SUBARUが脱出した「データの三重苦」 データ基盤統合で生まれた「3つの効果」を紹介「ITmedia DX Summit Vol.16」開催レポート

「100年に1度の大変革期」と言われる自動車業界では、業務基盤の強化とDX推進が最重要課題となっている。SUBARUが取り組むデータマネジメントを通じた「データ価値の最大化」とデータ活用推進活動を紹介する。

» 2023年09月29日 15時20分 公開
[山下竜大ITmedia]

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 全社的なデータ活用をどのように進めるのかは企業にとって重要課題になっている。特に、歴史の長い企業にとってはこれまでに確立された業務プロセスや社風などが、データ活用にとって不可欠な部門横断的な取り組みとの間に齟齬(そご)を産むことも多い。

本稿は、アイティメディアが主催したイベント「ITmedia DX Summit Vol.16 データドリブン組織を活性化させるデータ基盤の作り方」(2023年6月開催)でSUBARUの野口清成氏(IT戦略本部 デジタルイノベーション推進部 兼 情報システム部担当部長)が「全社的データ統合基盤で実現するデータ利活用推進」をテーマに話した内容を編集部で再構成した。

イノベーションによる新たな100年への取り組みを推進

 SUBARUは航空機メーカーの中島飛行機(1917年の創立時の名称は飛行機研究所)を前身としている。第二次世界大戦後にGHQ(連合軍総司令部)によって実施された財閥解体に伴う企業分割を経て、旧中島系の主要企業が共同で1953年に富士重工業を設立し、2017年から現在の社名を名乗っている。現在は自動車と航空宇宙の2つの事業を展開し、自動車事業の世界市場におけるシェアは約1%だ(注1)。「選択と集中」「差別化」「付加価値」の3つを経営戦略の柱として、「お客さま第一」を基軸に「存在感と魅力ある企業」を目指している。

SUBARUの野口清成氏:1989年富士重工業(現SUBARU)入社。電子制御エンジン開発や制御システム開発に従事。2000年より戦略的IT企画に従事し、E-BOMなど自動車開発の基幹業務システム構築と運用に携わる。2012年よりコネクテッドカーの企画と開発に携わり、北米テレマティクス「SUBARU STARLINK」を2015年にローンチ。2019年より中期ビジョン「STEP」における「強固なブランド構築」の実現に向け、「SUBARU DIGITAL INNOVATION」活動を推進中。 SUBARUの野口清成氏:1989年富士重工業(現SUBARU)入社。電子制御エンジン開発や制御システム開発に従事。2000年より戦略的IT企画に従事し、E-BOMなど自動車開発の基幹業務システム構築と運用に携わる。2012年よりコネクテッドカーの企画と開発に携わり、北米テレマティクス「SUBARU STARLINK」を2015年にローンチ。2019年より中期ビジョン「STEP」における「強固なブランド構築」の実現に向け、「SUBARU DIGITAL INNOVATION」活動を推進中。

 SUBARUは同社独自の水平対向エンジンと四輪駆動システムを組み合わせた「シンメトリカルAWD」による走行性能や安全性能を強みとし、ツーリングワゴンやスポーツユーティリティビークル(SUV)などの新しいセグメントに活路を見いだしてきた。野口氏は、「身の丈をわきまえながら“隙間”を見つけてがんばっている会社です」と話す。

 2022年5月にはEV(電気自動車)の「SOLTERRA」(ソルテラ)を発表した。究極の“ぶつからないクルマ”を目指した独自技術「アイサイト」によって追突事故を83.8%低減するなど、新しい付加価値についても積極的にチャレンジしている。近年は「環境に配慮したクルマ」をキーワードとした取り組みを推進している。

 野口氏はSUBARU入社後、電子制御エンジン開発や制御システム開発に従事した後、戦略的IT企画に携わり、E-BOM(Engineering Bill of Materials) など自動車開発の基幹業務システム構築と運用を担当した。2019年からは、中期ビジョン「STEP」における「強固なブランド構築」の実現に向けて「SUBARU DIGITAL INNOVATION」活動を推進している。

 野口氏は「自動車業界は、実はシンプルな単一ビジネスモデルです。メーカー間の競争は激しく厳しいものの、新車の開発費や工場への設備投資などの比重が大きく新規参入しにくいのが特徴です。ただし、2016年ごろから提唱されているCASE(Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)による新たな技術革新も始まっています」とSUBARUを取り巻く経営環境を説明した(以下、特に断りのない会話文は野口氏の発言)。

 SUBARUは、2017年に迎えた創業100周年を期に社名を富士重工業からSUBARUに変更した。歴史と伝統を維持しながら、新たな100年の道筋をつけるイノベーションを推進している。SUBARUがその中で重要視しているのがDX(デジタルトランスフォーメーション)のアプローチだ。

デジタルイノベーションラボでデジタルやデータを活用

 経済産業省は、DXを「製品やサービスのビジネスモデルを変革すること」「業務や組織、プロセス、企業文化を変革していくこと」と定義している。「この定義はまさに目指したい姿です。しかし、歴史の長いSUBARUにとって、これまでの業務スタイルやコンサバ(保守的)な社風などがDX推進の足かせになっていました」

 SUBARUらしいデジタル化をいかに推進していくか。試行錯誤した結果、「コトづくりによる新たな価値の創出」と「従来の業務や組織、プロセスを変えるモノづくりの強化」という2つのアプローチによって「データとデジタル技術を活用してSUBARUブランドとお客さまとの結び付きを強くする」ことをDX推進のゴールとすることになった。

図1 モノ作りの強化とコト作りのデジタル化でDX推進のゴールを目指す(出典:野口氏の講演資料) 図1 モノ作りの強化とコト作りのデジタル化でDX推進のゴールを目指す(出典:野口氏の講演資料)

 具体的な取り組みについて、野口氏は「2019年にデジタルイノベーションラボを立ち上げ、デジタルやデータを活用して業務を大きく変えることを目指しています。“企画や開発、製造、販売という従来のモノづくり領域”と“お客さまに新たな体験を提供するコトづくりの領域”の2つのアプローチに取り組んでいます」と話す。

 コトづくり領域では、顧客にどのような体験を提供すればSUBARUのファンになってもらえるかに関する行動分析を実施することで、「顧客が求める情緒的な価値とSUBARUの機能的価値が重なる瞬間に親しみ、愛着心が深まっていく」というロジックを発見した。この分析結果から生まれたのが、新しい体験型のドライブアプリ「SUBAROAD」(スバロード、2021年12月リリース)だ。

 SUBAROADが提供する新しい体験とは何か。一般的なカーナビが目的地までの最短ルートや最速ルートを案内するのに対して、SUBAROADが案内するのは「遠回りだが、景色が良いコース」や「走りがいがあるコース」だという。

図2 SUBARUが変革していくためのアプローチ(出典:野口氏の講演資料) 図2 SUBARUが変革していくためのアプローチ(出典:野口氏の講演資料)

データ活用におけるデータ統合基盤

 SUBARUは、データ活用に当たって業務システムの見直しを実施した。従来の業務システムは個別最適で開発されていたために、システムもデータもサイロ化していた。データを分析しようとすると、分析者はさまざまなシステムからデータを収集、ダウンロードして「Microsoft Excel」でまとめる手間がかかっていた。その結果、データを探せない、見つけられない、分からないという「データの3重苦」に陥っていたという。

 こうした状況を打破するために、商品の企画から設計、製造、販売に至る車両の生涯情報を車両識別番号(VIN)によって一貫して捉えるために全社データ統合基盤を構築した。品質の課題や法規への対応、顧客接点の理解など多面的な課題に対応しながら、将来的に新たな価値創造につなげることを目指している。

図3 情報を一元管理する全社データ統合基盤を構築(出典:野口氏の講演資料) 図3 情報を情報を一元管理する全社データ統合基盤を構築(出典:野口氏の講演資料)

 野口氏は「従来のような業務ごとではない、全社的、部門横断的な視点でのシステム企画が必要でした。全社最適を意識しながらデータを一元的に管理、活用して新たな業務プロセスに変革しながら車両の生涯情報を部門横断的に整備する“グローバルPLM(Product Lifecycle Management)活動”をスタートしました」と話す。

 グローバルPLM活動とは、車両のライフサイクルを効果的に管理することを目的として、品番とVIN、顧客IDを軸に有機的に情報をつなげるプロセス改革だ。本部の一部でスタートしてから約3年経過し、現在は全社的な活動に成長した。最大のポイントは、グローバルPLM活動を「システム化の活動」ではなく、「プロセス改革の活動」と定義したことにある。

 SUBARUはこの取り組みを実現するために組織体制を「プロセス改革活動」「データガバナンス活動」の2つに分けた。

図4 組織を「プロセス改革活動」「データガバナンス活動」の2つに分けた(出典:野口氏の講演資料) 図4 組織を「プロセス改革活動」「データガバナンス活動」の2つに分けた(出典:野口氏の講演資料)

 プロセス改革活動では、IT戦略本部が複数のプロセス改革活動をデータで横串を通し、整合性をとっていく。参加する全メンバーが活動の趣旨を理解し、共通の目標を目指すことで全社横断的なDXを推進する。同時に複数のエリアでPoC(概念実証)を実施して実現性や有効性を確認し、「結果が期待できる」と判断した場合はシステム企画を立案し、推進する。

 データガバナンス活動とは、各部門からメンバーが参加して、データを適切に処理できるようにするために管理する「データスチュワートシップ」を推進する取り組みだ。データアーキテクトとデータスチュワートが中心となって、取り扱うデータや情報を議論してデータの意味付けを定義したり、DWH(Data WareHouse)のデータモデルに反映したりする。この2つの活動を両輪としてプロセスが回り始めているという。

 「データ統合基盤の開発に当たってまず考えたのがデータ戦略です。データ統合基盤の目標は、データがつながることで新たな価値を創出することにあります。あらゆるデータをつなぎ、客観的事実に基づくデータや統計値から新たな切り口や事実を『見える化』し、高い信頼性のデータで経営判断や部門判断、業務の方向性などの高度な業務判断に活用します」

 SUBARUのデータ統合基盤開発の第1期におけるポイントは2つある。一つは企業活動の基礎となるデータを蓄積する基盤システムを作ること、もう一つが社内外のさまざまなシステムと連携する環境でETL(Extract, Transform, Load)環境を整備することだ。蓄えたデータを最大限に活用できる環境として、「見える化」のためのBI(Business Intelligence)ツールの活用や、データガバナンス活動にも取り組んでいる。データガバナンスに関しては、米国の非営利団体DAMA International(Data Management Association International)が発行した世界標準のデータマネジメント知識体系ガイド『DMBOK2』(Data Management Body Of Knowledge version2)をリファレンス(参考文献)として基本方針を整備し、データ標準やデータ品質の信頼性を確保するための運用活動を推進している。

 「大量のデータがあっても、素性が分からず信頼できないデータは怖くて利用できません。データを活用してもらって初めてデータ統合基盤は役に立ったといえます。安心してデータを活用してもらうためにデータガバナンスをはじめ、データモデルやメタデータの管理、連携・活用ツールの整備などの活動も推進しています」

データ統合基盤による「3つの効果」

 データ統合基盤の取り組みは、既に効果が出ているという。

事例1:品質領域

 米国での販売比率が高いSUBARUは、米国の顧客から受けた指摘を収集してきたが、担当者中心のデータ分析となり、分析および改善のスピードが不足していた。そこで、データ可視化・分析ツールの「Tableau」を導入して、ダッシュボードをセルフサービスBIで作成した。過去に実施した対策実績データや事象データなどをテキストマイニングや独自に作成したAI(人工知能)のモデルによって分析、分類した。分析スピードが向上したことで、最適な対応が判明した後に次のアクションにスムーズにつなげられるようになった。

図5 品質領域における効果(出典:野口氏の講演資料) 図5 品質領域における効果(出典:野口氏の講演資料)

事例2:販売促進領域

 これまで「購入見込み客」を判断する基準は主に個人の経験に基づいていた。そこで顧客の属性や行動を分析することで状況を判断し、状況に合わせたコンテンツやインセンティブをCRM(顧客関係管理)の「Salesforce Marketing Cloud」を通して提供するようにした。Tableauで顧客により有益な情報を提供するように改善を図り、販売担当者の工数を削減しつつ自動車販売につなげるアプローチを実現した。

事例3:製造領域・工場デジタル化

 これまで製造担当者は自身が担当する工程における情報を「紙」に残し、手作業でPCに入力していた。改善後は、スマートデバイスで収集したデータをTableauでリアルタイムに分析することで、製造時に発生した不具合の分析時間を半減できた。分析作業にフォーカスすることで分析内容が高度化した。この結果、完成車の品質改善がスピードアップした。また、「不具合が発生した車を市場に流さないように食い止める」という従来の意識から、「不具合品を出さない」という意識に変化した。SUBARU全体の自工程保証(注2)意識の醸成と「現場力」の向上につながった。

 データ統合基盤の最終的なイメージは、設計から製造、アフターマーケットまで一貫して利用される「巨大な樹木のような存在」だ。BOMを情報の“幹”としてデータの一意性を確保しながら、全社に横串で一貫して管理する重要な情報資産という位置付けで維持、管理することを目指す。

 SUBARUの今後の課題は何か。野口氏は「データ活用の分野においては一にも二にも人材育成が重要です。非常に専門性の高い領域であり、人材の採用は困難です。一方、社内でデータ活用の機運が高まっているので、専門家の支援を受けながら人材を育成したいと考えています」と人材育成の必要性を強調した。

 今後の取り組みについては「自動車業界は変化が激しいので、変化や多様化していく業務に的確に対応するために、よりデータドリブンな業務運営を定着させ、セルフサービスBIで誰もが自由自在にデータを活用できる環境の提供やスキルの習得によってイノベーションを推進していきます」と話し、講演を締めくくった。

(注1)SUBARUとはどんな会社?

(注2)自分が担当する工程で不良が発生しないようにすること。

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