社長就任は突然に 文明堂の婿経営者はいかにして老舗企業を変革したのか

老舗企業を「婿経営者」として承継し、複数社の経営統合やコロナ禍での売り上げ減という問題に立ち向かった文明堂東京の宮﨑社長が、内田洋行が開催したイベント「UCHIDA ビジネスITフェア2023」に登壇し、変革の舞台裏について語った。

» 2023年12月01日 00時00分 公開
[平 行男合同会社スクライブ]

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 文明堂は「カステラ一番、電話は二番」のキャッチコピーで知られる老舗菓子メーカーだ。娘婿として文明堂東京の社長に就いた宮﨑進司代表取締役社長は、東京だけで幾つもの法人に分かれていた「文明堂」をまとめ、経営理念をあらためて再整理することで、従業員の一体感を醸成し、コロナ禍での大幅な売り上げ減を乗り切った。宮﨑氏が老舗企業の継承と変革について語った。

「あなたは今日、社長に就任します」急きょ老舗菓子メーカーの社長に

 宮﨑氏は新卒で三菱電機に就職し、半導体の営業職に就く。28歳の時、交際相手に結婚を申し込む時になって初めて、相手の父親が文明堂のオーナー経営者であることを知った。当初は会社を継ぐつもりはなかった宮﨑氏だが、結婚1年後、義父の健康問題が発生。30歳の時に文明堂新宿店に入社する決意をした。

文明堂東京 宮﨑 進司氏

 「当初は取締役営業部長に就くと聞かされていました。しかし入社当日、株主総会で挨拶(あいさつ)をする前に、秘書から“あなたは今日、社長に就任します”と聞かされたのです(笑)。そんな衝撃の株主総会から私の人生が大きく変わりました」(宮﨑氏)

 文明堂の歴史は明治33(1900)年、長崎で始まった。昭和10(1935)年には「カステラ一番、電話は二番」と大々的に宣伝し、知名度を高める。仔グマのぬいぐるみが踊る有名なテレビCMは、昭和37(1962)年に開始し、現在までバージョンを変えながら続けられている。

 全国に「文明堂」を冠する企業は複数あるが、これは創業である長崎の文明堂からののれん分けによって各社が全国展開していったためだ。一時期は8社の「文明堂」が存在した。「のれん分けシステムは、かつては有効に働きましたが、私が文明堂新宿店に入社した頃には疲弊していると感じました」と宮﨑氏は語る。そこで同氏は入社直後から、他の文明堂との経営統合に取り組むことにした。

 2008年、文明堂新宿店・文明堂日本橋店が共同持ち株会社を設立し経営統合を成功させた。さらに2010年、両社は合併し、文明堂東京が生まれた。2014年にはそこに文明堂銀座店も加わり、文明堂東京グループとなった。

経営理念と経営計画をレイヤー構造でリンクさせる

 「三社三様で価値観が異なる人たちが集まり、ぐちゃぐちゃな状態が続いた」と宮﨑氏は当時の状況を振り返る。合併による混乱状態を乗り越えるために、まず着手したのは理念経営の再整備だ。

 「経営理念とは、判断基準だと思います。働く従業員が判断に迷った時のよりどころとなるものです。文明堂新宿店と文明堂日本橋店は各社で経営理念を持っていましたが、それらの言葉が従業員に浸透しているとは言えなかった。そこで経営理念を一つにまとめることから始めました」(宮﨑氏)

 再整備した文明堂東京の理念は「人々の幸福の追求」とした。次に取り組んだのは、この理念を、具体的な行動計画にまで落とし込むための「レイヤーツリー」を策定することだ。最上位のレイヤー1には「人々の幸福の追求」がある。その下のレイヤー2では、レイヤー1を実現するための要件として「人としての成長」「適正な利益」を設定した。レイヤーが下がるほど、やるべきことが具体的になる。

 この最終レイヤーに、各期の施策が設定される。今期は80個の施策を設定しているという。その一つ一つを達成することで、最大の目標である「人々の幸福の追求」が実現するというわけだ。

 人事評価制度についても再設計し、レイヤーツリーに沿ったものにした。そして文明東東京にとって必要な人材像を明確に設定し、それに対する達成度を書き込む人事評価シートを作成した。部下がこのシートに基づいて目標を書き入れ、シートに沿って業務を進める。上司は部下と面談し、シートを前に話し合いながらその目標達成度を確認する。

 シートを使った人事評価制度を始めてから、従業員の会話の端々から「あのレイヤーが……」という言葉が聞かれるようになり、経営理念の浸透が見られるという。

自分のなかに判断基準を持つこと

 宮﨑氏は18年の社長人生を振り返り、「婿経営者」の経営判断の特徴をこう語る。

 「老舗の同族会社の中で、創業者や創業者の子供、子供の配偶者、社内での昇格・社外からの招聘(しょうへい)など、いろいろな立場の人が経営者を務めますが、その中で創業者や創業者の子供は、主観的かつ長期的な経営判断をする傾向にあります。一方、私のような、創業者の子供の配偶者、つまり婿経営者は、会社を客観的に見て、長期的に育てていこうという視点を持っています。先代に対しての接し方も、親としてではなく上司としての接し方になります」

 婿経営者として宮﨑氏は、自分の立場や社長に選ばれた理由を理解することに努めた。そこで、自分のルーツを知るために、全国の関係者にヒアリングして長崎の文明堂から始まる家系図を作成した。また、カステラのルーツを詳しく知る必要があると考え、菓子メーカーの経営者仲間と連れ立ってスペイン各地を視察した。

 「血で継いだわけでも、力で下から上がったわけでもないのが婿経営者。そのため、社員とのコミュニケーションでは、きちんと理由を示したうえで指示を伝えることを心掛けています。その時にお互いの共通言語として有効になるのが、先ほどの経営理念です」(宮﨑氏)

 宮﨑氏が社長に就任した後、分からないことがあると、会長(前社長)にたびたび相談したが、いつも答えらしい答えを示してくれなかったという。2021年、亡くなった会長の遺品を整理していると、たくさんのノートが見つかった。そのなかに、「事業承継の心構えとなる会長の使命」という項目を発見した。そこには、

会長の使命とは、

一、社長との信頼関係を築く。

一、経営の実務は任せ、余計な口出しはしない。

一、将来の夢を語り合う。

とのメモが記されていた。義父は自分で会長としての指針を決め、それを貫いていたのだと、腑に落ちたという。

 宮﨑氏は最後に「予測不能な時代に、向かい風に立ち向かうというよりは、風を受けながら“しなやかに楽しむ”ことが私のポリシーです。そこで必要なのは、自分の中にブレない基準を持つことです。文明堂東京にとっての基準である“人々の幸福の追求”が、それそっくりそのまま私の基準にもなっています。この基準を持つことで、自分に困難が降りかかった時、判断に迷った時にも、すっと動けるようになりました」と締めくくった。

本稿は、2023年10月20日に内田洋行が開催したイベント「UCHIDA ビジネスITフェア2023」での講演を基に編集部で再構成した。

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