日本企業のデジタル化、DX推進は進展しつつあるが、中堅・中小企業の動きが重い。日本企業のIT調達の裏側を支えるディストリビューターはこの状況をどう動かす考えだろうか。
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国内大手ITディストリビューターの1社であるSB C&Sは、全国の販売ネットワークを通じて、中小企業のIT施策の裏側を支える企業の一つといっていいだろう。同社は近年、販売パートナーと連携して企業のクラウドシフトを推進、企業のDX支援に向けたプラットフォーム構築や技術者育成にも乗り出している。2024年4月にSB C&S社長に就任した草川和哉氏(代表取締役社長 兼 CEO)に今後の日本企業におけるDX進展の展望を聞いた。
――社長に就任してから半年がたちました。前任の溝口泰雄社長(現・代表取締役会長)の時代から、3つの成長戦略として「事業領域の拡大」「ビジネスモデルの進化」「サブスクリプションモデルの拡大」を掲げていますが、この方針に変化はあるでしょうか。
草川和哉氏(以下・敬称略): ソフトバンクは、1981年にソフトウェア流通業として創業し、成長発展してきました。SB C&Sはソフトバンクの祖業であり、歴代社長の系譜を見ても身が引き締まる思いです。
当社はB2BのIT流通業として、4000社を超えるITベンダーが販売する製品、サービスと、その製品を企業に導入、運用する約1万3000社の販売パートナーさまとの間をつなぐビジネスをなりわいとしています。
販売パートナーさまに対してはメーカーとともに販売を支援する情報提供、教育プログラムなどを実施し、メーカーにはパートナー各社の意向を伝えることで「つなぐ」を増やし、円滑にする。ITで明るい未来、ワクワクする未来にしていこうというのが当社のミッションです。
草川氏: 現在は、この3つの戦略に、今期から「AI」(人工知能)をプラスワンとして加えました。ソフトバンクのグループ企業全体がAIに積極的に取り組んでいく戦略を打ち出していますが、当社としても、事業、業務に最も効果が出る形でAIを適用していく戦略を立てています。
――日本企業のIT施策を支えるSIerにとって、サブスクリプションサービスの台頭は大きな環境変化であり、対応に苦慮している企業も少なくありません。その中には貴社の販売パートナーも含まれることと思います。貴社ではどんな支援をしているでしょうか。
草川氏: ご存じのように、SaaSをはじめとしたクラウドサービスの技術進化のスピードは非常に速く、情報は海外から入ってくる傾向があります。当社は、グローバルで先端テクノロジーに対する情報網を張り巡らせており、最新の製品とサービスを、販売パートナーさまを通じてエンドユーザーの企業にお届けできます。
SaaSについて情報支援をさらに強化するため、当社では「Cloud Service Concierge」(クラウドサービスコンシェルジュ)という専門部隊を設けており、最新のSaaS製品の情報提供や問い合わせへの対応をはじめ、マーケティング、販売を支援しています。サービスは好評で、直近のデータでは昨年比で問い合わせ件数は2倍に増え、2023年度の活用パートナー数は約700社に達しています。
また、海外――例えば米国では大半の企業でITを内製しています。そのため、中小規模の企業はいち早くSaaSの価値に気付き、普及しました。
日本企業のITの商流が販売パートナーさまを介することが主流であるため、企業がSaaSを導入する際、日本の販売パートナー各社は、サブスクリプション商材の販売に早急に対応する必要がありました。
そこでSB C&Sは、販売パートナーさまのサブスクリプションビジネスを支援するプラットフォーム「ClouDX」(クラウディーエックス)を提供しています。販売パートナーさまはこのサービスを利用することで、SaaSのような課金体系に対応しした契約管理が可能です。
加えて、販売パートナーさまやエンドユーザーがIT製品選びの参考にできるレビューサイトも提供しています。アイティクラウドが運営する「ITreview」には、1万以上のIT製品について13万件を超えるレビューを掲載しています。ユーザーの実体験としての情報を確認できます。
Cloud Service Concierge、ClouDX、ITreviewの3本柱で法人向けサブスクリプションビジネスのプラットフォームを構築し、販売パートナーさまのクラウドビジネスを支援していきます。
――AIにはどの企業も高い関心を示しています。社内実践として全社的にAI活用の取り組みを進めていますが、成果や今後のビジネスへの展望は?
草川氏: 当社がAIを先んじて導入した背景には、ソフトバンクグループのDNAでもある、新しいものを積極的に自社で使っていく姿勢、そして、社内実践した結果を、お客さまに向けて提供するという基本スタンスが表れていると思います。
それだけでなく当社のビジネス上の課題もあります。10年前、2014年当時の当社の取扱高は3000億円ほどでした。それが2023年度は約7000億円に成長しています。IT流通業は人の手によるトランザクションによって成り立っています。現在の仕組みのまま成長するには、それに比例して人員を増やしていかなければいけません。人手不足が社会問題になる中で、人手に頼った成長シナリオはもはや描くことはできません。どうやって人員の増加を抑えながら成長していくかが、大きな課題です。
その挑戦のための武器がAIです。社内で当社専用のAIチャット「CASAI」(カサイ)を2023年6月から利用開始しています。
CASAIの具体的なユースケースの一つが、外部からの問い合わせ対応です。当社には、販売パートナーさまから膨大な量の製品情報や見積もりの問い合わせが届いています。それらの対応は当社の営業が担うわけですが、4000あるベンダーの製品を全て頭に入れておくことは困難です。社内のそのメーカーの担当者に確認したり、自分で調べてから返信したりすることになります。それが月間15万件ですから、膨大な時間を費やしていたわけです。
この業務を、CASAIで自動化するため、まず当社の取り扱い製品のドキュメント、これまでの社内における問い合わせ対応のナレッジなどを学習させました。その上で問い合わせのチャットシステムとして稼働させて、FAQや問い合わせ対応のひな形などをすぐに呼び出せるようにして、問い合わせの対応スピードを速めています。
当社の対応が早くなれば、販売パートナーさまの満足度も高まり、結果的に契約の増加につながります。当社は年間約6兆円の見積書を作成していますが、取扱高は約7000億円です。AIの活用によって成約率を高め、人手を増やさずに成約件数増を目指しています。
――CASAIの例は社内業務のAI活用ですが、AI関連ソリューションの取り扱いは?
事業の成長にAIを使う取り組みも始めています。法人部門に「AI推進室」を設置し、法人事業の中でAIという商材をどうアピールするかを検討する専門のチームを検討しています。
パートナー支援の施策としては、セミナーや勉強会の開催に力を入れています。2024年度は勉強会を年間約380回開催しました。営業日換算でほぼ1日2回は開催する計算です。当社のマーケティング担当やエンジニアが直接説明し、約1万4000人の方々に視聴していただいています。他に合宿形式の「虎の穴」も年に数回開催しています。こうした情報発信で、販売パートナーのエンジニアの皆さまにAIやセキュリティをはじめとした最新の技術をお伝えしています。
――販売パートナーの知識やスキル向上の必要性は?
草川氏: 当社はITベンダーの有資格者を約400人抱えており、取得資格は約180種類にのぼります。技術支援についても高い評価をいただいていると自負しています。
先ほどもふれた通り、最新のテクノロジー情報とサービスをいち早く提供できる強みもあります。つい先日も、クラウドセキュリティの分野で米国とイスラエルのスタートアップ2社と、それぞれ販売代理店契約を結びました。クラウドセキュリティへの関心は非常に高く、すでに多くのパートナーさまから取り扱いの打診をいただいています。やはり新しいテクノロジーをキャッチアップし、エンドユーザーに提供するためには知識の習得も欠かせません。その点で当社は商材そのものだけでなく、関連する知識、情報も含めて提供していく必要があると考えています。
――今後、さらに日本企業のDXを推進するために取り組んでいることは?
草川氏: 主力のIT流通事業は今日お話しした販売パートナー支援のプラットフォームや情報提供などをさらに強化し、成長させていきます。
それに加え、事業領域の拡大にも着手しています。その一つが、マルチ決済サービス「PayCAS」(ペイキャス)です。
当社がサービスおよびシステムを開発し、決済部分をSBペイメントサービス、店舗への営業はPayPayと連携しており、グループシナジーを生かした新事業です。
――PayPayも電子決済サービスとして広く普及しています。PayCASはどこが異なるのでしょうか?
草川氏: PayCASはQRコード決済に加えてクレジットカード、電子マネーなどのキャッシュレス決済に幅広く対応できます。これまで電子決済を導入しづらかった小規模な飲食店やクリニック、クリーニング店、美容・理容店などに展開を始めています。
このサービスが面白いのは、Android OSの決済端末を採用しており、アプリの追加が可能なことです。つまり、決済以外にも、アルバイトの勤怠管理や店舗予約システムなど「お店のDX」に拡張できる可能性を持っています。PayCASのような取り組みは、今までなかなかデジタル化に着手できていなかった方々が業務のデジタル化を進める第一歩として機能するものだと考えています。こうした新領域でも成果を出せるように取り組んでいます。
ITディストリビューターやSIer(SB C&Sから見た販売パートナー)が企業のIT部門に代わってIT施策を推進するという日本企業のIT受容の在り方は独特だといわれる。DX人材の獲得や内製化に取り組む企業も増えてきたが、そうした余力や人材が十分にいない企業はやはり外部に頼らざるを得ない。日本企業のDXをさらに進めるには、個々の企業の意識改革だけでなく、IT施策の実務を担うSIerの意識改革やスキルチェンジを図らなければならない。
取材の中で草川氏は、こうした日本固有の事情について「海外のITベンダーからは理解してもらえないことが多い。ただし、当社の役割を理解して協業に積極的なベンダーも増えてきた」と語り、「日本のSIerの変革を支え、エンドユーザー企業が国際的に後れを取らないIT施策を打つ体制づくりを支援する役割を担いたい」と覚悟を示した。
こうなると、今後同社はより先進的で「とがった」技術への感度も高めなければならない。この点について、草川氏は「先進的なクラウドサービスの活用やAIへの取り組み、新しいIT環境に即したサイバーセキュリティの在り方などを示すとともに、国内外の優れたソリューションを見つけ出し、いち早く販売パートナーの皆さまに伝え、エンドユーザー企業の価値作りに役立てていきたい」と今後の展望を語った。
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