SAP ECC6.0のサポート期限が迫り、多くのユーザー企業が基幹システムの今後の運用に頭を悩ませている。Rimini StreetはECC6.0ユーザーに向けて第三者保守サービスを提供しているが、「ERPパッケージという概念がなくなる」という別の考えも持っている。セス・ラヴィンCEOに話を聞いた。
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「SAP ECC6.0」(以下、ECC6.0)のサポート期限が迫り、多くのユーザー企業が基幹システムの今後の運用に頭を悩ませている。
そういった企業に対し、日本で400社に第三者保守サービスを提供するRimini StreetのCEO セス・ラヴィン氏は「ECC6.0が現状のベストな選択肢ならそのまま使い続ければいい」と主張し、その際のポイントとして「保守と最適化によって変革のための原資を生み出すこと」を挙げる。
その一方、同氏は「ERPパッケージという概念はなくなる」とし、ERPの新しい姿を見据えた変革の取り組みが重要だと指摘する。Rimini Streetから見たERPの未来とは。
――日本では、レガシー化した基幹システムがDXを妨げる「2027年問題」などが話題になっている。第三者保守サービスの導入にはどのようなメリットがあるか。
ラヴィン氏: 単に保守を担うだけでなく、それらのシステムを最適化し、保守費用を削減してセキュリティを強化したり、他システムとの相互運用性を担保したりできる。第三者保守を通してコストを削減してシステムを合理化、最適化し、削減したコストを新しい投資に振り向けられる。
――基盤のクラウド化やアプリケーションのモダナイズは必ずしも必要ないということか。
ラヴィン氏: 今オンプレミスでECC6.0を使っていてビジネスで何も困っていないなら、多額のコストをかけてまで「SAP S/4HANA」に移行する必要はない。ECC6.0が現状のベストな選択肢なら、他の選択肢がベストになるまで使い続ければよい。
――ユーザー企業はどのような課題を抱えているか。
ラヴィン氏: 先頃、Rimini Streetのサービスを利用している日本のグローバル企業のCIOに会い、「Rimini Streetによってシステムの運用コストを削減し、システムを最適化できるようになった。次のフェーズはDXに向けたシステムの変革(トランスフォーメーション)だ。しかし、われわれはそのやり方がよく分からない」と述べていた。言い換えると、多くの企業が自社のシステムをどのように変革していけばよいか分からなくなっているということだ。
――背景には何があるか。
ラヴィン氏: エンタープライズソフトウェアの数が増え、全体像を把握しにくくなっていることが挙げられる。ソフトウェアのアップデートやアップグレードのための期間も長くなっており、システムにどのような影響が出るかも分かりにくい。もしソフトウェアをうまく更新、移行できても、更新や移行にかかる時間、人、予算は足りないことがほとんどだ。数十億、数百億円のコストと時間、リスクをかけてこれまでと同じ機能を作っても意味はない。
――どうすれば課題を解消できるか。
ラヴィン氏: 変革に至るために必要なことは、ソフトウェア全体のポートフォリオを把握し、どのソフトウェアをアップグレードするか、どのシステムを既存の環境のまま維持し続けるのかを分析し、計画を立て、継続的に管理することだ。
変革のための人や時間、予算が不足しているなら、最適化やモダナイズによって変革のための原資を生み出し、システムを変革し続ければよい。Rimini Streetは、その手法を「スマートパス」(Smart Path Methodology)と呼んでいる。
――スマートパスについてもう少し説明してもらえるか。
ラヴィン氏: ポイントはコスト削減と最適化を進めながら、そこで得た原資を変革のための投資に振り向けることだ。例えば、ベンダー保守が切れた後、第三者保守に移行することでライセンスコストやメンテナンスコストを削減できる。また、システムの統廃合を進めて標準化や自動化を進めることで、全体のコストを最適化できる。コストを削減して終わりではなく、新しいテクノロジーを積極的に採用し、業務プロセスの改善を繰り返して変革のための原資を作り続ける。
そのためには、新しい仕組みも必要なため、2024年にServiceNowとパートナーシップを結び、これまでにない新しいソリューションの提供を開始した。
――変革のためのソリューションはどのようなものか。
ラヴィン氏: 「ServiceNow」のプラットフォームを活用して、既存のERPをより上位のレイヤーから管理できるようにする。その上で、ServiceNowが提供する生成AIサービスなどを使って、既存の業務プロセス、ワークフロー、ERPの機能をつなぎ、運用管理やサポートなどの負担から解放する。
よくERPのメガベンダーは、DXのためには新しいアーキテクチャ、新しいプラットフォーム、新しいテクノロジーに移行する必要があると主張する。しかし、それは必ずしも正しくはない。既存のERPを維持したまま、DXに向けたシステム変革を推進することは可能だ。われわれは「破壊を伴わない変革」(Transformation without Disruption)と呼んでいる。
――オンプレミスのECC 6.0を維持したまま、S/4HANAへの移行や基盤のクラウド化もせずに、DXを推進できるか。
ラヴィン氏: できる。オンプレミスだけでなく、クラウドのSAPシステムでも同様だ。ポイントは、ServiceNowのプラットフォームにERP機能をマイグレーションするわけではないということだ。あくまで既存のERP機能を使い、それらをServiceNowで連携させる。
その際、ERP機能の何をオンプレミスに残し、何をクラウドに移行するか、他のCRMシステム、HRシステム、給与管理システムなどとどう連携させるかなどについて、お客さまと一緒に構想し、計画を立て、実行していく。そのための原資は、システムや業務プロセスの合理化、最適化から生み出す。
――コスト削減や最適化の成功事例やユースケースはあるか。
ラヴィン氏: 例えば、受発注プロセスを見直してワークフローを整備し、コスト削減につなげるというケースがある。仕入れ先や納品先とのやりとりが複雑化していて、デジタル化しても手作業が多く残っていることが多い。業務プロセスの標準化や自動化を進め、必要に応じてAIを活用し、最適化する。このこと自体はとても小さな取り組みだが、積み重ねていくことで変革の大きな原資になる。
ITコストは現状維持に90%、新規投資に10%かかっているといわれる。われわれは現状維持の90%を60%に、変革への投資を10%から40%にすることを目指している。
――ServiceNowを活用したソリューションの事例はあるか。
ラヴィン氏: われわれのソフトウェア保守の提供を受けていたブラジルの製薬会社Apsen Farmaceutica(以下、Apsen)が、既存のERPをServiceNowで管理し、価値の向上に取り組んだ事例がある。
もともとは「RISE with SAP」によって1年半の期間で1000万レアル(約2億5000万円)をかけて移行する計画だったが、これを中止した。ServiceNowで管理することで、ERPの機能をコンポーザブルに組み合わせて柔軟に利用できることが分かったためだ。現在パイロット版をスタートさせたところで、物流プロセスの迅速化、品質保証におけるコンプライアンス確保、財務プロセスの自動化などを確認している。
――近年は、コンポーザブルERPという考え方が注目されている。
ラヴィン氏: Apsenの取り組みがまさにそうで、ERP自体がプロセスに変容している。将来的には、ERPの機能はモジュール化が進み、マイクロサービスの集合体としてAPIやAIエージェントから呼び出される存在になり、ERPパッケージという概念はなくなると考えている。次世代のERPとは、ERPという名前すらない世界だ。
――実際、ERPを構成するさまざまな要素がコンテナ環境で動作するようになっている。
ラヴィン氏: Remini Streetも人事管理にWorkdayを利用しているが、プロセスやワークフローはServiceNowに統合されていて、Workdayを使っていることを従業員は意識していない。
ServiceNowはプロセスを管理するシステムなので、さまざまなサービスをプロセスとして管理できる。例えば、Aspenはもともと「Snowflake」でデータレイクやデータハブを構築するためにServiceNowを活用したそうだ。その取り組みを進める中で、ERPのさまざまな機能もServiceNowで管理できることが分かり、その考え方をエンタープライズシステム全体に適用しようとした。
SaaSはAPIで連携させることが当たり前になっている。生成AIやAIエージェントによるワークフローの自動化が進めば、1つのベンダーがパッケージとしてソフトウェアを提供する世界は時代遅れになるだろう。
――ERPがなくなる世界というのは新鮮だ。
ラヴィン氏: 私は根っからのエンジニアなので、こうした変化が楽しくて仕方がない。これまで保守、最適化に取り組んできたRimini Streetにとっても、変革という第3フェーズは非常にエキサイティングな取り組みだ。新しいコンセプトを企業に伝え、一緒にワークショップを実施し、一緒に変革の取り組みを推進する。
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