生成AIの「内製」へのインパクトは大きい 「個性を殺すビジネスモデル」の終わりが始まる甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」

生成AIを実際の業務に生かす企業が増えている今、筆者は「内製」へのインパクトの大きさを指摘します。生成AIを生かして内製を進めることで国内のIT業界に起こる変化とは。

» 2023年11月10日 08時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

 IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?

 もちろん常識は重要です。一生懸命に仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。

 ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っていると言えるかもしれません。

 この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。

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生成AIによる内製へのインパクトは大きい

 国内ユーザー企業の内製指向が強まっています。「内製」とは、アプリケーションなどの開発を自社で行うことを示します。これと対応するのが、外部SIerに開発を委託する「外製」です。

 筆者が所属するITRが2022年11月に国内ユーザー企業(IT子会社を含む)を対象に実施した調査によると、内製を指向する企業が67%に上ったのに対し、外製を指向する企業は26%にすぎないことが分かりました。

 ITプロジェクトの企画や基本設計、詳細設計、テスト、運用保守、プロジェクト管理といった全ての領域において、自社主導で行う企業の方がSIerに委託する企業よりも圧倒的に多いことも分かっています。

 このようにSIerに頼らない国内ユーザー企業が増加しているということは、日本のSIエコシステムが崩壊の危機にあることを意味しています。現時点では、国内ユーザー企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)活動の影響からどのSIerも業績は良好のようですが、それは長く続かない可能性が高いことをデータは示しています。

 内製指向が強まった背景には、PaaS(Platform as a Service)やFaaS(Function as a Service、サーバレス)、IaaS(Infrastructure as a Service)などのクラウドサービスの普及、ローコード/ノーコードの「進化」があると筆者は見ています。

 この調査が実施された時期はまだ対話型生成AI(人工知能)の「ChatGPT」はメディアで大きく取り上げられていませんでした。ChatGPTをはじめとする生成AIの大きな可能性を多くの国内ユーザー企業が認知し始めた今、内製指向はさらに強まっていると筆者は予想しています。それは、生成AIが次の3つを強力に支援することをユーザー企業が知っており、先進的な企業は生成AIの活用に既に取り組み始めているからです。

  1. アプリケーション実装のためのコーディング
  2. システム自動運用のためのコード自動生成
  3. テスト自動化のためのコード自動生成

外製のメリットは「開発リスク回避と完成責任の確保」だけ

 筆者は内製の重要性を長年にわたって訴えてきました。内製は下記4つのいずれにも有効だからです。

  1. 開発スピードやアジリティ
  2. 先進テクノロジー活用
  3. 専門性の獲得
  4. 開発コスト

 外製は要件提示や見積もり、SIer選定などの手順が必要です。設計や実装においても自社とSIer間に交渉が発生するため、何をするにも時間がかかります。

 また、「SIerは専門家集団なので自社よりも先進テクノロジーに強い」と考える人も多いと思いますが、多くのSIerは顧客企業のニーズがないものには積極的に取り組みません。AIやIoT(モノのインターネット)、XR(Cross Reality)といった先進テクノロジーの多くは、ユーザー企業にニーズが発生するよりもかなり前に市場に登場します。受託した要求を受けて対応するSIerの先進テクノロジーへの取り組みは実はとても遅いのです。内製の場合、自社に必要なテクノロジーを主体的に選定、活用できます。

 「専門性の獲得」についても内製が有利です。もちろん、ユーザー企業よりSIerの方が専門家の数は多いですが、自社プロジェクトで必要とする分野に長じた専門家をSIerから起用できる確率は極めて低いと筆者は考えています。仮に起用できたとしても、その専門家を長期的に確保することは困難です。

 内製推進企業であれば、どの技術分野に集中すべきかを理解しているので、「専門性の獲得」は外製よりも容易です。コストに関して内製が圧倒的に有利なのは論をまちません。

 なお、内製の場合、開発時のリスクおよび完成責任は自社が負うことになります。それに対し、外製の場合はSIerが負ってくれます。

 ここまで述べてきたメリットとデメリットをどう考えるべきでしょうか。筆者は「外製のメリットは開発リスク回避と完成責任担保だけ」と言っても過言ではないと考えています。

ユーザー企業がイニシアチブを取ってIT業界の未来を創る

 昨今の日本では非常に多くのDXプロジェクトが進行されています。本来、DXプロジェクトは従来のシステム開発とはアプローチを大きく変える必要があるものですが、DXプロジェクトを受託した国内SIerのビジネスモデルは、多重下請け構造に支えられる旧態依然としたものです。

 DXプロジェクトを受託したSIerは下請けのSIerに委託し、そのSIerは孫請けのSES(System Engineering Service)を活用します。その中身は極めて単純な工数ベースのビジネスです。エンジニア個々人の個性や生産性を十分に評価せず、開発されたアプリケーションの価値ではなく開発作業に投じた時間でコストが発生するのです。

 実際の開発作業が、あらかじめ提供された開発テンプレートの単純な“コピペ”であったり、行数稼ぎのコーディングであることも珍しくありません。キラキラしたDXプロジェクトの影には、個性を押し殺すようなビジネスモデルが厳然として存在します。エンジニアとして成長しなくても、時間さえ費やせばビジネスになるのです。このようなビジネスモデルが未来永劫(えいごう)続くはずがありません。ユーザー企業もSIerも、お互いに尊重・成長できるビジネスモデルを模索する必要があると筆者は強く思います。

 国内SIerのビジネスの中心は受託業務です。顧客であるユーザー企業の要求がないものには触手を伸ばしません。ユーザー企業が従来型SIモデルを否定して、自社の内製推進活動の中長期的なパートナーとしてSIerを選定し、SIerの変革や成長を促す必要があると筆者は考えています。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

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