DX人材育成を“間違った方法”で進めることで、効果を出せないばかりか、従業員のモチベーションを下げてしまうことがある。本稿では、その失敗事例を紹介するとともに、DX人材育成のあるべきアプローチや研修の設計例を紹介する。
本連載では、DXとは「デジタル時代に有効な事業経営、企業経営へ変革して、かつ変革し続けること」であると定義している。過去4回の記事では、デジタル変革(DX)は何のために必要であるのか、目的、戦略やビジネスモデルの変化などのデジタル変革の全体感とその意義について事例を交え解説してきた。以降の連載では、DXを実現するために必要な人材育成やプロジェクト管理、システム構築などの具体的施策の進め方について解説する。
筆者紹介:星 智恵(ほし ともえ)豆蔵 デジタル戦略支援事業部 エグゼクティブコンサルタント
国内、外資UNIXベンダーの顧客サポート業務を経験後、2004年から法人向けの情報セキュリティコンサルティング業務に従事。セキュリティ対策、情報セキュリティ活動支援業務全般に携わる。その後、ビッグデータ利活用人材にスコープを広げ、専門人材育成の支援を行う。SIベンダーにおいてモノからコトを実現する新サービスの企画担当業務を経て、DX技術提案とDX&セキュリティ人材育成に従事している。
連載の5回目となる今回は、効果的な人材育成プログラムの設計手法を提案する。DX人材育成については、多くの企業が熱心に取り組んでいて、全社単位でDXリテラシーを上げる研修プログラムや、先進技術を扱うためのハードスキル習得の研修を進めている。こうした取り組みは価値あるものだが、DX人材育成に適していないアプローチのせいで、実践に役立たないばかりか、従業員のモチベーションを下げている恐れがある。本稿では、その失敗事例を紹介するとともに、DX人材育成のあるべきアプローチや研修の設計例を紹介する。
「データは21世紀の石油」という言葉から約10年が経過し、AI技術の普及を背景に、多くの企業でデータ活用によるビジネス価値創出の成功事例が増えてきている。
現代のビジネス環境において、DXの取り組みは事業の継続や競争力向上の重要なカギだ。AI(人工知能)を含むデジタル技術を活用してビジネス戦略を企画、実現する能力を持つ人材やデジタル技術を活用する能力を持つ人材の不足や育成は大きな課題となっている。
以下に、典型的なデータ分析人材育成のプログラム設計の失敗事例を紹介する。
ビッグデータ分析プロジェクトに備え、学習者が数学的理論や高度な分析手法の知識習得に過度な時間を費やすケースがある。だが、実際のビジネス課題やデータの特性に合わせた分析に取り組むと、習得した知識だけでは対応が難しく、再学習が必要になることがある。これは、その分野で必要な技術や知識が日々アップデートされているためだ。一方で、学習内容の網羅性に重きを置くあまり、学習者が既に理解している知識も学習範囲に含まれてしまうといった事態も発生し得る。
データ分析の研修やトレーニングでは、多くの理論や手法を学ぶことが求められる。だが、具体的な目的やビジネス成果へのつながりが不明確な場合、学習者は「なぜこの知識や技術を学ぶ必要があるのか」という疑問を持つようになり、学習のモチベーションが低下することがある。
ROIの観点からも学習期間に対して実践での活用までに時間がかかることは、望ましい状態とはいえない。
では、どのようなプログラム設計が望ましいのか。ビジネスの成功を目標としたスキル習得を早期に実施するためには、これまでと異なる新たな人材育成のアプローチが必要だ。
ここでは、2005年にグラント・ウイッジンズ(Grant Wiggins)氏とジェイ・マクティージ(Jay McTighe)氏が提唱した「バックワードデザイン(逆向き設計)」 をベースに、研修の最終的な結果を起点に、プロセスをさかのぼって設計する方法を発展させた新しい人材育成アプローチを提案する。なお、このアプローチは豆蔵が独自に提供するDX人材育成研修の特徴でもある。
本記事では、DX人材の育成に適した手法を提案する文脈で、学習方法を二つに分けて解説する。一つは学校教育での学習に近く、幅広い体系的な知識を積み重ねた結果として応用力を身に付けてゴールを目指す方法で「知識積み上げ型学習」として定義する。もう一つは、ゴールを達成するために必要最小限の知識を試行錯誤によって定着させるアプローチであり「ゴール逆算型学習」として定義する。
いずれの学習方法もゴールに到達することが研修の目標だが、DX領域の特徴であるVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)という前提から考えれば、ゴール逆算型学習の方がより効率的な人材育成につながる可能性がある。
企業の人材育成プログラムを設計する際に重要な観点は、社会人向けの研修プログラムの目的は、企業の競争力を維持、向上させることだ。研修を設計する立場で2つの学習アプローチを比較してみる。
研修終了後の達成目標に対して、関連する知識体系と基礎知識を含む網羅性に重きを置く。設計時には指導内容や何をどのように教えるか(教材、教授手法)に焦点を当てる。
このアプローチでは研修終了後の達成目標に注目し、その目標の達成のために求められる最終的な実現能力から逆算する。これによって必要な知識や評価手法、そして学習行動を系統的に組み立てる。
紹介した2つの設計手法は、それぞれ特徴や適性があり、どちらか一方の手法が優れているわけではない。しかしDX領域をテーマとした場合には、ゴール逆算型の手法の方が有利であると考えられる。
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