進むERPと生成AIの統合 自社を守るために、企業がベンダーに求めるべき要素

ERPベンダーが生成AI機能の導入を急ピッチで進めている。その一方で専門家は、この生成AIブームに警鐘を慣らす。企業が生成AIを活用する前に知るべきこととは。

» 2023年11月16日 08時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]

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 生成AI(人工知能)の活用がITのあらゆる分野に広がってきている。ERPの世界も例外ではなく、ベンダーはAI関連のサービスや機能を続々と発表している。

 「生成AIの導入は業務プロセスと生産性の向上につながる」というのがベンダー側のうたい文句だが、専門家は企業に対して「生成AIとERPの統合については慎重に検討すべきだ」と警鐘を鳴らす。

AIに注力するERPベンダー ユーザーが注意すべきこととは

 ERPとAIの統合は今に始まった話ではないが、生成AIの台頭でERPベンダーはさらに積極的にAI導入のメリットを売り込んでいる。

 先日、SAPは生成AIアシスタント「Joule」を発表した。Jouleは今後、同社のクラウドポートフォリオに幅広く組み込まれる予定で、第一弾として2023年内にHCMプラットフォーム「SuccessFactors」に採用される見込みだ。SAPはJouleに関して、サードパーティーの大規模言語モデル(LLM)をエンジンとして採用するという。

 「Microsoft Dynamics 365」にも、財務管理やサプライチェーン管理などの一部のアプリケーションを対象に生成AIアシスタント「Copilot」が追加されている。Microsoftは2023年1月に、「ChatGPT」の開発元であるOpenAIに100億ドル(約1兆5000億円)を投資すると発表した。

 これらのAIアシスタントは、生成AIが台頭する前から存在する製品群に新たに加わる。ちなみにInforが「Coleman」をロールアウトしたのは2018年、Epicorが「Epicor Virtual Agent」(EVA)を導入したのは2019年だった。

 目指すところは基本的に同じだが、最新の生成AIツールと過去のAIアシスタントを支える基盤には違いがある。

 SAPのJouleとMicrosoftのCopilotは、さまざまなサードパーティー製のLLMや自社製ビジネスアプリケーションのデータを用いている。それに対して、InforのColemanとEpicorのEVAは、自然言語処理型のユーザーインタフェースを用いており、さまざまなデータソースと接続する際にはAPIを経由する。

戦略、プロトコル、そしてデータ

 生成AIがERPに積極的に統合される一方で、業界の専門家は顧客に対し「統合する前に、しっかりとした目標と戦略を立てるように」と注意を促している。

 TechVentiveのブライアン・ソマー氏(創業者 プレジデント)によれば、企業は「生成AIとERPの統合はまだ進化の初期段階で、現時点では今後の展開についての結論が導き出せない」ということを肝に銘じておく必要がある。

 「ユーザーはベンダーに対し、導入の際には『LLMのトレーニングに用いられるデータの種類』や『顧客データがどのように保護されるのかを具体的に示す明確な戦略やプロトコルの詳細の提出』を求めるべきだ」(ソマー氏)

 また同氏は「生成AIを利用する顧客と、そのデータを予期せぬ問題から守るには、こうしたプロトコルが必要不可欠だ。それを提示できないベンダーとは関わらないほうがいい」と指摘する。

 同氏によれば、ERPベンダーは現在チャットbotやアシスタントに生成AIを活用し、顧客サービス体験の向上に取り組んでいるが、今後は生成AIをERPそのものにさらに組み込んでいくはずだという。

 「コードの生成にもAIが活用されるようになる。例えば、AIにデータを与え『ABAP』のコードについてトレーニングさせた上で、新しいモジュールの仕様に関する疑似コードを与えれば、AIが新しいものを生成してくれるはずだ」(ソマー氏)

 また、Enterprise Applications Consultingのジョシュア・グリーンバウム氏(プリンシパル)は「顧客はLLMの訓練に使われるデータも考慮する必要がある」と話す。

 「SAPは、自社のテクノロジーが世界の商取引のうちかなりの部分の基盤となっていることから、そのデータが生成AIが下す経営判断の基盤になり得ると主張している。つまり、SAPがビジネスプロセスや事業の成否に関して奥行きのあるリポジトリを保有しているということであり、データの品質やガバナンス、アクセスのしやすさを考えると、ERPに用いられるLLMのトレーニングに役立つだろう」(グリーンバウム氏)

 LLMが今後、重要な意思決定の根拠として用いられることを考えると、生成AIにはデータの質の高さが何よりも重要だとグリーンバウム氏は付け加えた。

 「エンタープライズマイグレーションにおける最大の問題は、その開始時点からずっと“エンタープライズデータの品質”だ」(グリーンバウム氏)

 ソマー氏も、データの品質に関して同様の指摘をしている。

 「意味のあるデータが枯渇したとき、AIは価値を提供できなくなる。ベンダーに突き付けられている疑問は『データの制約によってAI機能を失うことになる顧客をどうやって特定するのか』だ。そして、そうした事態が発生することをはっきりと示す予兆とは何かを突き止めなければならない」(ソマー氏)

 同氏は「ベンダーはこうした疑問に明確な回答を出せていない」と話す。さまざまな顧客データを1つのLLMに集約できると主張するベンダーもあれば、別のベンダーは、プライベートAIシステム用の社内データと連携するAIを開発し、それとは別に外部のデータストアで訓練されるAIも開発すると説明している。

 「(後者は)良い考えのように聞こえるが、問題はプライベートシステムで統計的に有意な結果を得るには会社の規模が大きくなければならならないという点だ。また、プライベートシステムは膨大なトランザクションを有するモデルから切り離されてしまう」(ソマー氏)

AI導入に関する予測

 エンタープライズ業界を専門とするブログ「Deal Architect」のヴィニー・マーチャンダニ氏(創設者 アナリスト)は「顧客は生成AIのためなら喜んでプレミアム価格をERPベンダーに払うかもしれないが、おそらくそれは業界における特定のユースケースとのコネクションを得られる場合だけだ」と話す。

 同氏によれば、ベンダーは今後、高価値のアプリケーションからデータを集めなければならなくなり、そのためにはその分野の専門家を雇い、特定分野の固有データを見つける作業が必要になる。そして、この種のデータを得るには決して安くない費用がかかる。同氏はその例として、Cernerを283億ドル(約4兆2643億円)で買収したOracleの事例を挙げた。

 しかし、ベンダーがこうした投資を業界固有のデータに対して行えば、現在の生成AIを上回る価値を持つAI機能を提供できるようになるだろうとマーチャンダニ氏は語る。

 「予防保全用のAIを導入することで、高価な資産の予期せぬシャットダウンを防ぐことができる。また、需要をより的確に予測できるAIがあれば、生産と物流のフットプリントや無駄、廃棄物を減らすことができ、顧客が求めているものを提供できるだろう」(マーチャンダニ氏)

 同氏はERPベンダーに対し、「ERPにAIを活用する上で、最良のビジネスモデルとしてどのようなユースケースであれば顧客が喜んでプレミアム価格を払うのかを把握し、その上でAIシステムをトレーニングするためのインフラや分野に関する専門知識、データを得るための方法を見つけ出すことが大切だ」と述べている。

AIの社内利用

 エンタープライズ業界の分析を手掛けるDiginomicaのジョン・リード氏(共同創業者)は「一部のケースでは、ERPで活用できる生成AIの幅を広げる必要がある」と話す。現在、ベンダーが強調している以外の、社内のボトルネックとなっている問題の解決にもAIを活用することは可能だ。

 例えばSAPの顧客なら「S/4HANA Cloud」への移行を容易にするために生成AIを用いることができるはずだと同氏は述べる。その他、顧客はベンダーとのライセンス契約やデータ契約の最適化にもAIを適用できるはずだという。

 「生成AIツールがそれほど優れているのであれば、サードパーティーが引き起こした問題がデジタルデータに及ぼす影響や、製品ライセンスのコンフリクトを分析し、(顧客が)コンプライアンス違反を犯すことを防いでくれるはずだ。この技術がそれほど優れているのなら、こうした問題に使わない手はない」(リード氏)

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