「SIビジネスモデルは崩壊する」 業界歴40年のPMがこう断言する理由SIerはどこから来て、どこへ行くのか

日本企業のITシステムを長年支えてきたSIerやSIビジネスを取り巻く環境が変わりつつある。SIビジネスに40年以上携わってきた筆者が、「SIビジネスモデルは崩壊する」と断言する理由とは。

» 2024年09月27日 14時00分 公開
[室脇慶彦SCSK株式会社]

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この連載について

 ユーザー企業にとって、SIerはITシステムの導入から運用、故障時の対応や更新などに欠かせない存在です。

 ただし、その関係性はと言うと、対等なパートナーと言うよりも、ユーザー企業はSIerに対して「ITのことは全て任せたい」といった丸投げをしがちで、SIerも「お客さまであるユーザー企業の要望は断りづらい」ために、ユーザー企業のITシステム全体の最適化よりも、その場その場のニーズへの対応を重視しがちな「御用聞き体質」が指摘されてきました。

 しかし今、DX案件の増加やIT人材の慢性的な不足、ユーザー企業の内製化志向などのさまざまな環境変化によって、ユーザー企業とSIerとの関係は変わらざるを得なくなりつつあります。

 この連載を通じて、SIビジネスを取り巻く構造的な問題を掘り下げ、ユーザー企業とSIはどのような関係を目指すべきなのかを探っていきます。

 40数年にわたってSI(System Integration)業界で過ごしてきた筆者にとって、SIビジネスは筆者自身の歴史であり、生きがいでもある。SIビジネスの中核的な技術は、ITプロジェクトのプロジェクトマネジメント(PM)技術であり、筆者のコアスキルでもある。PMを極めることが筆者の生きざまを作ってきた。

 しかし、PMを極めれば極めるほど、現在のITシステム開発の在り方では対応できない問題が浮き彫りになってきた。10年以上前から、日本のソフトウェア開発が完全に行き詰まっていることをひしひしと感じている。

SIビジネスの崩壊を後押しする「3つの課題」

 筆者が感じているSIビジネスの課題は多くあるが、主な課題を3点挙げる。

1.トラブルリスクを増大させる「IT負債」

  ソフトウェアを開発する場合、該当のプロジェクトの最適化と達成を優先させてきた。あくまでも、担当プロジェクトの成功がPMにとっても、顧客にとっても最優先と考えてきたからである。

しかし、結果的には、顧客ITシステム全体での最適化は無視された。顧客企業全体で見ると、ITシステムは複雑度を増し、さまざまなシステム基盤(メインフレームやサーバ、Web、クラウド)を生み出し、つぎ足しに次ぐつぎ足しで複雑な構成になった。まるで、つぎ足しを繰り返している古い温泉旅館のような様相だ。

 さらに、部門ごとにITシステムを開発してきたため、データの定義の統一化や、重要な情報である要件定義書などの設計書の統一、あるいは設計書の管理基準などが策定されていない。

 結果、複雑で巨大で、内容がブラックボックス化したレガシーシステムとなった。維持コストの増大により、レガシーシステムにかかる費用はITコストの8割を占めている。ITシステムの対応力は著しく低下し、トラブルリスクの増大を招いている。まさに技術的負債となっている。

 これを筆者は「IT負債」と呼んでいる。この状況は、現場の多くのSEは気付いているが、対応を求められることを恐れるために、顧客に指摘することを【躊躇(ちゅうちょ)している】。対応方法が分からないからである。

 それなら対応方法を考えればいいのだが、多くのSIerは思考停止に陥っているようだ。 “噴火”に向けてマグマは着実にたまり、リスクは確実に増大している。

2.ITシステム化の適応範囲の拡大

 従来の経費精算や申請・承認などの決まりきった業務のITシステム化から、プロセスや内容がはっきりしない業務にITシステム化の適応範囲が広がっている。

 例えば、新事業におけるITシステム開発は、顧客の反応を見ながら業務要件を見直すなどの柔軟な対応が必須になる。こうした案件に対して、SIerは「要件を確定しなければ、手戻りが発生してコストや時間がかかる」と消極的だ。なぜなら、プロジェクトの成功の最も重要な鍵は「要件変更を最小限にすること」だと考えられてきたからだ。

 アジャイル開発が提唱されて10年以上たつが、大手のSIerが手掛ける案件でアジャイル開発で進められるものは極めて少ない。

 ITシステム開発の本来の目的は、プロジェクトの完遂ではなく、ITシステムによって顧客にもたらされるメリットの最大化だ。現在の開発方法では顧客のニーズに対応できないならば、対応する方法に変革することこそが、ITエンジニアの本分なのではないか。既存の開発方法にこだわるのは、ITエンジニアの傲慢と怠慢なのではないだろうか。それこそが、アジャイル開発に適応できていない根本原因なのではないかと筆者は思っている。

3. ITシステムの内製化を進めるユーザー企業

 実は、筆者は「ITシステムは道具だ」と長い間思ってきた。しかし、ITシステムがトラブルを起こすと、みずほフィナンシャルグループのように頭取の退任を招き、グリコのように業績に多大な悪影響を及ぼすことになる。これらはまさに「2025年の崖」で危惧されていたような事例だ。筆者はこうした事例を見て、企業におけるITシステムの位置付けを見直すべきだと考えるようになった。

 ITシステムは、企業活動を支える最も重要な機能の一つであり、身体に例えると「心臓」だ。壊れたら簡単に取り換えられる道具ではなく、身体の一部であり、唯一無二の臓器だ。

 自社の業績を何よりも気に掛けるCEOは多いが、事業の基盤を支えるITシステムを他人であるSIerに任せて大丈夫だろうか。

 CIO(最高情報責任者)が存在しない企業は論外だが、全てのCIOが企業全体のITシステムを見据えた上で、ITシステムを論じるエンタープライズアーキテクチャを意識した活動が実施できているだろうか。それを実行できるだけの権限をCEOから委譲されているだろうか。

 いずれにしても、ユーザー企業は「ITシステムの主権」を外部から取り戻さなくてはならない。そのためにはITシステムの内製化は必須条件だ。

 これらの課題について問題視する声は世間ではまだ少数派なのではないか。実は多くの関係者は薄々気付いているが、「パンドラの箱」のように、リスクを増大させ、課題解決の難易度を上げつつ次世代に引き継がれてしまうのではないか。

 もう一つ重要なのは、SIビジネスモデルが「強力」であるがゆえに、顧客もSIerも現状を変革できないということだ。このSIビジネスモデルの強力さを理解していなければ、対応方法を大きく間違えることになる。

 次回は、SIビジネスの強みについて解説する予定だ。

著者紹介:室脇慶彦(SCSK顧問)

むろわき よしひこ:大阪大学基礎工学部卒。野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)執行役員金融システム事業本部副本部長等を経て常務執行役員品質・生産革新本部長、理事。独立行政法人 情報処理推進機構 参与。2019年より現職。専門はITプロジェクトマネジメント、IT生産技術、年金制度など。総務省・経産省・内閣府の各種委員等、情報サービス産業協会理事等歴任。著書に『SIer企業の進む道』『プロフェッショナルPMの神髄』など。

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