ブッキング・ドットコムも実践した生き残り戦略、DX人材に求められる7つのリテラシーとは?デジタル変革のメソッド どこから挑む? どこから変える?

「DXを成功させるために何から着手すべきか?」――という悩みに目的の設定や人材育成、データ活用などのさまざまな観点から答える本連載。第3回となる本稿は、ブッキング・ドットコムも実践したビジネスを高速に成長させる方法と、DX人材に求められる7つのリテラシーについて解説する。

» 2023年05月19日 08時00分 公開
[村上和彰豆蔵]

この連載について

 現代の全てのITリーダーや経営者の悩みは、おそらく「デジタル時代にビジネスを成功、成長させるためにいま我が社が挑戦すべきことは?」ということだろう。言葉を変えると、「デジタル変革(DX)を成功させるために何から着手すべきか?」ということになる。

 本連載では上記の悩みに答えることを目的に、DXのコンサルタントを務める筆者陣がDXの目的と戦略の策定から、人材育成、システム構築と運用まで、DX成功の下地となる知識を体系的に解説する。「ITツールを入れてみたけれど、なぜか使われない」「そもそもDXの定義がよく分からない」「従業員にどのようなスキルを身に付けさせるべきか」など、ITリーダーや経営者が変革の現場でよく抱く疑問にも事例を交えながら答える予定だ。なお、ここではDX を「デジタル時代に有効な事業経営、企業経営へ変革して、かつ変革し続けること」と定義する。

筆者紹介:村上和彰 豆蔵デジタルホールディングス 社外取締役 DXパートナーズ シニアパートナー & 代表取締役 国立大学法人九州大学 名誉教授 事業構想大学院大学 客員教授 長崎県デジタル戦略補佐監 京都大学博士(工学)

1987年より九州大学にてコンピュータシステムアーキテクチャの教育研究に従事、2015年末に早期退職。その間、情報基盤研究開発センター長、情報統括本部長、公益財団法人九州先端科学技術研究所副所長を歴任。2016年2月に株式会社チームAIBODを創業、多くの企業のAI導入、データ利活用、DXを支援。2020年4月に株式会社DXパートナーズを創業。2022年6月に豆蔵デジタルホールディングス社外取締役、2022年11月に長崎県デジタル戦略補佐監に就任。

ブッキング・ドットコム、Zaraの生き残り戦略とは

 毎週数百件、年間1万件!

 この数字は、「デジタル時代に成功し成長している企業」が平均的にしている顧客価値仮説検証の回数だ。顧客価値仮説検証とは、顧客への提供価値について仮説を作り、検証をして仮説を再構築することだ。

 世界有数のオンライン旅行代理店 (OTA)のBooking.com(以下、ブッキング・ドットコム)は、2017年時点で日々1000件以上、年間2万5000件以上の顧客価値仮説検証をしている(注1)。よく知られたオンラインでのA/Bテストだ。

 これはブッキング・ドットコムのようなデジタルネイティブな企業に限った話ではない。第2回で取り上げたZaraはデジタルネイティブな企業とは異なるものの、1アイテムにつき週に2回、年間100回以上の顧客価値創造プロセスを繰り返している。これにアイテム数を乗じたら上記の数字を優に超えるだろう。

 シリーズ第3回となる本稿では、まずこれら「デジタル時代に成功し成長している企業」、言い換えると「仮説検証指向企業」「実験指向企業」がどのように「ビジネスを回しているか」を見ていこう。

 なお、この連載を通して筆者はデジタル変革者になるために以下に挙げる「5つの変革」を行うべきだと主張してきた(図1)。そのうち、デジタル時代に適した「ビジネスの回し方への変革」が今回のテーマになる。

図1 デジタル変革者になるための5つの変革(提供:豆蔵)

デジタル時代に適した “ビジネスの回し方” への変革

 ビジネスは24時間365日休まず回すことが求められる。デジタル時代に入って、この “ビジネスの回し方”、すなわち、ビジネスケイパビリティ(ビジネスを遂行する能力や仕組み、仕掛け)も、アナログ時代とは異なるものが求められている(図2)。

図2 デジタル時代に適した“ビジネスの回し方”への変革(提供:豆蔵)

 ビジネスケイパビリティは一般に、(1)ビジネスプロセス、(2)ヒト、(3)組織、(4)(ヒト以外の) 経営資源の4つから構成される。以下、(1)ビジネスプロセスおよび(2)ヒトについて、アナログ時代とデジタル時代とを対比しながら、どのような変革が必要なのかを述べる。ちなみに、(4)経営資源については、アナログリソースに代えて、あるいは、加えてデジタルリソースを導入することになるが、それについては本連載の後半にて述べる予定である。また、(3)組織については、ここでは詳述を控えるがアナログ時代の「失敗を許さない組織」から、デジタル時代は「失敗を許容し、そこから学び、そしてさらなる挑戦を促す『進化する組織』」への変革となる。

(1)ビジネスプロセス

 アナログ時代において、標準的な企業のビジネスプロセスは「コマーシャルプロセス」「オペレーショナルプロセス」「バックオフィスプロセス」の3つから成っていた。それぞれ次のような機能を果たしている。

 コマーシャルプロセスとは、顧客に関わるプロセスのことだ。顧客戦略、顧客インサイト、マーケティング、営業、販売、アフターサービスなどの機能を持つ。オペレーショナルプロセスとは、製品やサービスに関わるプロセスのこと。研究開発、調達、生産、物流などの機能をつかさどる。さらに、バックオフィスプロセスとは上記以外のプロセスを指す。事業管理、人事・労務、会計・財務、知財・法務などの機能を果たしている。

 これに対してデジタル時代のビジネスプロセスは、上記の3つのプロセスに加えて、デジタル技術とデータを前提にした高速、高頻度、高成功率な「顧客価値創造プロセス」やデジタル時代に適した「アジャイル問題解決プロセス」「アジャイル仮説構築、検証プロセス」「データ駆動型意思決定プロセス」という4つのプロセスを標準化して装備する必要がある(図3)。

図3 デジタル時代に必須の4つのビジネスプロセス(提供:豆蔵)

 デジタル技術とデータを前提にした高速、高頻度、高成功率な「顧客価値創造プロセス」は前回紹介した「デジタル時代に適した “ビジネスの創り方” への変革」の中核になる「デジタル技術とデータを前提に高速、高頻度、高成功率で顧客価値創造」するプロセスに相当する。アナログ時代において顧客価値創造は、専任チームが新規事業創出時や新製品、新サービスの開発時などに「まれに」行うものだった。

 しかし第2回で紹介したように、Zaraではこの顧客価値創造を高速、高頻度、高成功率に実行している。すなわち、「いま確実に売れる服」を作るために、現在の流行と顧客の好みを的確に捕捉して、2週間という短期間でデザインから生産、配送までを実施する。これを1シーズン中に1週間に2回のペースで繰り返して売り上げを増やす。その結果、返品率は10%未満に抑えられているという。

 つまり、デジタル時代の顧客価値創造は、日常的に実施するビジネスプロセスの一つとして標準装備する必要がある。さらに、「ソフトウェアファースト」なデジタル時代においては、ソフトウェアをアップデートする度に顧客価値もアップデートすることになる。つまり、ソフトウェア開発がアジャイルやDevOps、CI/CD(アプリケーション開発の各ステージに自動化を導入し、顧客にアプリケーションを頻繁に提供できるようにする手法)にシフトしたのに合わせて、顧客価値創造もアジャイルやDevOps、CI/CDにシフトさせることになる。

 2つ目のデジタル時代に適した「アジャイル問題解決プロセス」とは何か。上記の顧客価値創造プロセスが対象を顧客起点にした「顧客問題解決プロセス」だとすれば、それを一般化したのが「問題解決プロセス」となる。アナログ時代から問題解決はビジネス遂行につきものだったが、デジタル時代の現在、やはり非属人的かつアジャイルな「高速、高頻度、かつ、高成功率」の問題解決プロセスの標準装備が求められている。

 加えて、従来の「勘と経験と度胸」 (KKD)による問題解決に代えて、「勘と経験に加えてデータ」(もう1つのKKD)による問題解決に脱皮する必要がある。いったん、この汎用(はんよう)性の高い問題解決プロセスを標準装備すれば、それは上記の顧客価値創造だけではなく、社内の諸問題、経営上の問題、地域ないし社会の問題の解決などさまざまな場面への適用が可能となる。その特性であるアジリティ「高速、高頻度、かつ、高成功率」を支えるのが、以下に述べるアジャイル仮説構築と検証プロセス、データ駆動型意思決定プロセスとなる。

 3つ目は、「アジャイル仮説構築、検証プロセス」だ。上記の顧客価値創造プロセスにしろ問題解決プロセスにしろ、共通して実行すべきなのは一連の複数の仮説(図2では前提、対象、問題、課題、解決法、価値の6種類の仮説)を左から右へ、時には右から左へ逆戻りしながら反復的に構築、検証することだ。

 この仮説構築、検証プロセスをやはり非属人的かつアジャイルなものとして標準装備することが必要不可欠だ。一般的に本プロセスは図4に示すように、分析、仮説構築、仮説検証の3ステップから成るループの形をとる。仮説検証の結果「不合格」となれば再び仮説構築に戻るためループ状となっているが、このループをいかに速く、その後の成功率を高める仮説を持って抜け出るかが重要である。そのためには、本プロセスの構築には図43に示した5つのポイントを考慮する必要がある。

図4 デジタル時代に必須のアジャイル仮説構築・検証プロセス(提供:豆蔵)

 最後はデータ駆動型意思決定プロセスだ。意思決定は、大は経営判断の場面から、小は上記の仮説検証の場面まで、ビジネスプロセスの至る所に登場する行為である。この意思決定も、従来の属人的な「勘と経験と度胸」(KKD)に基づくものではなく、やはり「勘と経験に加えてデータ」(もう1つのKKD)に基づく標準的なプロセスへと変革する必要がある。

 以上の4つのビジネスプロセスを標準装備する上で勘所がある。それは、アジリティを重視するために「予測」重視ではなく「変化への対応」重視とすることである。昨今の人工知能(AI)技術の進化、普及を受けて「◯◯予測」をうたったさまざまなビジネスツールが登場しているが、これらはあくまでも過去の延長線上での予測ができるに過ぎない。重要なのは変化の兆しを読み取り、その変化に対応して迅速に、最上と判断した対応がとれるようになることである。この観点で「デジタル時代に適したビジネスプロセス」を構築すべきである。

(2)ヒト

 デジタル時代に求められる人材像はずばり、「デジタル時代に適したビジネスを回すことのできるヒト」である。このデジタル時代に適したビジネスを回すこと、すなわち、上記のビジネスプロセスを構築したり、あるいは、実行したりできるヒトのことを筆者は「DX人材」と定義する。間違っても、世間で言われているようなIT人材やデータサイエンティスト、AI人材の類ではない。このDX人材に必要な素養として、以下の「7つのリテラシー」を挙げたい。

  1. データ思考:データに基づいて意思決定をしたり、データから知見を得たりするとともに、データを利活用するアイデアを考案したりする力
  2. デジタル思考:課題を達成する解決法を考案する際にデジタル技術を積極的に活用したり、既存の解決法にデジタル技術を掛け合わせて新しい解決法を考案したりする力
  3. デザイン思考:仮説を構築する際に、思考の枠組みを取り去って思考を「発散」させて多数の仮説を産み出し、その後「収束」させることでできるだけ質の高い仮説構築を可能とする力
  4. 論理的思考:仮説を構築する際に、デザイン思考とは逆に思考の枠組みを定めることで、漏れなくかつ重複なく問題や課題を因数分解し、分解後の各因子に対する解決法を求めて最終的にそれら解決法を合成することで最終解を求める力
  5. システム思考:論理的思考では対処が難しい極めて複雑な問題を対象に、問題の全体像を俯瞰(ふかん)すると同時に、問題の本質を成す(往々にして非線形の)因果関係を明らかにすることで問題を解決する力
  6. 人文科学的思考:データ思考やデザイン思考、論理的思考、システム思考では明らかにすることが困難な「人間の行動」の理由に関する深い洞察、仮説を観察から導き出す力
  7. マーケティング論:顧客を理解し、顧客価値を創造し、「マーケット=市場」における顧客の行動を変えるアイデア、施策を考案する力

 以上述べた仮説構築・検証の重要性について、Intuit共同設立者のスコット・クックの言葉を引用して本稿の締めとしたい。「実験をせずにビジネスの意思決定を行うことは、ロープをせずにバンジャージャンプをするようなものだ。ところが依然として非常に多くの企業がそのような意思決定を行なっている」(注2)

 次回は、DXを構成する「5つの変革」のうち、「ビジネスの成長のさせ方への変革」について語る。

注1、注2 『Experimentation Works ビジネス実験の驚くべき威力』(ステファン・H・トムキ著、日経BP)

企業紹介:豆蔵

情報化業務の最適化とソフトウェア開発スタイルの革新を推進するコンサルティングファーム。デジタルトランスフォーメーション関連ソリューションでは、ビジネスのデジタル化による事業の効率化、競合優位への判断、新製品や新サービスの創出に求められる高度なデータ解析、AI/機械学習に関するコンサルティングや人材育成を提供する。

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