政権が交代する際、企業は混乱に対応する計画を立てるべきだ。サプライチェーンは間違いなく政策による影響を受けるだろう。問題はどの程度の影響が、どのような形で発生するかだ。
サプライチェーンは、間違いなくトランプ政権の政策によって影響を受けるだろう。問題はどの程度の影響が、どのような形で発生するかだ。
第一次トランプ政権およびトランプ氏の選挙運動時の発言に基づくと、同氏は他国で製造された製品に対する関税を導入もしくは継続する可能性が高い。主に中国を対象とした関税が予想されるが、カナダやメキシコ、欧州諸国をはじめとして米国と親密な関係にある同盟国も対象になるかもしれない。新たな関税が米国の製造業者に与える影響は不透明だが、業界ウォッチャーによると、サプライチェーンを運用する組織は変化に備えるべきだという。
サプライチェーンマネジメント協会のエイブ・エシュケナージ氏(CEO)によると、「過去数年間にわたってサプライチェーンが絶えず混乱している状況を考慮すると、トランプ政権は既に準備を始めている可能性が高い」という。
エシュケナージ氏によると、多くの組織が既にサプライチェーンモデルの変更を検討または実施しており、ニアショアリングやリショアリング、または中国以外の国にサプライヤー基盤を多様化する「チャイナ・プラス・ワン戦略」を取り入れているという。これは、COVID-19のパンデミックによる最初の混乱が中国の製造業を中心に起こったためだ。
「これらは、組織が中国をどのように捉えているか、具体的には課せられる関税を巡る言説の観点から中国をどのように捉えているかという点に基づく変化ではない。多くの組織が、実際の政策がどうなるのか、選挙前のレトリックがどうなるのかを見守っている」(エシュケナージ氏)
エシュケナージ氏は「組織がサプライチェーンの回復力に関する計画を策定し、それを実行する準備をしている背景には、COVID-19だけでなく、その他の環境および地政学的な混乱もある」と述べた。
エシュケナージ氏は「中国の単一のサプライヤーから製品を調達する時代は過去のものだ。商品や製品によるが、組織は予備の計画を立てるべきであり、単一の国からの調達ではなく、より多用な調達基盤の構築を推進すべきだ」とも述べている。
調査企業であるGartnerのアナリストであるマイク・ドミニー氏によると、トランプ氏の前政権が課した関税を振り返ることで、この先に何が待ち受けているかを知ることができる。確実なことは何もなく、関税も起こり得る混乱の一つとして捉えるべきだという。
「整理が難しいのは、最初のトランプ政権時にNAFTA(北米自由貿易協定)が米国およびメキシコ、カナダによる協定に再編されたことだ。現在、取引と関税の観点から再調整や変更の話が出ている。これがサプライチェーンの再調整に幾つかの複雑さをもたらすかもしれない」(ドミニー氏)
ドミニー氏は「製造業者は中国からの商品に課された関税を避ける方法を模索するかもしれない」と述べた。例えば、中国で製造された商品を米国へ輸送する前に別の場所へ移動させ、そこからの商品としてラベル付けするなどの対策がある。
「多くの場合、ラベルに表示される生産地は最終的な変更がされた場所だ。完成品や原材料に課された関税は一般的に消費者に転嫁されるか、企業が利益の損失という形で享受する。これら特定の地域の政府に損害を与えることはない」(ドミニー氏)
調査企業であるIDCのサイモン・エリス氏(プラクティスディレクター)は「この種の回避策がより一般的になるだろう」と述べた。
製造業者は、原材料の調達先や製品の大部分が製造される場所に関わらず、製品のデザインや最終組立地が製品の生産地を決定する上での重要な要素であるとよく主張している。
「自動車業界では、どの範囲の作業が製造に該当し、どの範囲の作業が単なる組み立てに該当するのかに関する議論が存在する」(エリス氏)
エリス氏は「製造業者は、可能な限り製品の知的財産を国内に保持する傾向がある」とも述べた。
「製造業者は、この車は米国で設計されたと主張する可能性があるだろう。それが本当の価値創出であれば、課される関税を少なくできる」(エリス氏)
エリス氏は、製造業におけるニアショアリングやリショアリングが大規模に実施される点については懐疑的だ。
「私たちはそれらの変化についてよく議論し、起こっている出来事を正しいものと認識しようとするが、実際にはリショアリングに関する大きな動きは存在しない。私が会話したサプライチェーンリーダーは、最終組立地を需要がある場所に近づけるかもしれないと述べているが、それでもグローバルにサプライチェーンを展開する前提は変わっていない。電子部品は依然として中国や台湾から調達され、金属はそれが地中に存在する世界の一部から調達される」(エリス氏)
世界的なコンサルティング企業であるEY Global Consulting Servicesのアシュトッシュ・デクネ氏(プラクティスリーダー)によると、厳格な関税の導入と法人税の削減により、より合理的なサプライチェーンが構築され、潜在的に製造業の仕事を米国内に留めることにつながる可能性があるという。
「多くの企業が、生産拠点を国外に移す意味がないと判断し、米国内で生産した方が良いと考えるようになるかもしれない。なぜならば、全ての作業が地理的に限られた範囲で実施されるのであれば海外に生産拠点を置くよりもサプライチェーンの管理が容易になるためだ」(デクネ氏)
アナリストによれば、トランプ政権がサプライチェーン計画に影響を与えるもう一つの分野は、規制と気候変動政策に対する姿勢だ。
「次期政権の今後4年間のマニフェストがどのようなものか、そしてそれが真実になるなら、規制緩和は大幅に進み、環境政策は減少するだろう」(デクネ氏)
エリス氏は、トランプ氏がバイデン政権の気候変動政策に公然と反対していることを指摘した。気候変動による規制環境の強化に向けた動きは、今後4年遅れる可能性がある。
「トランプ氏は現在、上院と下院の友好的な姿勢を保っているため、こうした法案の多くを大きな抵抗なく通過させるだろう。ワシントンでは長い間行き詰まりが続いて何も進まなかったのかもしれないが、製造業とサプライチェーンの観点からは、トランプ氏は自分が製造業の人間だと思っているかもしれないが、そうではない。彼は不動産王なのだから心配だ」(エリス氏)
ドミニー氏はまた、特定の産業やサプライチェーンに影響を及ぼす気候変動政策の撤回も予想している。
「明らかに、バイデン政権ではクリーンエネルギーに多額の投資をしている。そのため、連邦政府からクリーンエネルギー関連のプログラムに資金提供を受ける場合、影響が出ると予想している。EV(電気自動車)の購入には同様のインセンティブが提供されない可能性があるため、需要側に影響が出る可能性がある」(ドミニー氏)
また、トランプ政権がバイデン政権下で可決された米国の半導体供給能力の拡大とシェアの回復を目的としたCHIPS法案を支持するかどうかは不透明だが、「この法案はほぼそのまま残ると信じる理由がある」とドミニー氏は述べた。米国で半導体チップを製造できることには、国家安全保障上の大きな問題があると考えられている。
「台湾セミコンダクターは巨大な半導体メーカーだ。そのため、中国と台湾の地域的脅威を背景に、半導体分野ではそうした方向で物事を進める既得権益があり、大きなリスクが存在している。しかし、ハイテクのサプライチェーン、特に半導体に関して、何が起きているのかについては不確実性がある」(ドミニー氏)
マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナー、クヌート・アリケ氏は、「新政権がどのような具体的な政策を実施するにせよ、状況は変わり、複雑さと不安定さが増すだろう」と述べた。
変動性の増大はサプライチェーンにとって決して良いことではなく、サプライチェーンの計画者はこれに備える必要があるという。
「余裕を持たせ、より頻繁に計画を立て、サプライヤーや物流システムなどのバックアップを用意する必要がある。不安定さは、サプライヤーを1社から2社、3社に変更する必要が生じる可能性があり、計画が10あったのに15社になるなど、複雑さも増す」(アリケ氏)
組織は、その複雑さに対処するために、高度なサプライチェーン計画ツールも必要になるだろうと語った。ほとんどの企業は、主要な計画ツールとして「Microsoft Excel」を使用しているが、これは拡張性に欠け、不安定な場合がある。
ドミニー氏もこれに同意し、組織は次にどんな混乱が起きても対処できるよう、健全なサプライチェーン管理とシナリオ計画の実践を整備しておくべきだと付け加えた。
「確かに、過去数カ月間、サプライチェーンの観点からシナリオ計画をモデル化すべきだった。だが、トランプ政権から何が起こるかだけでなく、他の影響についても考え、何が起こっても対応できる計画を実行できる状態にしておく必要がある」(ドミニー氏)
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