アジャイルサプライチェーン、産業用メタバースとAIは製造業の働き方を変えられるか編集部コラム

ITを駆使したアジャイルサプライチェーンや産業用メタバース、画像認識を超えた生成AIの力で製造業の働き方は変わるのでしょうか。Microsoftが提示した製造業の新しい姿のコンセプトを見てみましょう。

» 2023年05月12日 08時00分 公開
[荒 民雄ITmedia]

 2023年4月中旬、世界最大級の製造業のための国際展示会であるハノーバメッセが開催されました。毎年このタイミングでさまざまな企業が製造業向けのソリューションを発表しています。2023年は、Microsoftが自社製品群とエコシステムの中で生成AI(人工知能)などの機能も最大限活用しながら着実に業界特化型のソリューションを強化しているようです。同社公式ブログでドミニク・ウィー氏(Manufacturing and Mobility Industry担当コーポレートバイスプレジデント)は「製造業の未来が今ここに:重要な4つの業界トレンド」と題した記事を投稿しています。

 この記事でウィー氏は未来の製造業の姿を検討するにあたって抑えておくべきトレンドを4つ挙げ、それぞれに対するMicrosoftの取り組みをと実践例を紹介しています。本稿はこの記事を基にMicrosoftが考える製造業の新しい働き方像を見ていきます。

ウィー氏のブログ投稿「The future of manufacturing is now: Four trends shaping the industry」(出典:Microsoft公式ブログ)

※本稿は2023年4月18日配信のメールマガジンに掲載したコラムの転載です。登録はこちら


産業用メタバースによる次世代インテリジェントエンジニアリングとインテリジェントファクトリー

 「HoloLens」はエンターテインメント領域での利用が先行するイメージがありますが、製造や建築の領域では機械や構造物の3次元設計図から起こされたモデルを使った製造工程や建築工程のシミュレーションや遠隔操作での利用も検討されており、一部では既に利用されつつあります。

 仮想空間でのシミュレーションはモノを必要としないため、素早く検証できますし、実空間のモノとつないで操作すれば、従来はオンサイトで作業しなければいけなかった作業に携わる従業員もテレワークで就業可能になることでしょう。

 生産技術の移転のように、現地で指導することが前提の工程を遠隔で実施する取り組み例も既に出ています。技術者の出張や拠点ごとの指導にかかる時間を短縮して生産までのリードタイムを短縮することも可能になると考えられます。

 こうした複合現実(MR)の利用は、パンデミック対策として有効なだけでなく、「現場」に移動することが困難な方々の就労支援にも繋がります。仮想空間に現実空間を転写し、それぞれの対応をブロックチェーンなどを使って一意のものとしてつなげば、セキュリティやシステム実装上の欠陥などのリスクはさておき、モノの所有や交換といった概念を仮想空間に持ち込むことも可能になるでしょう。今後、低遅延通信が実現すれば、医療行為のようなシビアな作業も遠隔で操作が可能になると目されています。

 今回、ハノーバメッセでMicrosoftはそのHoloLensの最新版「HoloLens 2」が「Windows 11」に対応したことを発表しました。Windows 11のハードウェアレベルのセキュリティ機能を利用できることから、セキュリティ機能強化が見込まれます。開発者向けのツールもWindows 11に対応しています。同時にDynamics 365 Guidesのアップデートとして、手の届く範囲にあるあらゆるものに注釈を付ける機能、組織がMRアプリをより適切にコントロールできるカスタムセキュリティ機能である「Restricted Mode」や「Dynamics 365Guides」内でのTeams通話も実現しました。

 ドイツの製造大手シーメンスは生成AIを、製品設計、エンジニアリング、製造、運用の各ライフサイクルで活用しており、「Azure OpenAI Service」の言語モデルを利用して部門横断的なコラボレーションを強化する「Teamcenter」アプリを「Microsoft Teams」を介して提供する予定だとしています。この他、生成AIを使ったFA向けのソフトウェア開発効率化のデモ展示もしていた模様です。ロボティクスとAIを統合して、フィールドサービスワーカーと工場の資産管理を最適化するロックウェルの事例も紹介されています。

 この他、NVIDIAの「Omniverse Cloud」を活用して、工場のデジタルツインの構築やクローズドループシミュレーションを実行し、設計エンジニアリング部門や現場の作業員が、チームのワークフローを簡単にデジタル化できるようにします。

サプライチェーン可視化と予測はCopilotがリスクと対処を示唆

 レジリエントでアジャイルなサプライチェーンの構築においては、「Supply Chain Platform」や「Supply Chain Center」による情報の一元的な可視化に加え、AIによる業務サポート機能を持つ「Microsoft Dynamics 365 Copilot」が、材料や在庫、流通ネットワークなどを横断して情報を分析し、生成AIを使ったリアルタイムの予測的洞察を提示します。需給の急激な変動や気象災害など、サプライチェーン計画に影響を与えるリスクの情報を通知し、代替案や関係者との情報連携についても示唆するものになるようです。

 ブログ記事では「Microsoft Azure HPC」を活用してR&Dを高度化した半導体メーカーのSTマイクロの事例や、「Dynamics 365 Supply Chain Management」とロボットを使った倉庫管理業務の効率化を進めるToyota Material Handling Europeの事例も紹介されています。

生産現場の働き方改革を強化、Teamsの利用デバイスも拡大

 コネクテッドワークフォースの支援では、「Power Apps」に「Power Virtual Agents」がネイティブ統合される他、「今年後半には工場で働く従業員も共有のAndroidスマートフォンを使って、どこで仕事をしていても通話できるようになる予定」とされています。もともとMicrosoft 365のファーストラインワーカー向けライセンスがTeamsを使った従業員や関係会社の人員を交えたコミュニケーションを想定していましたが、より選択肢が柔軟になるようです。

カーボンニュートラル、持続可能性はエコシステムを拡大

 昨今関心が高まりつつあるカーボンニュートラルや温室効果ガス削減に対しては「Microsoft Cloud for Sustainability」などのソリューション群とパートナーエコシステムを使って対応するとしています。その例として、ブログ記事ではSeeq Corporationが発表した「Seeq Solution for Microsoft Sustainability Manager」を紹介しています。同ソリューションは、時系列プロセスデータの準備や分析、継続的改善といった工程を統合し、プロセス製造業のオペレーションに起因する環境負荷を低減するものです。こうしたエコシステムを使ったソリューションは今後国内でも増えるのでしょうか。

 Microsoftはソリューション提供だけでなく、自社が持つR&Dチームとエンドユーザーの共創にも取り組んでいるようです。Johnson MattheyがMicrosoftのAzure Quantumチームと協力してAzure HPCを使った予測モデリングツールを開発し、化学シミュレーション高度化や、AI研究、量子コンピューティングへの対応に取り組んでいることも紹介されています。

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