トヨタやホンダ、日産の「データ活用人材」確保戦略は? 自動車業界の“裏側”に迫る【後編】アナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう(2/2 ページ)

» 2024年04月19日 08時00分 公開
[山口泰裕矢野経済研究所]
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課題3:データ分析人材の不足

 ソフトウェア開発人材だけでなくデータ分析人材(データサイエンティスト)も不足している。OEMは車載ITによってさまざまなデータを収集し、「Hadoop」をはじめとするビッグデータ処理基盤に蓄積しようとしている。サービス開発や自動車開発などにデータ分析の結果をフィードバックするためには、PythonやR、SQL、Hiveといったプログラミング・クエリ言語を使えるデータ分析人材の確保が重要だ。

 主なOEMのデータ分析人材の採用状況を見ると(図3)、いずれも中途採用を中心にデータサイエンティストをしていることが分かる。

図3 主なOEMが採用しているデータ分析人材(正社員)の一例(出典:自動車メーカー各社の公式Webサイトや複数の転職関連Webサイトを基に矢野経済研究所が作成) 図3 主なOEMが採用しているデータ分析人材(正社員)の一例(出典:自動車メーカー各社の公式Webサイトや複数の転職関連Webサイトを基に矢野経済研究所が作成)

 トヨタ自動車や本田技研工業は新卒採用にも取り組んでいる。なお日産自動車はこの両社と異なり、新卒採用は「事務職コース」(文理共通)、「技術職・技能職コース」(理系)のみだ。

 本田技研工業は、データ分析人材の有期雇用(1年更新で最長5年。正規登用あり。年収は1000万〜2000万円)を実施している。データ分析人材はグローバルで獲得競争が起きているため、引き抜きを想定した上で有期雇用として確保しようとする動きは本田技研工業以外にもみられる。

 なお、転職関連のWebサイトに記載されている年収や応募資格をみると、トヨタ自動車や本田技研工業は第二新卒からベテランまで幅広く採用対象としているのに対し、日産自動車は中堅以上のベテランを中心に採用したいという意図がうかがえる。

他国も起きている「潮流の変わり目の混乱」 中国はどうしている?

 実は、潮目が変わる際の混乱が起きているのは日本だけではない。ここで中国の動きもみておこう。中国政府は気候変動対策の一環として省エネルギーを重視している。環境負荷がエンジン車に比べて低いとされる電気自動車(EV)をはじめとする新エネルギー自動車(NEV)の普及に向けて補助金の支給や購入税の免除といった施策に加えて、充電ステーションなどのインフラの設置に積極的に取り組んでいる。

 2022年時点で公共のEV向け充電器は約176万基(うち急速充電器基:76万基)だ。米国は約12万基、日本は2.9万基であることを踏まえると、圧倒的に普及していることが分かる。

 他方、規格の非統一など不完全な部分も多い。2023年6月に中国政府は「質の高い充電インフラシステムのさらなる建設に関する指導意見」(国弁発〔2023〕19号)」を発表した。同意見は、2030年までに都市部だけでなく農村部も含めた広範囲をカバーし、質の高い充電インフラの構築を掲げている。

圧倒的な開発スピードと安全性への懸念

 こうした背景から中国では、新エネルギー車を生産する自動車メーカーが約300社に上り、開発を競っている。しかし、中国の自動車メーカーは日本のOEMのような長年の自動車開発経験がなく、特に制御系の基礎技術や経験に乏しい。そのため、海外のOEMの技術を積極的に取り入れている。PoC(Proof of Concept:概念実証)から新車としてリリースまでかかる期間はわずか14カ月だという。

 この圧倒的な開発スピードの背景には、設計や製造ノウハウを外部から吸収するスピードの速さに加えて、TeslaのようなITならではのアジャイル開発手法といったアプローチがあると筆者は推察している。ただし、中国製BEV(Battery Electric Vehicle:純粋な電気自動車《EV》とプラグインハイブリッドカー《PHEV》)にバッテリーの発火やセンサーの誤認といった不具合が起こったことを受けて、中国国内では安心・安全を問題視する声が上がりつつある。

終わりに

 車載ソフトウェアの潮流が制御系から車載IT系に変化する時期にさしかかっていることがお分かりいただけただろうか。新たな手法が優勢になる中で考え方の対立が起こる、われわれアナリストにとって最もエキサイティングな時期だ。今後はより一層、車載ソフトウェア市場の動向を注視し、市場規模調査レポートなどの形で発信していきたい。

(注1)自動車業界ではトヨタ自動車や日産自動車のような完成車メーカーを「OEM」と呼ぶ。他業界のような委託生産を手掛ける事業者ではない。

(注2)外注していた開発を自社グループで内製化すること。主に自動車業界で使われる用語。

筆者紹介:山口 泰裕(矢野経済研究所 ICT・金融ユニット 主任研究員)

2015年に矢野経済研究所に入社後、主に生命保険領域のInsurTechやCVCを含めたスタートアップの動向に加えて、ブロックチェーンや量子コンピュータなどの先端技術に関する市場調査、分析業務を担当。また、調査・分析業務だけでなく、事業強化に向けた支援や新商品開発支援、新規事業支援などのコンサルティング業務も手掛ける。


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