヒアリングの結果をまとめたものだ。
同調査から中国企業の組織の構造に関連する内容を8つ抜粋して、中国企業のDX実装を支える組織構造について説明しよう。
図1はDX実装による組織構造の変化を示している。調査対象の123社のうち、「複数部門の組織構造を再編した」企業の割合は約63%、「全部門の組織構造を再編した」企業の割合も約6.5%に上った。つまり、2つ以上の部門の組織構造を再編した企業の合計は全体の7割弱(69.1%)を占めた。
同レポートでは、一部の調査対象企業がDX実装に当たって使った次の5つの手法を紹介している。
図2は、DXを実装する際の「突破口」をどの部門としたかをまとめたものだ。
「部門を問わず全面的に推進する」との回答が半数近くに上っているのが、筆者にとって意外だった。業種によってバランスを取るポイントは多少異なるだろうが、「DX実装をどのように進めるか」を判断するに当たって、企業は以下のような基準で検討しているのではないかと思う。
図3はDXを主導する部門を示している。DXを推進する専属の部門である「デジタル化管理部門」を新設した割合は3割弱で過去より多い。
デジタル化管理部門は、次の4つをミッションとしている。
既存のIT部門の枠を超えて、新たなモチベーションを喚起することを目指している。
図4は、DX実装部門の人員規模をまとめたものだ。DX推進部門に50人以上の人員を配置する企業は6割弱(56.1%)だった。12.2%の企業では、500人以上をDX推進部門に設置している。
図5は、2021年におけるDX推進部門の人員の規模を2020年と比較したものだ。DX実装部門の人員規模が「増加した」と回答した企業は合わせて7割弱(68.3%)、「50%以上増加した」と回答した企業も17.1%あった。図4と比較すると、中国企業がDXを重視する姿勢とそのスピード感がより分かるだろう。
図6は、DX実装を担当する責任者の役職をまとめたものだ。高度な専門知識を要するCIO(最高情報責任者、中国語では「主席情報官」)をDXの責任者として置く企業が5割強(53%)ある。専門性の高いスキルを持つ人材を専門職に登用する「専職専任」を徹底している。
図7は、企業の最高責任者がDX実装においてどのような役割を果たしているかを示している。一番多いのが「決定的な役割を果たす」で、約4分の3(75.6%)を占めている。これらの企業の最高責任者は、DX実装の大切さを十分に認識して、DX実装に必要な人やモノ、コネ、コストなどのリソースを裁断する決定権を持っている。
図8はDX実装による業務効率化の結果、人員削減の対象となった部門をまとめたものだ。中国企業では、DX実装の結果、リストラが避けられない状況が生まれている。この点は米国に似ており、中国では法律に基づいて既定の賠償金(勤続年数×月給×2倍が一般的)(注2)を支給すれば、従業員を解雇できる。
上記の理由から、最も人員削減の対象とされやすいのは生産部門(26.8%)で財務部門(17.1%)が続いた。
企業の経営者層には、これらの人員再編の課題に対して、短期間で裁断から実行へ移す能力が問われている。
このように、中国企業はDX実装が求められている状況に対応するために、組織構造を短期間で果敢に、複雑に再編する力を付けるよう努力している。また、中国国内だけではなく、グローバル市場においても競争力アップを図ろうとしている。
こうした中国企業の実情が、日本企業の読者の参考になれば幸いだ。
次回は、「中国企業におけるDX研究レポート」を基に、中国企業の特徴について、DXの認識に関する企業文化を日本と比較しつつ考察、分析する。
(注1)「管理体制」は「管理システムのメカニズム」を指す。
(注2)大手IT企業の場合は、さらに高額を支給するケースもある。
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