AIへの熱狂をデータアナリティクス専業ベンダーはどう見ているか

生成AIブームに乗って企業のAIへの関心は加熱している。データ&アナリティクスの老舗企業はこの状況をどう分析し、製品ロードマップに反映しているのだろうか。

» 2023年08月22日 08時30分 公開
[原田美穂ITmedia]

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SAS Institude CTO ブライアン・ハリス氏

 データ&アナリティクス分野の専門ベンダーとして知られるSAS Institude(以下、SAS)はデータサイエンティストに長く親しまれてきた。だが2023年5月のグローバルイベントにおいては、「産業特化型のAI(人工知能」の開発強化と「AIモデル開発の民主化」を打ち出しており、従来よりも間口の広いソリューション展開を示唆していた。

 『ITmedia エンタープライズ』では同社の国内イベント開催に合わせて来日したCTO(最高技術責任者)のブライアン・ハリス氏にインタビューを実施した。

――日本では幅広い分野のデータ&アナリティクスにおいてすでに高いプレゼンスを保っている。特に金融領域ではSMBCコンシューマーファイナンスが「SAS Viya」(以下、Viya)と「SAS360Engage:Optimize」の採用を発表している。この領域におけるアップデートがあれば聞きたい。

ハリス氏 ありがたいことに日本の金融分野においては高いプレゼンスを保っていると認識している。他の産業はもちろんだがこの領域については引き続き注力する考えだ。2023年9月にはアンチマネーロンダリングプラットフォーム(AML)の機能アップデートも予定している。今まで以上に多様なリスク検知につながる機能強化となる見込みだ。

産業特化型AIの開発で最も重要なことは何か

――2023年5月に開催されたグローバルイベントでは、産業特化型AIの開発に大規模な投資を発表した。産業特化型AIについてはITベンダーやメガクラウド各社も言及している。SASの強みはどこになるか。

ハリス氏  確かに新興ベンダーを含むさまざまな企業が産業特化型AIないしは特定の用途に特化したAIの開発に参入している。しかし、IT投資の抑制と効果的な投資を考えた場合、特定の業務の用途ごとに専用の環境を調達して利用するというのは非効率だ。今後、AIベンダーが注目しなければいけないユースケースはどんどん拡大するだろう。

 大規模言語モデル(LLM)の影響でAIそのものに対する関心が高まっているが、AIを含む機械学習はLLMが全てではない。データサイエンスとしての機械学習(ML)に関して、SASは長い実績を持っており、かつ多様な問題を解決するためのリソースも豊富に持っている。新興の企業が一朝一夕でまねができるものではない。

 今後、多様なユースケースが出現したとしても全てをSASのプラットフォームの中で企業が求める品質で管理できるため、優位性が揺らぐことはないだろう。

 新興のAIベンダーの中には、特定の用途に特化したソリューションも多いが、SASの場合はすでに金融や保険、医療、製造、流通などの各産業ごとに豊富なドメイン別ソリューションを持っている。例えば「SAS Health」であれば米国食品医薬局(FDA)対応に向けた機能が標準で含まれている。またサプライチェーンリスク評価などの機能も充実している。われわれの強みは長年のデータ&アナリティクス業界に特化した実績を基に、業界ごとのルールや商流に沿って専門的かつ包括的なソリューションを提供できている点にある。

SASにおける「アナリティクスの民主化」とは

――同時に2023年5月には「アナリティクスの民主化」についても言及していたが、進展は。

ハリス氏 (企業のIT戦略においては)デジタルトランスフォーメーション(DX)やITモダナイズが課題とされるが、それらの取り組みはデータの問題を解決しなければ始まらない。私たちはもともとAIに関しては非常に高い専門性とドメイン知識を持っている。しかし、有効なAIアプリを素早く展開するにはデータサイエンティストの力だけに頼っていては実現しないとわれわれも考えている。

 コンピュータサイエンティストやデータサイエンティストだけでなく、ビジネスアナリストが関わって初めて良いインサイトを得られると考える。一方で企業の中で必要なスキルセットを持つ人材は限られおり、効率よく運用する必要がある。この意味でAIの民主化は非常に重要だと考えている。

 他方、一般の従業員にはデータサイエンティストとしてのスキルがなくてもデータサイエンティストのように振る舞える方向性を狙っている。

 だが本当に重要なのは、その先にある「各ドメインに特化してどこまでエキスパートとしての力量を発揮できるか」だ。

 その意味で、AIの民主化によってAIモデルを速く作り、各ドメインの中で成果を作り上げていくことが重要だ。これらのアップデートについては2023年9月のイベントでも重要なテーマとして取り扱う計画だ。

 これらの他、Viyaの環境内で基盤モデルを実現する計画だ。分析モデル開発のAI支援機能の追加も計画している。

パブリックドメインのルールだけでは対処できないリスクと倫理の問題

――今春以降、世界中の企業がLLMをどう自社で生かすかを真剣に検討しつつある。このトレンドについてどう考えるか。

ハリス氏 企業におけるLLMを含むAIの利用においては、倫理ポリシーをどう策定し、守るかが重要になる。SASでは、1年前に「Data X Practice」というAI倫理に関するレポートを公開している。米国政府向けのAIアドバイザリーグループのメンバーでもあるSASのレジー・タウンゼント氏が指揮を取ったレポートであり、米国におけるAI倫理の議論に大きな貢献をした。

 AIモデル管理に関して言えば「AIモデルリスクマネジメント」が重要だ。モデルを構築する上でリスクとなり得るものがあれば、われわれはそのリスクを根絶するためのアドバイスも可能だ。

 MicrosoftやGoogle Cloudなどが提示するAI倫理はあくまでもパブリックドメインの情報に関するものだ。企業からすると個々の分野におけるAI倫理をどう考えるかが重要であり、これについて私たちは企業からアドバイスを求められる立場にある。

 AIモデルは特定の国や拠点に限ったものではなく、どこかの地域で作成したAIモデルはグローバル共通で使われていく。

 各国法規への対応があるとしてもGDPRで経験したプロセスと同様のものとなるだろう。ここに大きな地域差や制約はない。関心を持つべきはどう産業別に特化して良いモデルを作るか、そしてそのモデルを安全に運用するかだ。

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