ERP実装の失敗事例 導入プロジェクトで起きた「ゾッとする話」

ERP実装の失敗には幾つかのパターンがある。世界的大企業がハマった実例を基にERP実装のプロが回避策を指南する。

» 2024年01月22日 12時40分 公開
[George LawtonTechTarget]

 本稿は、ERPコンサルタントがERPシステム実装における失敗事例の分析結果とその教訓を公開し、同じ間違いを犯さないための助言だ。

 ERPシステム実装が失敗する要因はいくつもあるが、細部を入念に検討せず、失敗につながる原因を事前に把握せずに勇み足で新機能を導入する企業は多い。

 「ERPシステムを優秀なツールとして社内で活用するには、ERPに特化した教育と十分な管理が不可欠で、それには時間もかかる」と語るのは、シンガポールにあるERP専門のコンサルティング企業The World Managementでビジネス開発マネジャーを務めるジェニー・チュア氏だ。

 米国のボストンに拠点を構えるITネゴシエーションのコンサルティング企業UpperEdgeでプロジェクトエグゼキューションアドバイザリプラクティスリーダーを務めるジョン・ベルデン氏は、ERPシステムの実装に失敗するプロジェクトに共通して見られる主な特徴が3つあると指摘する。

 1つ目は、ERPシステム実装プロジェクトの規模が過去のプロジェクトに比べて2〜10倍と大きいことだ。2つ目は、ERPシステムの実装は企業に転機をもたらすプロジェクトで、ERPシステムの実装が後押しするデジタルトランスフォーメーションによって社内に勝者と敗者が生まれることだ。3つ目は、時代的問題で、ここ10〜15年の間に社内で同等のプロジェクトを実施していないことだ。

 「このような問題を認識してリスクの低減に取り組まない限り、ERPシステム実装プロジェクトには問題が付いて回る」(ベルデン氏)

 本稿で紹介するERPシステム実装に関する7つの著名な失敗事例は、ERPシステム実装に失敗する主な原因と失敗を回避する方法を例証している。

1.大きすぎたプロジェクト 3億ドルを投じたのに1件のトランザクションも処理できなかったCover Oregon

 プロジェクトの規模が大きくなると、必要な判断の多さと重大さに対応する備えが間に合わない事態に追い込まれることが多い。その結果、備えのないチームが判断の誤り重ねることになる。

 この典型例として、ベルデン氏は2012年に米国オレゴン州のオンラインヘルスケアマーケットプレースの「Cover Oregon」が「オバマケア」の実装と同マーケットプレースがサポートするトランザクション処理システムの全面入れ替えを同時に実施しようとした事例を挙げる。最終的に3億ドルを超える資金が投入されたが、新しいシステムでは1件の保険契約申込も処理できなかった。

 「当初に描いたシナリオよりもプロジェクトの規模が大きくなりすぎ、期限に間に合わなかった」とベルデン氏は語る。必要な判断も下されず、オバマケアが課す厳しい期限を満たさなければならないことで、問題はさらに悪化した。Cover OregonがERPプロジェクトの規模を縮小してオバマケアに必要なことだけに限定していれば、このプロジェクトは問題なく完了しただろうとベルデン氏は続ける。

大きな教訓:時間枠を考慮してプロジェクトのスコープ(範囲)を限定する

2.当初の5倍の費用を投じたプロジェクトが中止に Israel Chemicalの狭すぎた視野

 どこに問題があるかをプロジェクト管理チームのメンバーが誰も理解していないときに、"時代の問題"が生じることがある。

 「過去に同様のプロジェクトを経験したことがあるかもしれないが、それは10〜15年も前のことで、そのプロジェクトで教訓を学んだ人は社内の別の部署に移動しているか退職している」(ベルデン氏)

 2014年にイスラエルのIsrael Chemicalが「SAP ERP」システムの実装に失敗した事例は、この好例だ。プロジェクトの費用は1億2000万ドルから5億ドル以上に膨れ上がり、最終的には同社CEOが辞任し、SAP ERPシステムの実装は全面中止された。

 ベルデン氏によると、同社CEOは最高財務責任者(CFO)の管理下にある社歴の浅い人材をプロジェクト担当者に任命したという。このプロジェクト責任者は、製造部門とサプライチェーンのニーズを考慮することなく、財務状況を適切にERPシステムに組み込むことに重点を置いた。その結果、新システム導入後、第一工場の従業員が暴動を起こした。

 「新しいシステムでは運用の整合性よりも財務状況の整合性が重視されていた」(ベルデン氏)

 教訓:社内の特定部門だけでなく、全従業員に配慮する

3.システム統合プロジェクトにハリケーン直撃で復旧に約6億ドル 災害時のテストを怠ったNational Grid

 英国の送電およびガス供給事業者National GridのERPシステム実装は、2012年に米国での全運用をSAP ERPシステムに統合しようとしたときに大型ハリケーン「ハリケーン・サンディ」が直撃したことで壊滅的な打撃を受けた。最終的には、このプロジェクトの撤収に2年の歳月と5億8500万ドルを要した。

 National Gridはインドのコンサルティング企業Wiproの協力を得て、欧州で同様のERPシステムの統合に成功していた。だが、ERPプロジェクトチームは欧州と大きく異なる米国の規制環境に苦戦した。Wiproはテスト結果に基づいてSAP ERPシステムが運用を開始できる状態にあると提案したが、SAP ERPシステムはハリケーン・サンディに見舞われたことで必要になった配電網の修理と緊急時の業務プロセスによって増大した負荷に耐えられなかった。負荷を増大させたのは、大規模修理に対応するために他の公益事業企業から作業者と資材の援助を受けるための特別な処置だ。

 「National GridのERP実装チームは理想的で問題がない場合のテストに重点を置いており、緊急時のシナリオのテストが不十分だった」とベルデン氏は指摘する。National Gridはハリケーンサンディが北上しているタイミングでシステムの運用開始を決めている。

重要な教訓:大規模ERPシステムの実装ではシステムの運用を開始する前に、あらゆる要素を評価することが不可欠

4. 言った通りにやってみたら5億ドル訴訟に ベンダーの主張についての確認を怠ったWaste Management

 2005年、米国の廃棄物管理会社Waste Managementは大規模SAP ERPシステムのインストールで幾つかの大きな問題に直面した。幾つもの問題と遅延に直面したのを受け、同社はSAPに対して5億ドルに上る訴訟を起こしたが、最終的には示談となった。

 SAPは18カ月かけてERPシステムを統合すれば年間1億600万〜2億2000万ドルの節約につながるという話をWaste Managementに持ち掛けた。

 米国のITコンサルティング企業Deepak Lalwani&Associatesでプリンシパル経営コンサルタントを務めるディーパク・ラルワニ氏によると、最大の問題は、Waste Managementが経営判断を下す前にSAPの主張を検証しなかったことにあるという。提案内容とERPシステムでの実現内容の間に大きなギャップがあることが判明するまでに時間はかからなかった。

教訓:ベンダーの主張は、社内の業務チームと技術チームによって検証することが重要

 「重要な機能の概念実証を行うことは大きなリスクの低下につながる」とラルワニ氏は語る。

5.売れ筋商品リリースをさばけず 非現実的な目標を掲げたナイキ

 Nikeは2000年に4億ドルを投じてERPシステムのアップグレードに着手したときには問題なく対応できると考えていた。だが、新しいERPシステムがスニーカー「AIR JORDAN」の注文に対応できなかったときには、1億ドルの機会損失による売り上げ減少と20%の株価下落を引き起こした。

 米国ニュージャージー州ブリッジウォーターに拠点を構えるSharpe Management Consultingの創設者であるアレックス・シャープ氏は指摘する。「ナイキは目標実現を楽観視し、システム運用開始前にビジネスプロセスが運用のニーズを満たしているかどうかの確認を怠った」

教訓:ERPシステムの実装計画ではERPの機能とプロジェクトのスケジュールに関して現実的な目標を設定することが重要

 運用と業務の要件は早い段階で定義して、システムの展開中はその要件に留意することをシャープ氏は推奨する。

 「システムの運用開始前にシステムを検査する十分な時間を確保して、解決しなければならない問題がないことを確認する」(シャープ氏)

6.任務に最適なパートナーを選ばなかったMillerCoors

 米国のビール会社MillerCoorsは、同社が抱える全ての財務システムを単一のERPシステムに統合して、コスト削減と運用の効率化を図るという大掛かりな計画に着手した。多数の不具合によって立ち往生していたプロジェクトの実現に向けて、同社は2014年にインドのHCL Technologiesと契約を交わした。だが、最終的にMillerCoorsはHCL Technologiesに対して1億ドルの訴訟を起こすことになり、問題が解決したのは2018年のことだった。

 ラルワニ氏によると、この問題の原因は、計画と設計の段階で十分な配慮がなされなかったことにあるという。加えて、多くの重大な不具合や問題が特定されたにもかかわらず、不具合や問題は修正されなかった。

 HCL Technologiesが得意とする分野はシステムの実装で、計画や設計ではなかった。

教訓:プロジェクトに適した専門知識を保有していることが重要

 「複数の企業を統合する際、ITは最も困難で高額な要素になることが多い。だが、計画と設計を急いで進めると、後でその報いを受けることになるだけだ」とラルワニ氏は語る。

7. 運用への影響を過小評価したレブロン

 2016年、米国の化粧品メーカーであるレブロンは米Elizabeth Ardenを買収した後、両社の全ERPプロセスの統合を試みた。2018年に運用を開始した新しいシステムは見事に失敗し、6400万ドルの売り上げ減少、6.4%の株価下落、投資家による訴訟を引き起こした。

 この失敗事例の主な原因は、新しいSAPのシステムを実装してMicrosoftとOracleのシステムを統合しようとする際にレブロンがSAPに関して経験に基づく専門知識を有していないことにあった。またERPのビジネスプロセスが意図した通りに機能することを確認せずにシステムの運用を開始していた。

 「運用のニーズと要件を満たさないシステムを展開すると、事業に悪影響を及ぼすことは少なくない」(ラルワニ氏)

教訓:ERPシステムの実装では、運用と業務の両面のニーズと要件に留意する

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