「ERP切り替え失敗はよくある話」 "SAPコンサルYouTuber"が見た失敗プロジェクトの課題

SAP ERP(ECC6.0)のサポート終了が2027年末に迫り、多くの企業が対応を求められている。この状況を専門家はどう見ているのか。SAP導入のコンサルタントとして活躍する"SAPコンサルYouTuber"小野 光氏に、業界動向とプロジェクト成功の秘訣を聞いた。

» 2025年03月04日 07時00分 公開
[大島広嵩ITmedia]

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 国内で2000社以上が導入したとされるSAP ERP(ECC6.0)。そのサポート終了が2027年末に迫り、多くの企業が対応を迫られている。ECC6.0からのリプレース事例も次々と報じられ、業界全体が大きな転換期を迎えている。

 SAP導入の最前線に立つコンサルタントはこの状況をどう見ているのか。SAP導入プロジェクトを多数手掛け、"SAPコンサルYouTuber"としても活躍する小野 光氏に、業界の動向と展望、プロジェクトを失敗させない秘訣、ERPとAIの今後について聞いた。

小野氏のチャンネルトップ(出典:SAPフリーランスの行く末)

SAPコンサルタントから見たECCユーザーの動向

――SAPコンサルタントとしてYouTubeで発信している方はとても少ないかと思います。どのような思いがあって発信するようになったのですか。

小野 光氏(以下、小野氏): 初対面の人にSAPコンサルタントと自己紹介しても、「SAPって何?」といつも言われてきました。SAPやSAPコンサルタントの情報は世に知れわたっていないので、少しでもSAPのことを知ってほしいという思いから「X」(旧Twitter)や「YouTube」で発信するようになりました。

 また、SAPに関する人材の不足は数年前から深刻な状況です。SAPに対してネガティブなイメージを持つ人が多く、人が根付きづらいのも正直なところです。ですが、専門性が高いSAPスキルを身に付ければ高い市場価値を獲得でき、高収入を得られます。SAPのスキルを武器にすることで会社員のみならずフリーランスでも活躍でき、業務コンサルタントやITコンサルタントへの転身も容易なためキャリアの選択肢も増えます。

 私の発信によって「SAPの認知が広まること」「SAPのネガティブなイメージを少しでも払拭すること」「SAPコンサルタントを目指す人が増え、SAP人材の不足が解消されること」。そんな考えを持ってSAPに関する情報を発信し続けています。

――ありがとうございます。業界に対する小野さんのお考えがよく分かりました。では最初に、SAPコンサルタントの視点から2024年の動向と2025年の展望を教えてください。

小野氏: プロジェクトの量はピークを越え、少し落ち着いた印象があります。ある程度人員がアサインされて、各プロジェクトが順調に進むようになったのではないでしょうか。

 2023年から2024年にかけては「空いていないか」「こういう案件に参加できないか」といった連絡が頻繁にありましたが、最近は頻度が減りました。市況を見ても、一時期のような高単価の案件が少し減った印象です。リソースがひっぱくしていた当時、フリーランスのSAPコンサルタントの報酬は月額250〜300万円と高単価だったのですが、最近はやや状況が落ち着いてきたためか200万円や180万円程度の案件が増えています。

 2025年については、2027年に向けたバージョンアップのプロジェクトが引き続き活発に動くと思います。私が現在関わっているプロジェクトのように、企業統廃合によるシステム統合も進んでいます。

 メーカー系の企業が分社化や独立を進める中で、既存のシステムを継続せずに、SAPに一本化するケースもあります。海外展開などの大規模なプロジェクトも引き続き増えていくのではないでしょうか。

SAPが注力するクラウドERPの実際はどうか

――SAPはRISE with SAP、GROW with SAPなどクラウドERPの導入に注力しています。「SAP S/4HANA Cloud」を導入する企業は増えていますか。

小野氏: 中堅・中小企業はSAP S/4HANA Cloudを導入するケースが増えていくのではないでしょうか。中堅・中小企業は業務範囲が比較的狭く、独自のテクニカルな業務が少ないため、「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」(Public Edition)、「SAP S/4HANA Cloud Private Edition」(Private Edition)以外にも、「SAP Business ByDesign」や「SAP Business One」といった製品を活用しているケースも見受けられます。

 ただし、そういった製品のプロジェクトが急激に増加している印象はありません。中堅・中小企業やアドオンを作りすぎてコストが膨らんだ大企業が、ERPを見直してダウングレードする動きが見られるものの、やはり「SAP S/4HANA」が中心であると感じています。

 中堅・中小企業に関しては、SAPのERPだけでなく「GRANDIT」や「OBIC」といった国産のERP製品も選択肢に挙がります。中堅・中小企業は、大企業に比べて機能のカバー範囲やコスト、保守体制などをより慎重に比較して選定します。特に資金面では、大企業のように何百億円も投資できるわけではないのでシビアに選定する印象があります。

 一方で大企業は、業務をSAPに完全に合わせるのは難しい傾向があります。結局、業務に適応できない部分はアドオンを追加せざるを得ません。SAPのシステムに標準的な業務プロセスを合わせるのが理想ですが、大企業では特有の業務要件があることが多く、それを完全に吸収しきれないこともあります。

――SAP S/4HANA Cloudでは、「SAP Business Technology Platform」(BTP)を活用して機能をカバーすることが多いかと思います。

小野氏: 確かにBTPで対応できる部分もあります。例えば、画面の作成や一覧機能の開発といった部分は十分に対応可能だと思います。

 ただし、SAPのコア機能、いわゆる「エンハンスメント」と呼ばれる部分で、SAP標準のロジックを変更して項目を追加したり、チェック機能を実装したりといった複雑なロジックを作るには、BTPだけで対応するのは難しいかもしれません。

 請求関連の機能がその一例です。取引先ごとに請求をまとめて処理する機能(いわゆる「締め請求)が、パッケージであるSAP S/4HANAの標準機能にはありますが、SAP Business ByDesignやSAP Business Oneなどには搭載されていないケースがあり、結果的に「Microsoft Excel」でデータをダウンロードして手作業で対応する必要が生じたという話を耳にします。

 また、入金処理に関しても日本特有の複雑さが影響しています。取引先が請求通りに入金してくれるケースは少なく、分割での入金があることで余剰分を債権として残して翌月に充当するといった運用が発生します。こうした日本特有の処理はグローバル標準のパッケージ製品では対応しきれないためBTPによる開発ではカバーしきれず、アドオンが必要になったり、最終的には手作業で対応せざるを得なかったりという問題をよく耳にします。

――「2025年の崖」が注目された2018年ごろは、さまざまなERPベンダーが日本的な商流への対応や業界特化型パッケージ、他の経営指標との連動性などを武器にECC 6.0ユーザーの乗り換え先としてアピールしていました。現在の状況を見てみると大手企業はやはりSAPのERPを使い続ける判断をするケースが多いようです。この状況をどう見ていますか。

小野氏: 以前は複数のERPベンダーが競合として存在していました。ただ、一部のERP製品において導入や運用の面で課題が生じた中で、SAPは比較的スムーズに導入プロジェクトを成功させ、結果として市場の主流となる流れが生まれました。その頃から、「ERPといえばSAP」という認識が広がり、現在もその傾向が続いている印象です。

 実際の選定プロセスについても、慎重な比較検討を経るというよりは、例えば同業他社がSAPを導入して成功した事例を参考に、「自社でも導入しよう」という流れになるケースが多いように思います。また、大手のコンサルティングファームが特定の企業にSAPを導入すると、その実績を基に同業他社へ提案を勧める動きも見られます。そのため、特に大企業においては「SAP S/4HANAを前提としたプロジェクト」が多いのではないでしょうか。

 技術者の観点から見ると、コンサルティングファームにはSAPの専門家が多く在籍している一方、他のERP製品の専門家についてはそれほど見かけず、市場規模の違いが影響しているのかもしれません。

 私自身、他のERP製品の導入に携わった経験がないため詳細は分かりませんが、システムの構造や拡張性の面で、SAPが持つアドオンの柔軟性が強みとなり、他のERP製品との差別化につながった可能性があります。また、機能面で決定的な差があるというよりも、SAPが導入実績の面で圧倒的なシェアを獲得したことが、市場の流れを決定づけた要因と考えています。

失敗するプロジェクトの特徴

――2024年は移行における複数のトラブル事例がありました。何か原因があったのでしょうか。

小野氏: 特に「プッチンプリン」の出荷停止が話題になりましたが(※)、驚くようなことではなく、よくある話です。あの件が話題になったのは消費者向けの製品だったからです。それ以外の例として、自動車部品やモーターなどを製造販売している企業でも順調とはいえないケースが多いのではないかと見ています。大きな話題はありましたが2024年が特に悪かったという印象はありませんね。

2024年4月、江崎グリコが基幹システムの切り替えに失敗し、商品供給が一時的にストップした。

江崎グリコのトラブルについてもいち早く動画を配信(出典:SAPフリーランスの行く末)

――うまくいかないプロジェクトにはどのような特徴があるのでしょうか。

小野氏: お客さまとの意思疎通が十分に取れていないケースはよくあります。ベンダーが「これで大丈夫だろう」と判断して進めた結果、実際にはお客さまの期待と乖離(かいり)があり、「こんなはずじゃなかった」と言われるのです。

 テスト工程にも課題がありがちです。SAP単体で動くプロジェクトは少なく、多くの場合、他のシステムとのインタフェースを通じてデータを取り込んだり出力したりします。そのテストが不十分だとデータが取り込まれず、SAPに必要な情報が入らないためシステムが動きません。

 データ移行も難易度の高い作業です。SAPは複雑なシステムなので十分に計画せずに移行を進めてしまうとうまく動かず、システムトラブルを引き起こしてしまいます。

 プロジェクトメンバーの選定も重要です。クライアントのメンバーがシステム担当者のみで、業務担当者や経営層と十分に調整しないままプロジェクトを進めた場合、運用に入ってから「想定と違う」と指摘されるケースがあります。業務担当者と調整が取れていても、経営層から「このデータでは経営判断ができない」と言われることもあります。

 また、パフォーマンステスト不足やデータ量の見積もりミスもトラブルの原因です。お客さまから聞いていたデータ量を基にテストしたものの、本番ではそれを大幅に超えるデータ量が投入されてシステムがパンクするという事例もよくあります。

――トラブル時、プロジェクトメンバーにはどのような対応が求められますか。

小野氏: これらの問題が発生すると責任の押し付け合いが始まります。証拠として過去のメールを持ち出し、「こちらの責任ではない」と主張するようなやりとりになると関係性が崩れます。

 クライアントとベンダーが対等な立場で協力してプロジェクトを進めることが重要です。お客さまが「お金を払っているのだから指示通りにやれ」というスタンスだと、ベンダーは動きにくくなりますし、ベンダーが「自分たちの知見に従え」と上から目線で対応すると良好な関係は築けません。データ量の確認なども「現行のデータをちょっと見せていただけますか?」と気軽に頼めるようなフランクな関係を構築することが大切です。

 どのようなプロジェクトでも稼働直後には問題が発生するものです。リカバリープランを事前に準備し、月次決算の処理方法、障害の報告フローなどをあらかじめ定義しておきましょう。最悪の場合、システムを元に戻す「切り戻し」も必要です。

コンサルタントから見たERPとAIの未来

――SAPからは、ユーザーへ向けたAIだけでなくコンサルタントをサポートするAIも登場します。どのような期待をしていますか。

小野氏: まずERPユーザーは、特に予測系の分野でAIの大きな効果が期待できます。例えば、在庫管理において市況を基に「これくらい売れるから、この量を準備しておいたほうがいい」といった予測をAIが瞬時に実行します。また、為替変動を考慮して「このタイミングで売れば利益が最大化する」といった判断をAIが提示してくれる機能も期待できます。AIチャットbotに「このデータを修正してください」と指示するだけで、自動的にデータを更新してくれるなど、オペレーションを効率化することも可能でしょう。

 ただし、ERPにおける基本的な機能、例えばデータ入力や会計へのリレーション構築、決算処理といった部分は、AIの導入によって劇的に変化するわけではないと考えています。これらの領域は主にデータ処理のため、AIがERPシステム自体に直接影響を与える可能性はそれほど高くないでしょう。

 コンサルタントとしても生成AIには期待をしています。「このカスタマイズ設定をしたいが、どうすればよいか」といった質問をすると、具体的なパラメーターや設定手順をAIが提案してくれるケースが増えてきました。そのため、導入支援を担うコンサルタントは、比較的スキルの低いメンバーでも高度な設定や設計を進められる可能性が高まっています。

 しかし、AIの活用が進む一方で注意すべき点もあります。AIは情報収集や手順提示に優れていますが、最終的な判断や責任を担ってくれるわけではありません。SAP導入コンサルタントとして、AIの助けを借りながらも、最終的な判断や責任をしっかりと担う姿勢が求められます。AIを活用しつつも正しい判断を下し、責任を持てる体制を整えることが重要です。

小野 光氏

 2002年、新卒で放送局向けのシステム開発会社に入社し、システム導入における要件定義から設計・製造・テスト・保守サポートまでを幅広く経験。2008年にPwCへ転職し、SCMや会計系などの大規模SAP導入プロジェクトに深く携わる。2010年、SAPコンサルとして独立し、2018年に株式会社オムニオンを設立。独立後も、製造・販売・商社・小売・エネルギーとさまざまな業界で大手クライアントのプロジェクトを多数経験して貢献した実績を持つ。

X(旧Twitter) : @onohikaru

YouTube : SAPフリーランスの行く末


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