車載ソフトウェア市場の潮流が大きく変わり、データ分析人材の不足が深刻になっている。自動車メーカーはどのように確保しようとしているのか、各社の戦略を見てみよう。
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読者の皆さんは日々さまざまな記事を読む中で「〇年には△億円に拡大する」といった市場規模推移予測データを日々目にしているだろう。文字数が限られるニュースリリースでは予測の背景や市場を構成するプレーヤーの具体的な動きにまで言及するのは難しい。
本連載では調査データの“裏側”に回り込み、調査対象の「実際のところ」をのぞいてみたい。ちょっと“寄り道”をすることで、調査対象を取り巻く環境への理解がより深まるはずだ。
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連載第8回は前回(IT業界とモノづくり業界が「せめぎ合い」 自動車業界の“裏側”に迫る【前編】)に引き続き、車載ソフトウェア市場の実態を探る。市場の潮目が変わりつつある中で、日本の自動車メーカー(以下、OEM)(注1)や自動車メーカーに部品を供給するサプライヤー(Tier1)が抱える課題は何か。業界を問わず引っ張りだこのデータ活用人材を確保するために自動車メーカーが採っている戦略にも言及したい。
まず、市場規模の図を見てみよう。車載ソフトウェア市場規模は、2027〜2028年までは全体の7〜8割を占める制御系がけん引していく。2027〜2028年に制御系と車載IT系の構成比は半々になる。その後は車載IT系が徐々に優勢になり2030年に割合は逆転する。
現在OEMからの依頼で進められている車載IT系の成果物が実車に搭載されていったり、従来型の制御系ECU(Electronic Control Unit:自動車制御用コンピュータ)が車載IT系の構成要素の一つである統合ECUに収斂(しゅうれん)したりすることで、2030年には車載IT系は約75%、ECUを中心としたクリティカルな制御系は約25%になると予測している。
つまり、ここ数年間のうちに車載ソフトウェアは制御系から車載IT系に潮目が変わるということがこの市場規模推移から読み取れる。
潮流の変わり目は混乱が生じやすい時期でもある。課題となるのが「モノづくり側とソフトウェア側の文化の違い」だ。制御系と車載IT系は、完成度に対するスタンスや文化が大きく異なる。ドライバーや同乗者の生死に関わる制御系には、リアルタイム性や安定性・安全性が求められる。
かつてのステアリング機構にはボルト式やナット式、ラック&ピニオン式など機械的な手法が使われていた。その後、油圧パワーステアリングが普及し、最近はセンサーやECU、電動モーターを利用した電動パワーステアリングが主流になった。
機械式や油圧式から電動式への移行に当たって、機能向上と併せて重視されたのが信頼性の確保だった。特に電子回路が正確に動作しなければ、ハンドルが重くなりアシストが効かなくなる。人身事故につながる恐れもあるため、高い信頼性が要求されるのだ。
ステアリング機構にとどまらず、従来の装置をECUやアクチュエータ(actuator:エネルギーを機械的な動きに変換する装置)などに置き換える際は正確さや耐久性、操作性を確保しなければならない。そこで自動車メーカー各社はCPUを選ぶ際に性能よりも既に信頼性が確立していることを重視し、バグのない「枯れた」チップを採用してきた。
一方、車載ITでは信頼性や安全性以上にスピードが重視される。多少バグがあっても、リリース後にOTA(Over The Air:無線通信によってデータを送受信する技術)でバグを取り除き、逐次更新するアジャイル開発をベースにしている。従来OEMやTier1などが進めてきた制御系の「安全第一」とは正反対の考え方だ。
日本のOEMは、長年蓄積してきた正確性というアセットを抱えつつ、車載ITという新たなモビリティサービスを提供することが求められている。正反対の価値観を持つこの2つをいかにマネジメントするのか。現実解を見いだすべく試行錯誤している状況にある。
文化の違いに次ぐ課題が人材だ。中でも深刻なのが、ソフトウェア開発人材の不足だ。「車載ソフトウェアのアーキテクチャ」のうち、レイヤー2に登場するQNXをはじめとしたクローズドなOSとオープンソースソフトウェア(OSS)が使い分けられているが、多くのベンダーは「車載IT系は基本的にはOSSがベース」とみている。
今後、ボディー系の統合やADAS系(Advanced Driver-Assistance Systems:先進運転支援システム)の統合など、SoC(System on a Chip:全てのコンポーネントが実装された基盤)をベースとした統合ECUが登場する。センサーや通信データに加え、エンターテインメントやナビゲーション、決済など多種多様なデータの収集、蓄積が可能となる。こうした中で、データ解析から解析結果を生かしたサービス提供までを一貫して実施するSDV(Software Defined Vehicle:車載ソフトウェアによってクラウド経由で自動車の機能を更新することを前提に設計・開発された車両)の考え方は今後、拡大すると予想されている。
OEMが最適な車載アーキテクチャを検討する中で、クラウドと相性の良いOSSの活用が進むと筆者はみている。
特に、OSSに変更を加える際はミドルウェアレベルにとどまらず、カーネルまで手を入れることが必要だ。OSSのカーネルレベルまで手を入れられる人材は国内では稀有(けう)で、組み込み系に落とし込める人材は皆無に近い。従来、日本のOEMやTier1、2が取り組んできた「手の内化」(注2)が採りづらいことから、車載ソフトウェアを開発してきた協力会社が力を発揮する領域だろう。
ただし、OEMやTier1、2側は協力会社にアウトソーシングしながらOSSに関する知見を身に付けていくだろう。ミドルウェアはOEMが対応し、カーネルは協力会社側が対応する中で徐々に「手の内化」が進むと考えられる。もっとも、OSSは日々、世界中でパッチが当てられているため、全てを「手の内化」するのは難しい。カーネルを含めてOSSに関わる開発の一部は協力会社とともに開発するのが現実解となるだろう。
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