「オムニチャネル化したくてもできない」 かつての“選択”が災いに転じた老舗企業Retail Dive

コロナ禍の影響が落ち着き、実店舗での買い物を楽しむ消費者が増える中、eコマース事業者は軒並み苦戦している。あのAmazonでさえレイオフを実施する時代を生きのびるための施策を邪魔するのは、かつて良かれと思って選択した“あの戦略”だった。

» 2023年02月16日 09時00分 公開
[Daphne HowlandRetail Dive]

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 コロナ禍でeコマース(電子商取引)事業は急成長を遂げた。Amazonやアリババグループ(阿里巴巴集团)のようなテック企業だけでなく、Walmartのような大手小売店や、高級百貨店もeコマース事業のさらなる成長のためにさまざまな選択をした。

 しかし、コロナ禍の影響が落ち着いた後、消費者は実店舗に回帰する傾向にある。かつてのような成長が見込めなくなった今、eコマースに重心を置いていた企業は戦略の転換を迫られている。中にはかつての選択によって身動きを取りづらくなった企業もある。カナダの高級百貨店Hudson’s Bayなどを展開する1670年創業のHudson's Bay Company(以下、HBC)もその一つだ。

投資家は賛同していたのに……裏目に出た“あの戦略”

 Hudson’s Bayと提携するeコマースのThe Bay(HBCが株の過半数を所有)の広報担当者は2023年1月24日、「一部の管理職には影響がある。ただ、(レイオフの)対象となる従業員は2%未満にとどまる」と電子メールで述べた。

 HBCはeコマースと実店舗の事業を分割してから2年足らずの間に、同社が抱える3つの事業全てでレイオフ(一時解雇)を実施することとなった(注1)。

 上記の電子メールの送信日と同じ日に、高級品を扱うオフプライスeコマースSaks Off 5th(The Bayと同じくHBCが株の過半数を所有)の広報担当者は「組織構造を合理化するために改善した」として事業のさまざまな分野にわたる従業員を解雇することを発表した。

 これに影響を受ける人数について詳細な情報を求めたところ、広報担当者からの返答はすぐには得られなかった。

 上述のニュースに先立って、HBCが2013年に買収した米国の高級百貨店Saks Fifth Avenueと提携するeコマース会社Saksが約100人の雇用を削減すると報じられた。その半数は技術職で、全従業員の約3.5%に相当することを広報担当者が明らかにした(注2)。

 「ラグジュアリーブランドを扱う高級オンラインショップとしての道を歩む中で、当社が将来、業界で最高の立ち位置を確保するために事業を最適化する時期に差し掛かっている」(Saks.comの広報担当者)

 2021年、HBCは小売り3社のオンライン事業とオフライン(実店舗)事業を分離し、eコマースサイトを独立事業として分社化した。「デジタル技術に注力したオンライン事業の方が投資と人材を集めやすいことが理由だ」と、アナリストと事業関係者は指摘する。

 事実、ベンチャーキャピタルのInsight Partnersは、HBCが設立したeコマース会社Saksに5億ドルを出資した後、やはりHBCが運営する高級ブランドのオフプライスショップSaks Off 5th(O5)のeコマース会社Saks OFF 5THにも2億ドルを出資した(注3)(注4)。この2社の最近の人員削減や合理化に向けた企業努力についてInsight Partnersにコメントを求めたが、返答はなかった。

 (オンライン事業とオフライン事業を分離させるという)HBCのアイデアに同調したアクティビストは、米国の老舗百貨店Macy'sとKohl'sにも同様の分離を検討するよう迫ったが、最終的に両社は実行しなかった。2021年11月にMacy'sはeコマース事業の可能性を探るために、Saksの事業分割を担当したAlixPartnersを経営コンサルタントとして迎えた。しかし、同社はこの話題に関するコメントの要請にすぐには応じなかった(注5)。

「経験豊富な小売業者はオムニチャネル化している」

 複数のテック企業がコスト削減や数千人規模のレイオフなどに奔走する中、HBCのレイオフの理由は前向きに受け入れられていないようだ。コロナ禍真っ只中に見られたeコマース急成長の勢いは衰え、配送料やその他の関連コストは上昇している。

 コロナ禍が落ち着いた今、多くの消費者は実店舗での買い物に回帰している(注6)。その結果、「複数のオンライン小売業者は収益性を追求するため、従業員数の削減を含む経費削減を進めている」と、データ分析とコンサルティングを手掛けるGlobalDataのニール・サンダース氏(専務取締役)は指摘する。

 eコマース事業の分割に懐疑的だったアナリストの1人であるサンダース氏は、「消費者が実際に何を望んでいるのか、またパンデミックによって消費者の好みがどのように変化するのかを企業は十分考慮しないままこうした事業分割を実行してきた」と指摘する(注7)。

 実際にここ数カ月、eコマース事業者やeコマースに依存するテック企業の多くが解雇を発表した。大手のAmazonでさえ大規模な人員削減を発表しており、その多くは小売り事業におけるものだ(注8)。

 「現在のこうした動きは、以前eコマース事業の分割(スピンオフ)が流行した時期の社会情勢とは大きく懸け離れている」とサンダース氏は指摘する。

 「業界の現状を考えると、eコマースを別事業に切り離すという決断は、当時よりもさらに疑問視されている。オンライン事業はますます厳しくなっている。経験豊富な小売業者の多くは収益性と効率性を高めるために、実店舗やeコマースだけでなくSNSなどさまざまな手段を駆使して顧客との接点を作るオムニチャネルでアプローチしている。HBCはすでに事業を分社化してしまったため、オンラインとオフライン両輪での柔軟な対応は難しいだろう」(サンダース氏)

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