「従業員の世話係」はもう卒業 これからの情シスの役割を考察するポストコロナ時代のコーポレートITを考える

コロナ禍を経て働き方が多様化する中で、サイバー攻撃の手口が巧妙化して対策が求められるなど、情報システム部門にかかる負担は増大している。「従業員の世話係」という従来の役割から脱皮してこれから目指すべき姿とは?

» 2023年05月19日 09時00分 公開
[松本恭攝ジョーシス]

この連載について

 社会全体がデジタル化し、「あらゆるデータがつながる」時代において、ここ数年の間で増加しているのがサイバー攻撃です。その手口は非常に巧妙化しており、攻撃の種類も日々進化し続けています。

 こうした背景から、企業のサイバーセキュリティ対策やコーポレートITの強化が重要視されています。

 本連載ではサイバーセキュリティの実態やサイバー攻撃から企業を守るためのマインドセット、システム部門における人材育成など、さまざまな視点から日本企業のコーポレートITにおける課題や現状についてジョーシスが考察します。

 ジョーシス CEO(最高経営責任者)の松本です。これから数回にわたって「コーポレートIT」の課題や現状、今情報システム部門に求められていることをお話ししていきたいと思います。

コロナ前後で変わったコーポレートITを取り巻く環境

 連載第1回は「コロナ禍で起きたコーポレートITの変化」というテーマで、コロナ禍によって企業を取り巻くセキュリティ環境がどのように変わったのかについて解説します。

 経済産業省が発表した「IT人材需給に関する調査」によると「2030年にはIT人材が79万人不足する」といわれています。企業においてDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性は急速に高まっていますが、IT人材不足はDX推進を阻む要因になっていると指摘されています。

 近年、SaaS(Software as a Service)モデルのクラウドサービスが台頭し、情報資産から顧客情報、財務・会計情報に至るまで、事業活動の基盤となるあらゆるデータがクラウドに集積され、管理されるようになりました。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響が大きくなった2020年以降は、オンライン化の波が押し寄せ、オフィスに出社するのを前提とした働き方から、自宅や外出先で業務を行うテレワークへと移行しました。

 これまでのセキュリティ対策は、オフィスで働く前提のもと、オンプレミスで対策されてきました。働き方がテレワークへシフトしたことで、PCのキッティング(セットアップ作業)や故障対応などのアナログ作業に加えて、リモート化に伴うSaaSツールの選定や運用管理が情報システム部門の担当領域となり、同部門の負担が増加しています。

 さらに、情報システム部門の仕事を1人で回さなければならない“ひとり情シス問題”や、「便利だから」という理由で、事業部の一存でSaaSツールを導入することで運用や保守の体制が属人化する「シャドーIT」の問題も取り沙汰されています。

 このようにポストコロナ時代の今、情報システム部門の負担が“浮き彫り”になりました。

サイバー攻撃は10年間で約66倍に

 日本企業のIT課題が深刻化している状況下で、管理ミスやセキュリティ対策漏れによる情報漏えいリスクは以前にも増して膨れ上がっています。

 情報通信研究機構(NICT)の調査「NICTER観測レポート2021」によると、サイバー攻撃はこの10年間で約66倍に増加しました。そしてコーポレートITを取り巻くさまざまな要因によってサイバー攻撃にさらされる危険性が高まっていることから、企業は情報漏えいリスクと隣り合わせであると筆者は考えています。

 一方で海外に目を向けると、欧米では約6〜7割の企業がCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)やCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)を経営の中枢に配置し、サイバーセキュリティ対策に取り組む体制構築を成長戦略の一つとして位置付けています(総務省「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査研究」(平成30年))。海外企業の多くは、日本と比べてセキュリティ対策の重要性に対する感度が高いといえます。

 経営幹部の中ではCIOがITインフラを統括し、CTOがサービスレイヤーを統括するという2つの役割があります。

 デジタル社会である今、紙だけで情報をやりとりする企業はほとんどありません。

 逆に言うと、デジタルを使わなければ経営状況を正確に把握できません。経営状況の把握がおろそかになっていては健全な経営は難しいと筆者は考えています。例えば小売業であれば、仕入れを最適化するためにデジタル化が必須です。実店舗でも顧客との接点は対面からアプリやSNSを利用するデジタル起点にシフトしています。

 デジタルの活用が当たり前になった今、企業の情報資産を守る情報システム部門の人材不足を経営課題の中心に据えることが重要です。

CEOがデジタルを理解し、投資を惜しまない姿勢が大事

 そこで大事になるのがCEO(Cief Exective Officer:最高経営責任者)のマインドセットです。

 CIOや現場のオペレーション人材に任せきりにするのではなく、CEO自らがデジタルを学び、ITを本質的に理解し、時間やコストを惜しまない姿勢が求められていると筆者は考えています。

 自社の業界ではデジタルがどう生かされているのか。どのような課題が顕在化していて、どういったセキュリティリスクが考えられるのか――。デジタルを起点にしたビジネスが前提となっている今、「全ての経営課題の解決は、システムを理解しないことには始まらない」と言っても過言ではありません。

 収益に直結しやすい営業部門や製造部門への投資を優先し、情報システム部門を「コストセンター」と見なした場合、どうなるでしょうか。情シス担当者のモチベーション低下や離職につながり、良い人材も育たないでしょう。

 CEOがシステムに関する知見を蓄積することで、IT人材の採用や育成、セキュリティへの投資額を増やす意思決定ができるのです。

 日本企業は内製主義が根強く、「自社オリジナル」を作りたがります。米国はパッケージ調達できるものは市場から、できないものは受託開発するという考え方が主流です。それに対して、日本企業は受託開発が9割とITベンダー依存構造が根強く残っています。大手ITベンダーに自社仕様のシステムを外注することで、結果的に保守、運用もがんじがらめになってしまうケースが多くみられます。

 これからの時代、旧態依然のITベンダーへの丸投げ構造や現場任せの体制では、経営課題は解決できないと筆者は考えています。

コーポレートITが目指すべき役割

 こうした中、DX推進によるSaaS利用が進み、コーポレートITは経営に貢献する重要な役割を占めるようになりました。

 内製化してフルスクラッチでシステムを作るよりも、安価で業務効率化や生産性向上につながるクラウドサービスが主流になったことで、コーポレートITにおけるケイパビリティ(必要とされる能力)が変化しています。

 コーポレートITが果たすべきは、ITインフラやデータ連携の基盤を構築し、経営層にコスト、リスクとベネフィットのバランスをレポートしていくことで、企業成長の一角を担う役割だと筆者は考えます。

 経営層と膝を突き合わせて議論を重ね、会社全体の生産性を高めるためにどうDXを進めていくかという課題と向き合い、コストやガバナンス(管理体制)の最適化を図るデジタル戦略を提案するのが情報システム部門の務めではないでしょうか。

 限られた予算、限られた権限の中でも、全社が利用するツールを提案できる唯一のポジションがコーポレートIT業務を担当する情報システム部門です。それこそがやりがいや働きがいにもつながるのではないかと筆者は思っています。

 「CEOがデジタルに対するリテラシーを身に付けることが重要だ」と先述しました。同様に、情報システム部門の責任者が経営層とディスカッションする際は、「ベネフィット」(利益)と「リスク」の2つの観点から提案するのがよいでしょう。

 まずベネフィットとしては、企業経営の目線からSaaSツールを選定し、年間予算の削減の見込みを明らかにして収益性を示します。同時に、「リスク」としては、自社が所属する業界と別の業界を比較してセキュリティリスクをスコアリングしたレポートを作成すると、経営者にとっては分かりやすく、判断しやすくなります。

 情報システム部門の担当者は、サイバーセキュリティに関する動向や国内外のコーポレートITに関する最新トレンドをキャッチアップすることが不可欠です。

 経営層に向けて的を射た提案をするためにも、情報システム部門が「従業員の世話係」から「経営の中心」という意識を持つことが重要だと筆者は考えています。

 今回は、ポストコロナ時代におけるコーポレートITの在り方や経営者のデジタルに対する理解を深める重要性について述べました。

 次回からコーポレートITの課題や取り組むべきことについて深掘りします。

執筆者紹介:ジョーシス代表取締役社長CEO 松本 恭攝

 1984年富山県生まれ。慶應義塾大学卒業。A.T.カーニーに入社し、コスト削減プロジェクトに従事する中で印刷費が最もコスト削減率が高いことに気付き、印刷業界に興味を持つ。業界の革新を志し、2009年にラクスル株式会社を設立。2013年より印刷機の非稼働時間を活用した印刷のEコマース事業「ラクスル」を提供。また、2015年12月より物流のプラットフォーム「ハコベル」を開始して2020年4月からは広告の新規事業「ノバセル」、2021年9月からはコーポレートITのプラットフォーム「ジョーシス」を展開。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」をビジョンに巨大な既存産業にインターネットを持ち込み、産業構造の変革を行う。

 

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