「IT商材を売るSIer」はもういらない ユーザー企業視点で“共創パートナー”について考えてみた甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」

DXや「2025年の崖」対策などITプロジェクトが増える中、筆者は「日本のSI業界は、売り手市場になっている」と指摘します。SIerが顧客や案件を選別する時代に入った今、ユーザー企業はSIerに対する認識をどのように見直すべきでしょうか。

» 2023年12月08日 08時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

この連載について

 IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?

 もちろん常識は重要です。一生懸命に仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。

 ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っていると言えるかもしれません。

 この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。

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SIerが「顧客を選別する時代」がやってきた

 今、多くの国内ユーザー企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)や「2025年の崖」対策などのITプロジェクトで大忙しのようです。その結果、クラウドネイティブシフトやネットワーク刷新など、将来に備えてやらなければいけないことであっても喫緊の課題でなければどんどん先送りになっている企業が多くあります。

 ユーザー企業に限らず、これらの企業を顧客に持つSIerも同様に忙しいようです。特に大手SIerは「猫の手も借りたい」状態が続いています。

 このように「売り手市場」になっている日本のSI業界ですが、SIビジネスの基本は人的リソースの提供であるため、全ての引き合いをこなすことはできません。その結果、SIerが顧客や案件を選別する動きが強まっています。利益や売り上げのより多い顧客を志向する傾向にあるのです。

 一方、ユーザー企業からすると、提案を依頼したSIerに断られることが増えたため、無駄な労力を使わないためにも自社に向き合ってくれそうなSIerを求めてふるいにかける傾向が強まっています。ユーザー企業にとって、今は中長期的パートナーを選別する良いタイミングだといえるでしょう。

共創可能なパートナーの必要性

 ユーザー企業における内製の動きが盛んになり、生成AI(人工知能)のような先進テクノロジーがますます進化したとしても、自社(IT子会社を含む)だけでIT活動の全てをまかなえる企業は非常に少ないと筆者はみています。

 新規アプリケーション構築プロジェクト一つをとってみても、構想策定やプロジェクト企画、アーキテクチャ策定、基本設計、詳細設計、実装、運用、保守などさまざまな場面でITの専門家集団であるSIerの支援を必要とするケースが発生するはずです。その際に、単なる工数提供のビジネスや価格交渉の駆け引きに時間をかけるSIerを選定すべきではありません。

 これからのSIerとの付き合い方はどうあるべきでしょうか。「売り手」「買い手」といった単純なビジネス構造で考えるのではなく、ユーザー企業のビジネス推進を支える中長期的なパートナーとしてSIerを考えるべきだと筆者は思います。お互いに新しい価値をもたらす相手、つまり「共創相手」とみなせるSIerをユーザー企業は探すべきなのです。

「ソリューションを売るSIer」は共創パートナーとして失格

 そもそもSIerという業態自体、ほぼ日本独自のものといってよいでしょう。SIerのビジネスにはシステム開発やシステム運用保守、商品開発、販売代理店などいろいろな側面があります。海外では、これらのビジネスを全て手掛ける企業は少ないのです。SIer自身も、自社がデベロッパーなのか代理店なのか分からなくなって悩んでいることでしょう。

 「顧客に寄り添う」ことをモットーとしているはずなのに、運用業務の売り上げ減少を避けるためにパブリッククラウド導入に猛反対するSIerも多く存在します。顧客のためのシステム開発にもかかわらず、自社の売り上げ増大を最優先するSIerが多いのが現実です。

 では、共創相手としてふさわしいSIerを選定するにはどうしたらよいでしょうか。

 一番手っ取り早い方法は、「ソリューション」と称されるSIerが担ぐ商材を売り込んできたらNGと判断することだと筆者は考えています。以前に別の連載でも書きましたが(注)、SIerが言う「ソリューション」とは決して「解決策」ではありません。単なるIT商材です。本当に顧客のためを考えるのであれば、競合他社のIT商材を使ってでも顧客にとって有意義な提案をすべきではないでしょうか。

 もっとも、案件ごとに異なるSIerを選択してきたユーザー企業にも問題があります。SIerから見てその顧客は中長期的に付き合える相手なのか、それとも1つの案件限りの相手なのかが分からなければ、短期的な売り上げ・利益の確保に走って「ソリューション」を売る方向にかじを切るのは仕方がないことです。

 前回の連載で筆者は「ユーザー企業がイニシアチブを取ってIT業界の未来を創るべきだ」と書きました。そのための第一歩として、お互いに成長できる中長期的なパートナーとしてSIerを選定すべきですし、そのような方針を打ち出していることをSIerに公表すべきだと筆者は考えています。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

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