SAPがGROW with SAPで中堅市場に本腰 「コストが合わない」は過去の話か“大企業向き”だけじゃない

中堅企業にとって、「GROW with SAP」経由の「S/4HANA Cloud」導入は魅力的なクラウド移行の選択肢の一つだ。しかし、この市場セグメントをSAPが攻略することは容易ではない。

» 2023年12月12日 08時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]

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 「大企業向けのERPベンダー」として知られるSAPは、現在は中堅企業をターゲットに「GROW with SAP」を展開している。2023年3月にローンチされたGROW with SAPは、中堅企業が「SAP S/4HANA Cloud, public edition」の導入を促進するために開発されたプログラムだ。SAPによると、同プログラムの導入企業数はローンチ以降順調に伸びており、既に80カ国で440社が利用しているようだ。

 SAP North Americaのロイド・アダムズ氏は、GROW with SAPについて「中堅企業がコストを抑えながら容易にクラウドERPを導入できるように設計されている」と話す。

 GROW with SAPは、S/4HANA Cloud, public editionに加えて、開発と統合機能を持つ「SAP Business Technology Platform」(SAP BTP)や事前設定された各業界のベストプラクティス、内蔵のAI(人工知能)および自動化プロセス、スピードアップされたデプロイメントサービス、無料の学習リソース、ローコード/ノーコードのアプリケーション開発プラットフォーム「SAP Build」などが含まれる。

 アダムズ氏によると、SAPは中堅企業が次の主要な成長分野になると見ており、中堅企業が必要としている専門知識を提供しながら有利な地位を獲得しているという。

 「激動ともいえる現在の市場環境の中で、企業はより少ない労力で多くの業務をこなす必要に迫られており、場合によってはさらなるスピードアップも必要だ。こうした課題に直面するIT部門を支援するのがクラウドERPだ。SAPは中堅企業の未来に期待し、それを実現できるように取り組んでいる」(アダムズ氏)

さまざまな業種に対応する「GROW with SAP」 事例紹介

 S/4HANAは大企業向けの製品とされているが、ソフトウェアとサービスをバンドル化したGROW with SAPにより、S/4HANAのパブリッククラウド版に魅力を感じる中堅企業も出てきている。

 飲料などを取り扱うSunny Sky Productsは最近、「SAP S/4HANA Cloud」(以下、S/4HANA Cloud)を導入するためにGROW with SAPを選択した。Sunny Sky Productsは幾度も買収を経てきた経緯から、統一されたERPシステムを持っていなかった。同社のシリーン・グリア氏(最高財務責任者)は「財務部門は『QuickBooks』の3つのバージョンを、製造と流通部門は『Syspro』の1つを使っている上に、スプレッドシートで手動で行う必要があるプロセスやデータ統合操作も大量に残されていた」と語る。

 そこでSunny Sky Productsは、単一の統合システムとして機能するクラウドERPを導入することを決断した。「Rootstock」と「NetSuite」(以下、NetSuite)を含めた複数の選択肢を検討し、最終的にGROW with SAPの採用を決めた。同社は2023年6月にGROW with SAPを契約し、現在導入プロジェクトを進めている。

 Sunny Sky ProductsがGROW with SAPを選んだのには幾つかの理由がある。特に重要だったのは「S/4HANA Cloudの製造業向けERPとしての機能や能力の高さ」だ。また、GROW with SAPのコストや導入に要する時間が比較的短くて済む点も評価した。

 「コストにも良い意味で驚かされた。導入時の観点だけでなく、継続的な利用ベースで見た場合にも当てはまる。当社のような企業では、SAPはコスト的に手が出せないと考えていたが、ふたを開けると非常に競争力があり、コストはまったく懸念要素にならなかった」(グリア氏)

 S/4HANA Cloudは製造業だけではなく、医療業界の中堅企業にも魅力的だ。カナダのカルガリーで高齢者向けの介護サービスと緊急時の入居施設を提供するThe Brenda Strafford Foundation(BSF)は、GROW with SAPによるS/4HANA Cloud導入を選択した。

 BSFが求めていたのは、財務とHR(人事)のアプリケーションが連係していない、既存のERP環境のリプレースだった。さらに「将来の目標も満たせるようなクラウドERPを望んでいた」と、BSFのカーリン・ゴーレム氏(コーポレートサービス担当 バイスプレジデント 最高財務責任者)は話す。

 「BFSはリサーチとイノベーションに注力しており、現状を上回る規模まで事業を拡大したいと考えている。そのような将来を見据えて、事業運営に関わるシステムを中心に基盤要素を固めたかった。最良のケースとして、この目標を実現するシステムが必要だった」(ゴーレム氏)

 BSFは2022年11月、ERPベンダー12社に提案依頼書(RFP)を提示し、そこから即座に候補を数社に絞り込んだ。ゴーレム氏は「S/4HANA Cloudは明らかに抜きん出ていた」と語る。その後、BSFは2023年3月にGROW with SAPの契約を結んだ。

 「私たちが求めている将来を見据えた機能性、そしてシステム統合を提供できるのはSAPだという事実が決定打だった」(ゴーレム氏)

 導入時のサービスも大きかったとゴーレム氏は話す。

 「GROW with SAPが提供する機能として支援と教育を得られたことで、基礎的なレベルにとどまっていた業務とプロセスが洗練されたレベルになった。私たちは比較的小規模な組織だったため、ベストプラクティスを紹介してもらい、トレーニングと教育の機会を提供してもらえた」(ゴーレム氏)

 BSFは現状の慣行とS/4HANA Cloudの導入後の予想図を分析する「構想(Discover)フェーズ」を完了した。ゴーレム氏によれば2024年1月に3つの人事モジュールを稼働させ、同年4月にはS/4HANA Cloudを完全に導入する見込みだ。

 S/4HANA Cloudのさまざまな機能に加えて、GROW with SAPであれば複数のライセンスを1つに統合できる。また、ソフトウェアサポートの改善や不要なサーバハードウェアの廃止による資本コストの削減効果も期待できる。

 「クラウドにより柔軟性とデータセキュリティが実現する他、SaaSはサポート面でも魅力的だ」とゴーレム氏は評価する。また、場所や時間に縛られずにシステムにアクセスできるようになる。BSFの従来システムは、社内ネットワークからの利用しかできなかった。

SAP以外ものベンダーも注視する中堅市場

 GROW with SAPによって、中堅企業に対するS/4HANA Cloudの訴求は高まるだろう。一方「中堅市場では、SAPが大企業向けの市場に比肩するほどの影響力を持てないだろう」と語るのは、SMB Groupのローリー・マッケイブ氏(共同創業者 アナリスト)だ。

 SAPが克服しなければならない課題として、同氏は「混乱の元になるのはS/4HANA Cloud以外の製品だ」と指摘する。中堅企業向けのSaaS限定ERP製品「SAP Business ByDesign」や、中小企業をターゲットするERPソフトウェアの「SAP Business One」などがそれに当たる。

 一方、SAPのアダムズ氏は「SAPが小規模市場向けに提供しているさまざまな製品には明確な違いがある」と語り、GROW with SAPの顧客とBusiness Oneの顧客では属性が異なるとした。

 一方、Business ByDesignとGROW with SAPには、事業の拡張と統合にパブリッククラウドとSAP BTPを利用する点で顧客セグメントが重なっている。しかし、顧客は目指すものをそこまで明確化して、SAPのポートフォリオにアプローチする可能性は低いとも考えられる。

 「NetSuiteや『Acumatica』『Microsoft Dynamics 365』のような製品とは違い、実際にユーザーがSAPの製品群を検証して自社が必要なものを見極めるのは容易ではない」とマッケイブ氏は指摘する。

 「どのSAP製品に目を向けるべきなのかを理解するだけでもかなりの支援が必要だ。GROW with SAPを検討する顧客は、現状でSAPとの関係がない場合が多いだろう。そうなると簡単に検証できるはずがない」(マッケイブ氏)

 大企業向けERPの市場でSAPやOracle、Workdayが圧倒的なシェアを占めるのは、大企業が必要としている細かい機能を網羅する技術を提供しているからだとマッケイブ氏は指摘する。

 一方、中堅企業の場合はこうした企業に特化して開発されたシステムを擁するベンダーが他にも存在し、この市場セグメントに合わせた形でチャネルや関係を築き、独立系のソフトウェアベンダーパートナーで構成されたエコシステムが確立している。

 大企業向けERP市場のように、中規模企業向けERP市場をベンダー3社で独占することはは困難だが、比較的旧式のオンプレミス型システムをまだ使っていて、クラウドベースのシステムへの移行を考えている中堅企業が多いことから、この市場は成長が見込まれるとマッケイブ氏は語る。

 「SAPの大きなアドバンテージは、各業界への対応力が高いことだ。しかし、中堅企業向けベンダーの大半が豊富なノウハウを持つ業界に食い込んでいる。プレーンなERPを販売するベンダーはほとんどない。こうしたことから、SAPからすると中堅企業の市場には大いに開拓の余地があるが、将来的にこの市場をSAPが支配するということはないだろう」(マッケイブ氏)

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