もう従業員に「プロンプトなんか書けない」とぼやかせない仕組みを作る方法誌上シミュレーション:生成AIが社内にやってきた その時、何が起こるか(3)

生成AIを使いこなすには、高いITリテラシーが本当に必要なのでしょうか? 第3回は、全ての社員が生成AIを活用できるようにするために必要なことを解説します。

» 2025年05月08日 08時00分 公開
[武田 新之助株式会社Box Japan]

 生成AIを使いこなすために、プロンプトの書き方を指南する記事や書籍が多数出ていますし、プロンプトトレーニングやコンテストを実施している企業もあるでしょう。Box Japanが実施した生成AIに関する意識調査でも、生成AIを活用するために必要なこととして「ITリテラシーの向上」「プロンプトスキル」が上位に入っています。また、生成AIの課題や不安の第1位は「社員(従業員)が使いこなせるか」でした。生成AIを使いこなすには、高いITリテラシーが本当に必要なのでしょうか? 第3回は、全ての従業員が生成AIを活用できるようにするために必要なことを解説します。

筆者紹介:武田 新之助(たけだ しんのすけ)

Box Japan プロダクトマーケティング部 シニアプロダクトマーケティングマネージャー

20年以上にわたり、銀行の情報システム部門や日系SIerのプリセールスエンジニア、外資系ベンダーのアーキテクトとして活躍。特にコラボレーション・コミュニケーション領域において幅広い知識と豊富な経験を有する。

日本マイクロソフトを経て2023年にBox Japanに移籍。プロダクトマーケティングマネージャーとして製品の市場投入やメッセージングをリードするとともに、さまざまなイベント、セミナーで講演し製品価値を訴求。


生成AIの利用促進に必要なこと

 Box Japanは2024年に「企業における生成AIの活用に関する意識調査」を実施しました。生成AI導入済みの企業に生成AIの活用促進に必要なことを聞いた結果、一般ユーザーの1位は「高い回答精度」、2位は「プロンプトスキル」。管理者の1位は「ITリテラシーの向上」、2位は「回答精度」でした。AIモデルに高い回答精度を求めている一方で、利用する側にも高いスキルが必要だと考えられています。

生成AIの活用に必要なこと(提供:Box Japan)

 もちろん、ITリテラシーが高く、適切なプロンプトを書いて、精度の高い回答を引き出せる社員もいるでしょう。でも、全ての社員が同じようにできるでしょうか? この生成AI活用に対する課題を解決できるテクノロジーがあります。プロンプトのカスタマイズとRAG(検索拡張生成)です。

ITリテラシーに対する課題

 生成AIはかなり優秀なので、あいまいな質問をしても、それなりの回答が返ってきます。でも、その回答内容がしっくりこないことは、よくあることです。それは当然です。生成AIから期待通りの回答を得るには、プロンプトでできるだけ具体的に指示を出す必要があります。

 プロンプトスキルについてはさまざまな記事や書籍がありますが、良いプロンプトのポイントは概ね以下のような点です。

  • 目的を明確にする
  • 可能な限り詳細な情報を含める
  • 出力形式を指定する

 例えば以下のようなプロンプトが、良いプロンプトとされています。

#お願い

あなたは、顧客と対話するB2Bインサイドセールスの専門家です。契約全体の概要を提供することで、営業担当者を支援してください。

#目的

販売契約書を分析してください。

#制約

  • ビジネス用のフォーマルなトーンに従う。
  • サマリーは表形式して、顧客ごとにそれぞれ行を割り当てる。

#出力形式

以下の項目を詳細に記載した明確で整理された表

  • 特定されたリスク
  • ギャップ
  • 影響
  • 顧客の現在の進捗状況
  • 次のステップ
  • 実行可能な推奨事項

 このように書けば期待通りの回答が得られるはずです。ただし、かなりハードルが高いことは否めません。これを全社員がマスターしなければならないとしたら、生成AIを導入しても活用がなかなか進みません。

 逆に、「生成AIは、一度で精度の高い回答を得ようとせず、気軽に話しかけて何度かやりとりしていくことで、欲しい回答にたどり着く方法がお勧め」と言う方もいます。個人向けの対話型生成AIならそれでいいのですが、社内向け生成AIがクエリ数による従量課金サービスだとしたら、そうはいきません。

ITリテラシー向上ではなくテクノロジーで解決する

 ドキュメントの書き方や必要な項目、情報は、業務ごとにある程度決まっています。「営業提案書」といえば、社内の人であれば同じようなものをイメージするでしょう。上記のプロンプト例で「#」付きで書かれている「お願い」「目的」「制約」「出力形式」は、プロンプトを書く時のパラメータに当たりますが、このパラメータに記載するプロンプトも、業務ごとにあらかじめ決められます。

 業務に合わせてパラメータとプロンプトを定義しておけば、「販売契約書を分析してください」という短くシンプルなプロンプトだけで、生成AIから期待通りの回答を得られるでしょう。あの面倒なプロンプトを書く必要はなくなります。

プロンプトをカスタマイズした場合の回答の差(提供:Box Japan)

 よく使うプロンプトをあらかじめ設定しておき、選択肢から選ぶだけになっていれば、高いITスキルとプロンプトスキルをもたなくても、期待通りの回答を簡単に得られます。また、日常業務で利用している既存のシステムに、業務に合わせてプロンプトをカスタマイズした生成AIを組み込むことで、いつもの仕事の延長で生成AIを使えるようになります。

回答精度を上げるテクノロジー

 生成AIのLLM(大規模言語モデル)は、基本的にはインターネットに公開されている文書や情報で学習しています。従って、社内の情報や業界独自の用語などの知識はないので、そのままでは自社の業務に関する質問には適切に答えられません。

 業務に関する質問に答えられるようにするためには、社内データや業界用語などをLLMに追加学習させる「ファインチューニング」という方法があります。ただし、これは学習のためのリソースや時間が膨大にかかります。サービスとして提供されている生成AIモデルに業界ごとの用語や社内の情報をあらかじめ追加学習させる方法もありますが、社内の機密情報をLLMに学習させると、その内容が他社の生成AIにも使われる可能性があります。

 それをさせずに、自社文書などを情報源として参照し、必要な情報を抜き出して生成AIに渡して、その情報を使った回答を生成させる方法がRAG(検索拡張生成)です。

RAGの仕組み(提供:Box Japan)

 LLMは、統計処理による蓋然(がいぜん)性に従って単語を並べるだけなので、一般的な情報空間のデータだけを学習すると間違った回答を生成することがあります。これは「ハルシネーション」と呼ばれます。しかし、社内の情報から、入力されたプロンプトに関連のある情報を抽出してプロンプトに追加することで、ハルシネーションを抑制し、回答精度を高められます。

 関連する情報を抽出する方法としては、ドキュメントチャンキングとエンベディング(ベクトル化)というテクノロジーが使われています。「チャンク」とは、かたまりやまとまりを意味します。RAGにおけるチャンキングは、文章を小さな単位に分割することです。分割されたそれぞれのテキストに数値を付けて、ベクトル空間に配置するのがエンベディングです。チャンキングは、単語数や文字数ではなく、コンテキスト(文脈)で分割されるのがポイントです。ベクトル空間の位置関係で、同じ「オレンジ」という文字列が果物のオレンジのことなのか、オレンジ色のことなのかを文脈に沿った意味で判断することで、関連性の高い情報を抽出できます。

 生成AIを利用するには高いITリテラシーとプロンプトスキルが必要で、「使いこなす」必要があると思っている方は多いかと思います。今回ご紹介したテクノロジーを利用することで、生成AIを誰でも簡単に使えて、期待通りの精度の高い回答を得られるものできます。生成AIを「使いこなすもの」ではなく、「身近にあるもの」にすることで、活用が進みます。

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